748 空恐ろしい
アーカムの誇る精鋭ケンプファーが勝利を目前にしてあろうことか、この国では忌み子の象徴とさえ言える奇形の長剣を使った女によって無惨な姿となりはてた。
しかもこれで勝ち星をひとつ献上、ボンデージ仮面チームはあと一勝で一回戦を突破してしまうのだ。
呆然自失としていた会場内ではあったが、徐々にまた不穏なざわつきが復活してくる。
それはマイを口汚く罵る声、勝敗の裁定を取り消すよう求める声、他に聞くに堪えない悪罵が溢れかえっていた。
しかしマイは無言で踵を返すとマユミとミナミの元へ戻っていった。
「申し訳ありません。私のせいで観客を敵に回してしまいました。この剣を使えばこうなる事はある程度予想してましたが、結果的にお二人にご迷惑をおかけしてしまい……」
「何言ってんの。まずは一勝ごくろうさま! 観客なんて気にしなくていいって。これでも私、アウェーには慣れてるから」
そう言って笑い飛ばすマユミにマイは頭を垂れた。
「足が斬れてるけど平気? 血が……」
ミナミの指摘通り、マイの太股からはとめどなく流血が滴っていた。
抱え込んだ自らの剣で傷付けてしまったところだ。
「少し痛みますが、ですがおかげでスグに意識を取り戻せました」
おかげで勝利できたわけだ。
マユミが包帯を取り出してマイの止血を始める。
「じゃあミナミさん。二番手、お願いね」
「え! わたしですかぁ」
唐突に指名されて思わず声が上ずる。
「私はマイの手当てをしておくから」
「は、はぁ……けど」
試合場にはすでにケンプファーチームの二人目が中央の場に立っていた。
会場からはボンデージ仮面チームに対し早く二人目が出てくるよう怒号の催促が飛び交っている。
「みんな、怒ってるみたい」
ミナミはこわごわ中央へと向かう。
あの女の仲間だ、コロセ!
こいつも生意気そうだ、コロセ!
ケンプファーにたてついた罪だ、コロセ!
コロセ!
コロセ!
コロセ!
コロセ!
「勘弁してよぉ……」
観客が何を怒り、何が気に障ったのか、ミナミには皆目見当がつかない。
ただひたすらにぶつけられる憎悪と言った悪感情に怯えることしかできないでいた。
「グッグッグ。明らかに怯えておるな、オヌシ」
「え! そ、そんなこと」
「隠すのが下手すぎるゾ」
ミナミの対戦相手は平べったい顔をしていた。
頭を上下から押しつぶされて肉が横にはみ出してしまったような顔をしている。
ほかに特徴的な部分と言えば、口元からビヨンと伸びた太い六本の髭だろうか。
髭と言ったが毛というよりも触手、触覚、肉、およそ見当がつかない。
そうして試合開始の銅鑼の音が鳴り響いた。
「グッグッグ。さあかかって来い!」
「くっ……」
始まってしまった。
こうなってはビビっていても仕方がない。
ミナミは相棒の大剣を構えると平べったい顔をした相手に向かって駆けだした。
「たァーッ」
剣を振りかぶりながら頭の中では「戦闘思考! 戦闘思考!」と自分に言い聞かせ、思い切り相手の頭をぶった切るつもりで剣を振り下ろした。
バチッ!
剣が当たった瞬間に火花が爆ぜた。
ミナミは肉を切る感触を得られず逆に手がしびれて剣を取り落とす始末であった。
「え!」
びっくりしたミナミは思わず下がって相手との距離を開けようとしてしまい、おかげで落とした剣を拾い損ねてしまった。
「驚いたか! オレの名はツィッターヴェルス。デンキナマズの戦闘怪人だ。オレに触れれば痺れてしまうぞ、グッグッグ」
ツィッターヴェルスは笑いながら身体中から目に見えるほどの放電を発した。
「ひゃっ!」
突然足の裏に痺れるような衝撃を感じ、ミナミは跳びあがった。
「グッグッグッグ」
ツィッターヴェルスが笑う。
足から放電することで地面を伝ってミナミの足元まで届いたのだ。
慌ててミナミは走り出した。
ジッとしているだけでも攻撃を喰らう。
電撃は痺れる程度で殺傷能力はそれほどでもないが、最初に痺れた両手の握力は未だに戻ってこない。
まずは剣を拾いたいところだが、素早く掴み取らねばならないだろうにこの握力では心許ない。
「どうにか時間を稼がないと」
ミナミはツィッターヴェルスの周りを走りながら考えた。
少しでも足を止めればその場に電撃が地面を伝ってやってきてしまう。
「ググッ、逃げているばかりか腰抜けめ」
「ムッ」
自覚はしていても敵に指摘されると腹が立つ。
ミナミは方向を変えて真っ直ぐ敵に向かって走り出した。
「おぉっ、その気になったか!」
「てェィッ」
目前まで接近するとミナミは思い切り白い砂地を蹴り上げてツィッターヴェルスの目に砂ぼこりをお見舞いしてやった。
「ぐぉっ! 目がァ」
狙い通り相手の目つぶしに成功。
ミナミを見失った相手を無視して落ちた剣を拾いに向かった。
相手が自分を見失っている隙に態勢を整える算段だった。
「甘いな」
だが落ちた剣に手を伸ばした瞬間、それまでよりも強烈な電撃が地面を伝ってミナミの手に直接衝撃を与えた。
バチィッ、と大きな破裂音と光の瞬きが起こり、ミナミは激痛に手を庇いながら転んでしまった。
地面に倒れたミナミに追い打ちをかけるように連続して電撃が地面から襲い掛かる。
一発受けるたびにミナミの身体が海老反りに跳ねた。
「目をつぶされようと地面の振動を感知して居場所を突き止めることが出来る。ナマズの地震感知を侮っておるな」
ツィッターヴェルスの声はミナミには届いていなかった。
全身がしびれ今にも気を失いそうなのだ。
『あーあー、何をしているのだ情けない』
心の奥から声が聴こえた。
あまり好きではない声だ。
『好きではないとは無礼な娘め』
声はミナミに宿る旧きモノ、女媧の声だった。
『あのような雑魚に何を手間取っておる?』
「だって、姫神の力は使えないし」
『何故じゃ? ルールなんて関係なかろう。さっさと転身せぬか』
「そういうわけには。それに今転身したら正体もバレちゃうだろうし」
『なら最初から転身しておけばよかったのではないか?』
それは盲点だったかも。
そんな風にミナミは思った。
「次からは、そうするよ……」
「次なんてないゾ」
突然首を掴まれ身体を持ち上げられた。
目の前にツィッターヴェルスの顔がある。
勝利を確信した顔だった。
「グッ」
ところがツィッターヴェルスの力が突然緩むとミナミを放り出して倒れこんでしまった。
「え?」
何がどうしたのかわからなかったミナミは相手の身体を見て目を疑った。
ツィッターヴェルスの全身に何枚もの花びらが突き立っていたのだ。
全身から血を流してツィッターヴェルスは倒れていた。
どう見ても起き上がってくる気配はない。
「なんとォ! 万事休すと思われたボンデージ仮面チーム二人目ヨウキヒ選手、奇跡の大逆転だァ!」
「え? え?」
ヨウキヒと呼ばれてそういえばそんな登録名だったなと思うのと同時に、自分が何かを仕掛けたつもりもなかったので、勝利を宣告されてもまるで実感がわかなかった。
そもそもあの花びらは確かマユミが入場時に撒いていた……。
「あ」
ハッとしてミナミが仲間の居る方へ振り向くと、マユミがこちらを見て不敵に笑っていた。
突き立った花びらを見ると一瞬花びら一枚一枚に目のようなモノがギョロついたが、すべて消え去り鋭利な刃物然としていた花びらもまたヒラヒラと砂ぼこりと共に舞い上がっていってしまった。
「マユミさんの、操作能力……」
女媧と匹敵するぐらい、マユミもエグイことをやってのけるのだと、ミナミは空恐ろしくなった。




