739 パンテラの生き方
ウシツノの首筋に滴り落ちた熱い液体は血だった。
アナトリアの右腕からこぼれた血だ。
背を向けていたウシツノに肉食獣の本能から獣のように噛み付こうとしたセイロンの牙を、アナトリアの腕が庇ったのだ。
「グルルッ」
凶暴な目つきでアナトリアの腕に噛み付いたままのセイロンが唸る。
決着がついたはずの試合場で起きた流血に場内は騒然となったが、それで警備の者や大会関係者が出張ってくる様子はない。
「むしろより一層のお楽しみが拝めそうだゾッ」
ピースウイングの嬉々とした実況が観衆のアドレナリンを燃え上がらせた。
さらなる血を求める興奮が場内を包んでいた。
審判などいない試合である。
そもそも大闘技会キングストーナメントに安全基準などという考えはないのだ。
いかに盛り上がるか。
そして誰が強いか。
関心ごとはそれのみだ。
「見上げた根性だ」
腕にセイロンの牙を食い込ませたまま、アナトリアは静かに言った。
「お前たちは勝利ではなく、敵を仕留めることを第一の目的にしているようだ。その執念はすさまじい」
「当たり前だッ」
レオパルトが立ち上がりながら吠えた。
「パンテラは戦士の種族だ! 戦士とは戦場で敵を屠り生き抜いた者の事だ! だから剣闘士などという見世物でいくら武を誇ろうがオレたちは認めんッ」
苦し気に喘ぎながらも毅然としてそう主張するレオパルトに続き、アムールも再度立ち上がろうとしている。
「ククク……」
セイロンが牙を食い込ませたまま不敵に笑った。
アナトリアは振りほどこうと試みたがセイロンは頑として放そうとはしなかった。
なお一層に深く牙を潜り込ませる。
「貴様がどれだけあがこうが、この牙は抜かせはせん」
そう言いながら自らの剣を振りかざした。
「させませんッ」
ダーナも剣を抜いて立ち向かおうとしたがそれをアナトリアが空いた方の手で制する。
「よかろう。ならば決して放すな」
「ッ!」
アナトリアが腕に力を籠めるとセイロンの顔色が変わった。
牙がしっかりと咥えこまれ、もうこちらからはどうにも動かせなくなっていた。
「ウオオオオッ」
セイロンの身体が浮き上がった。
アナトリアが腕に牙を食い込ませたままのその腕をセイロンごと大きく振り上げて見せたのだ。
そして勢いよく頭上へ持ち上げるとそのままセイロンの脳天を地面へと強く叩きつけた。
重たい物がつぶれる音がした。
脳漿が飛び散りセイロンの頭部は跡形もなくなってしまった。
残った胴体から地面に倒れると牙は力なくアナトリアの腕からすっぽ抜けた。
倒れた体が小さく痙攣している。
さしものレオパルトもアムールも動けずにいた。
「戦士への手向けだ。お前たちもかかってくるなら最期まで付き合うぞ」
「…………ッ」
「ぐ……」
残った二人のパンテラは戦意を喪失していた。
「完・全・決・着ッ! Aブロック一回戦第一試合、勝者はウシツノ率いるチャンピオンチィーッム」
場内から割れんばかりの喝采が起こった。
剣聖の剣技と黒豹のパワーを見れて満足したようだ。
何よりこれはまだ第一試合、この後も続々と凄惨な光景を目にできるのだ。
「あそこまでする必要があったのですか?」
裏へ戻ると開口一番ダーナがアナトリアに食って掛かった。
「殺さずとも戦意を奪うことはできたはずです」
「ダーナ」
ウシツノがダーナの肩に手を置き首を横に振った。
「でも……」
「我らはパンテラなのだ」
アナトリアが静かに口を開く。
「パンテラは戦士として生まれ戦士として死ぬことを教え込まれる。勝負に負けて生き永らえることを何より恥じるんだ」
「でもあなたは……ッ」
言いかけてダーナは口をつぐんだ。
だがアナトリアは何を言われるか察したようだ。
「そうだ。オレは闘技場で負けたことがある。そこの剣聖の父親にな」
「親父か……」
「ああ。その理由を知りたくて戦い続けることを選んだ。それが奴らには我慢ならないんだろうよ。パンテラの面汚しだとな」
もうダーナは何も言わなかった。
豹頭族の生き方に共感はできないけれど、差し出がましく言う権利も自分にはないのだと思ったからだ。
「見事な勝利でした。いや感服仕りましたぞ」
「おめでとお」
「おめでとうございます」
ウシツノたちに声を掛けてきたのは次の第二試合に出場するホワイトナイトチームの面々だった。
威厳をたたえた白髪の老騎士と双子の姫騎士、三人とも白い鎧で統一されており見目麗しい。
「あ、確か……」
「ロビン・グッドと申します。こちらはアリスとクリス」
「よろしくぅ」
「よろしくおねがいいたします」
双子はそろってお辞儀をするが、それがなんとも可愛らしく、ウシツノだけでなくダーナまでもが胸をどきどきとさせてしまった。
「あ、どうも。はじめまして」
「ふふ」
「?」
「はじめましてじゃないんですよ、ウシツノさん」
「え?」
驚くウシツノを尻目に三人の白騎士は試合場へと向かった。
「後ほど、またお時間を頂戴したく。では」
老騎士がそう言い残し三人は観衆の前へと出て行ってしまった。




