4 虚言
「おいおい、随分と旗色が悪いな」
「レミィがあれほどてこずるなんて……」
霊夢とレミリアがやりあっているところに割り込んだ旅装の男、それはさっき、魔理沙が魔法の森で出会った男であった。飄々として捉えどころのない、人を食った印象の自称旅人。それが霊夢やレミリアに対して、雷や星を猛烈に降らせているのである。
「くっ……、やっぱり加勢に……」
「待て待て、お前らの話を聞く限り、何をやっても三倍返しをされるんだろ? 無策で突っ込むのはアホだろ」
「あ、あほ……、言うに事欠いて、紅魔館の頭脳と呼ばれる、この私を……」
わなわなと震えるパチュリーを無視して、魔理沙は呟いた。
「それにしても……、あいつどっかで見た事があるような気がするんだよなー」
「……何よ、実はお知り合い?」
「いや、そーゆーんじゃなくて……、有名人? みたいな感じだ」
「……そうね。何か引っかかるのは確かだわ」
思えばパチュリーも、咲夜が最初に黒い球体と一揉めした時に感じたのだ。どこかで見た事があるようだと。
「さしもの大図書館のヌシ様でも分かんねーのか」
「失礼ね。私の図書館で調べられないものは無いわ。でも……ここは図書館じゃないもの」
「さようで……」
紅魔館のテラスから激しく戦う少女たちを遠目に見ながら、魔理沙は自分の中のモヤモヤを形にしようと言葉を紡いだ。
「それにしても、三倍返しか……。三倍……金と銀……。あいつはなんて言った? 正直者? ご褒美?」
魔理沙はふと、さっき男からもらった金と銀の粒を取り出した。元のルーン石と合わせて、材質違いで同じものが魔理沙の手の中に三つある。
「同じ……、同じだけど、違う。……けど、本物より価値あるもの……本物以上の偽物……金。…………金で……、いや、金を……創る?」
三つの同じものを見て、それが意味するものに気付いた瞬間、魔理沙の中でパズルのピースがピタリとハマった。そして、目の前の光景と照らし合わせて、自分の想像が正しいものであると確信する。矛盾はない。
「パチュリー! 【偉大なる三】と、ケリュケイオンだ!」
「それって……、メル……! ウソでしょ?! なんでそんなモノが幻想郷に居るのよっ!」
「知るかっ! くそっ! あいつら、正直者が馬鹿を見てる!」
モヤモヤが全て腑に落ちた魔理沙は箒に飛び乗ると、音速に届こうかという勢いで飛び出した。
少し遅れて、パチュリーも魔理沙を追う。
星や雷が降り注ぐ戦場で、霊夢もレミリアも負けじとスペルカードを放ちまくっている。その空間は、さながら光る地獄のようだ。光に触れれば、その身が消える。僅かな隙間を見つけ出しては潜り込み、隙間の先に男や黒い球体が見えれば攻撃を叩きこむ。
だが、相手の物量に比べて、霊夢とレミリアは圧倒的に劣勢であった。何しろ、攻撃すれば三倍の反撃が返ってくるのだ。
絶え間ない破滅の光が降り注ぐ中へ、さらに二人の少女が舞い込んだ。
少女の一人は魔導書を片手に、己の得意とする属性魔法を放つ。
金符『メタルファティーグ』
魔法使いであるパチュリーが主に使う魔法は、精霊由来の属性魔法である。木火土金水が描く五角形の示す相性と五芒星の示す相克を駆使して、恐るべき威力の魔法を放つのだ。パチュリーは相性の良い属性を組み合わせて威力を増すのが得意だが、相手の属性に克つ相克を用いて無力化する事も出来る。
金克木。雷は木気。木気に克つのは金気。
パチュリーの放った金属疲労の概念を持つ魔法によって、旅装の男が降らせている雷が天空から掻き消えた。
そう、あの男の持つ力に対しては、力で対抗するよりも知恵で対抗する方が正解なのだ。そしてこれ以上、黒い球体に手を加えてはならない。そもそも、攻撃などしてはいけなかったのだ。
だから、戦場に飛び込んで黒い球体を背にした魔理沙は、全ての力を吹き飛ばすために、自分の代名詞のような力を解き放った。
「全部消えろ!」
恋符『マスタースパーク』
視界に入るモノすべてを焼き尽くすような激しい光が、魔理沙から放たれた。星も光も、ついでに霊夢とレミリアも光に飲まれて焼かれていく……。
「ちょっとおおおっ!」
夢符『封魔陣』
……かと思われたが、魔理沙の攻撃を被弾した瞬間、霊夢もスペルカードを発動して、破滅の光から間一髪免れた。魔理沙の放った力と、霊夢の放った力。二つの力が拮抗して相殺されていく。
魔理沙の光と霊夢の陣が消えた時、辺りは静寂に包まれていた。
霧の立ち込める湖の上には、黒い球体の上に立つ男、そして四人の多様な姿をした少女たち。巫女と吸血鬼と魔法使いと魔法使いが、男と黒い球体を前に構えている。
レミリアは胡乱な目付きですべてを消し去った魔理沙を眺めやり、再び魔法陣を展開しようとした。だが、パチュリーに押しとどめられて動きを止める。
そして霊夢も、腕を真横に伸ばして制止する魔理沙を前にして、御幣をゆっくりと下ろした。
「ハッハッハ! いや、お見事、黒いお嬢ちゃん」
芝居っ気たっぷりに拍手する男に向かって、魔理沙は箒に乗って近付いていった。黒い球体の上に、光る翼を履いて悠然と佇む男の前に浮かぶ。
「探し物は見つかったのかい、兄ちゃん」
「ああ、まあね」
そう言って、男は足元に浮かぶ黒い球体を見下ろした。
男の視線を追って、魔理沙も足元に広がる漆黒を見やる。硬いのか柔らかいのか、間近で見てもハッキリとしない物体だ。いくら目を凝らしても、足元どころか遥か底無しの奈落のようにも見える。
だが、この黒い球体の正体について、魔理沙には確信があった。
箒に乗ったまま、魔理沙はポケットからルーン石を取り出した。そして男に挑戦的な笑みを浮かべ、真下にある黒い球体に石を落とす。
石は重力に引かれて落ち、黒い球体の表面でトプンと音を立てると、漆黒のミルククラウンを形作って沈んでいった。
それを見ていた旅装の男は、やれやれと言った表情を向けてから、黒い球体の中へ沈んでいった。
待つ事、数秒。再び浮かび上がってきた男は、魔理沙に向かって両の手を広げて見せた。右手にはルーンの刻まれた金の塊。左手には同じくルーンの刻まれた銀の塊。
「さて、お嬢ちゃんの落としたのは、金の塊かい? それとも、こっちの銀の塊かな?」
「私の落としたのは、その金の塊だよ」
「フフッ! ハッハハハハハッ! お嬢ちゃんはウソつきだな。ウソつきからは没収だ」
「そうかい。でもって、このまま消えるんだろ?」
「まあね。大事なものも見つかったし」
男は足元の黒い球体へ目をやった。
「どっちがウソつきだよ。虹色でもなければ、抱える様なサイズでもないじゃん」
「さあてね。ここの空気でおかしくなったのかも知れんが、本当はこんな大きさなんだ」
男がかがんで黒い球体に手を触れると、球体はみるみる小さくなっていった。最初に男が魔理沙に示した通り、一抱えほどのサイズになる。そして色も、奈落のような漆黒ではなく、絶えず揺れる虹色のマーブル模様となっていた。
「悪かったな、吸血鬼のお嬢ちゃん。お前さんの庭先に変なモンを放り出しちまって」
「まったくだわ。それに失礼極まりないわね。私は、お嬢ちゃんなんて言われる歳ではないのよ」
見た目と行動は幼女のそれだが、レミリアは確かに「お嬢ちゃん」と呼ばれるほどの歳ではない。何しろ、最低でも五百年を生きているのだ。
だが、男はそれを知ってか知らずか、鷹揚に頷くのみであった。
「で、あとは自分探しか。時間がかかりそうだな、兄ちゃん」
「そうでもない。だろ? 紅白のお嬢ちゃん」
「……!」
幻想郷を守る博麗大結界。それを守り、維持する博麗の巫女。すなわち、博麗霊夢こそが、結界の中心なのだ。結界から出ようと思うのなら、博麗の巫女の手を借りるしかないのである。
単なる勘なのか、この幻想郷の実態を理解しているのか、飄々とした風貌の男からは窺い知ることが出来ない。
「はあっ……。分かったわよ。本当なら結界の外へ案内するのは人間だけなのだけれど……」
「僕の故郷にも似たようなモノがあるからね。故郷のは山のてっぺんにあるんだけど。この郷の事情は大体理解してるさ。だから、僕がここに長居するのは良くない事だというのも分かる」
「そうね。とっともお引き取り願おうかしら」