5 宴会
博麗神社の境内。
表の博麗神社へ男を案内した霊夢は、主人の居ない屋敷で盛り上がっている宴を疲れた目で見降ろした。
「お疲れさん。あいつは無事、自分ちに帰ったかい」
「帰り着いたかどうかは分からないけど、案内だけはしたわよ」
ほんのりと頬を紅色に染めて、酔いの回り始めた魔理沙が霊夢を労った。
「結局、あいつは何だったの?」
日本酒の満たされた盃に血を注いで紅酒を楽しんでいたレミリアが、魔理沙に尋ねた。パチュリーも男の正体を知っているようだが、最初に気付いたのが魔理沙であるので、憮然として説明役を辞退したからである。
「この国じゃあ女神になってしまった、とある旅好きの神様だろうね。フラッと寄っただけなんじゃないのか?」
「通りがかっただけで、こんな騒動起こされたら堪ったモノじゃないわ」
異変未満の状況で、異変になり得る男にご退場願えたのは僥倖のはずである。だが、自分のやっていた事が徒労であったという事実は、単に働いたという事以上に霊夢を疲れさせていた。
盃に注いでもらったお酒を、一息にグッとあおる。
「そうでもない。正直者な樵には、本物の斧と一緒に金の斧と銀の斧をくれるのさ。売れば一財産なんだろうぜ」
「金の斧? ……ああ、泉の女神様ね」
魔理沙が謎解きを始めたのを受けて、パチュリーも説明を継いだ。
「元の伝説では、川に鉄の斧を落としてしまった樵に、とある神様が通りがかって川に潜り、落としたのは金の斧かと問いかけるものだったの。泉じゃなくって川だし、女神さまでもない。それにあの話、不思議だと思わなかった? 鉄の斧を落としただけなのに、通りすがりの神様が金の斧や銀の斧をホイホイと持ち出すのよ。金の斧は、一体どこから出てきたのかしらね?」
「ヒント、通りがかったその神様の名前はヘルメスだ」
「ヘルメス……、ヘルメス・トリスメギストス?」
そこまで言われて、レミリアはようやく相手が何者だったのか気付く事が出来た。
「正解! またの名をメルクリウス。錬金術を司る神様だな。あいつの持っていた杖がケリュケイオンだと、もっと早くに気付いてりゃなー」
ケリュケイオンとは、多くの伝説でヘルメスが所持している杖で、鳥の翼と二匹の蛇が象られている。それは神々の伝令士であると示すもので、ヘルメスの持つ多彩な権能を表すものでもある。
「なるほど、錬金術で金の斧を創り出したというワケね。あの伝説は、そういう話だったのか」
「トリスメギストス……【偉大なる三】の名が示す通り、彼は錬金術、占星術、神働術を得意としているわ」
「そう言えば、やたらと星を降らせてきたわね。誰かさんみたいに。神働術ってのは?」
「神々に働きかける力ね。神の権能に希い、神の御力を借りる術の事。……でも、フフッ」
「何よ、パチュリー。変な笑い方して」
「いいえ、彼が使った神働術は『雷霆』。主神の持つ神の雷よ。でも、あの使いようでは神に働きかけるというよりは、神を扱き使って働かせているみたいだと思って。さすがはギリシャ神話におけるトリックスターね」
「ふーん。……それに、元の攻撃にプラスして金と銀で撃ち返す……か。【偉大なる三】とか呼ばれてるけど、単に三倍返しが好きなだけなんじゃないの?」
「そんなこたーねーと思うが……。それに錬金術は、外の世界じゃ似非科学、非常識だ。だからこそ、幻想郷の中ではド派手な力を見せたんだろうぜ。いやー、見応えがあったな」
「それじゃあ、ウチの前に放り出されていた薄汚い球は何だったのかしら?」
「伝説での川や泉に相当する概念的存在でしょうね。ヘルメスの錬金工房なのかも。実際、彼も【泉】と呼んでいたんでしょ?」
霊夢や魔理沙に話すときはぶっきらぼうなパチュリーも、レミリアに語り掛けるときは口調も表情も柔らかい。
「あそこに何か物を入れると、金や銀になって返ってくるってわけか。羨ましいぜ。……いや、ちょっと待て。って事はだ。レミリアが最初に全力で石を投げ入れたりしなけりゃ、こんな事にはならなかったんじゃないか?」
「どーゆー意味かしら?」
「速度ってのもエネルギーなんだから、それも含めて三倍返しされたんじゃないか?」
「……!」
「そう言えば、私が投げたナイフも、全て同じ速さで返ってきましたね。金や銀のナイフも含めて」
「不愉快だわ……。貴女にそっくりなところが特に」
「なんでだよっ!」
「ウソつきで、泥棒で、星の光を使う。まんま貴女じゃない」
何柱かの神々が習合したとも言われているヘルメスは、結果として多くの文化を司る神となっている。幸運や富、速足、牧畜、交易や富、知恵、天文など、実に多芸な神様である。そして、プロメテウスと並ぶ、ギリシャ神話におけるトリックスターの一柱でもある。それは、ヘルメス自身が泥棒でウソつきな、盗人の神でもあるからだ。
有名なアポロンの竪琴も、ヘルメスが生まれた瞬間に吐いたウソと泥棒の結果生み出されたものとして、伝説で語られている。
「そういや、あいつの故郷も、ここと似たところなんて言ってたな。幻想郷にそっくりだなんて、どんな魔境だよ」
「標高二万五千メートルの山の頂上。雲も届かないほど高いところにあるそうよ。巨人とか精霊がいたり、冥符の川とかあるらしいわね」
図書館の主らしく、すらすらと答えたパチュリーは少し得意げだ。
「ホントに似てるな。また来ないかな。あの兄ちゃんとは、美味い酒が飲めそうだ」
魔理沙がヘルメスの正体に気付かず、【泉】が壊れたらどうなっていたか。また、【泉】が壊れなかったとしても、ヘルメス自身が【博麗大結果】のバランスを崩しかねない力を持った神である。
幻想郷にとっては迷惑でしかない存在を歓迎する気にはなれない霊夢は、のんきな魔理沙に溜息を吐きつつ、なみなみと盃に注がれたお酒を飲み干すのだった。
了
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