738 カエル斬り一閃
ウシツノは気づかわしげに倒れたアムールの様子を見た。
「峰打ちだけど後頭部を殴ってしまったのは申し訳ない。無事だといいが」
その言葉を聞いたパンテラのリーダー、セイロンは激怒した。
「そこまでの侮辱は許せんぞ小童ァ」
剣を抜いて試合場へと躍り出た。
瞬く間にウシツノと切り結ぶ。
ガツンッ! という鈍い音が響いた。
「ッ!」
「ガァッ」
長いこと戦場を潜り抜けて来ただけある。
力強さと凶暴さが剣から滲み出ていた。
向かい合って睨みつける豹頭族のセイロンからはショーではない、戦場の気迫が漲っていた。
眼帯をしたため片目しか見えないが、その瞳には怒りと殺意がほとばしっている。
「剣聖だとッ! 所詮過去の亜人戦争で敗戦国に落ちぶれたハイランドがのたまうくだらん肩書でしかない! お遊戯のように剣舞の型でも上手にできれば貰えるものじゃあないのかァ」
鍔迫り合いから力任せにウシツノを押し出す。
ウシツノも力自慢ではあるが、今のところはわずかにセイロンの方に分があった。
「これがパンテラとカエルの力の差だ! 我らに舐めた口を利くのもおこがましいのだチビ助がッ」
「ツッ!」
ウシツノの左頬に鮮血が溢れた。
斬られたのだと気付いたとき、反射的に斬ったモノの正体を目で追った。
視界の隅で光るモノがあった。
「尻尾か」
「そうよッ」
セイロンの尾の先に小振りな刃物が括り付けてあった。
今の今まで鎧の腰垂れの下に隠し持っていたのだ。
「オレは生粋の戦士だ! なんだって使うさ! アムール! レオパルトォ」
セイロンの檄にすでに敗北したはずの二人が立ち上がるとウシツノめがけて斬りかかった。
レオパルトは無事な左手に剣を持ち、アムールは腰から短剣を引き抜いていた。
「おおっと勝負は勝ち抜き戦ではなかったのカァ! パンテラチーム、卑怯にもルール無視の三人一斉攻撃だァ」
これには観衆からも抗議のブーイングが巻き起こったが、パンテラの戦士たちは臆すことなくなお果敢にもウシツノを攻め立てた。
「言ったろ! 我らは戦場を生き抜くプロの傭兵だ! 一対一の上品な戦いよりも連携がモノを言う乱戦でこそ真価を発揮する」
「なら最初から勝ち抜き戦なんて口にするなよ」
パンテラたちの凶暴な理屈に辟易しながらも、ウシツノは三人の攻撃を華麗に躱し続けた。
最初はブーイングに勤しんでいた観客たちも、まるで攻撃を苦にしない舞うようなウシツノの体捌きに魅入られた。
逆に三人のパンテラには焦りが見え始める。
なぜこのカエルは未だ立っていられるのか。
アムールとレオパルトが手負いとはいえ、戦いでこれまでここまでの体たらくを見せたことはなかった。
まして相手は矮小なカエル族であり、さらに後には黒豹が控えているというのに。
キイッン!
弾かれた剣が宙を舞った。
思わず自分の手から離れた剣の行方を目で追ってしまったのがセイロンの敗因だった。
下から顎をかち上げられ、己の牙で舌を噛んだ。
脳天を突き抜ける強い衝撃も味わった。
膝を地面に着いたとき、仲間の二人も地面に屈している様が目についた。
立っているのは小さなカエル族の剣闘士ひとりだけだった。
「カエル斬り一閃ンンンッ! 三人同時に斬り倒したゾッ! イヤァーーーッ」
場内からも歓声と、同時に紙吹雪が舞った。
あわよくばパンテラチームの勝利に賭けた者たちのハズレチケットが投げ捨てられているのだ。
「お怪我は大丈夫ですか、ウシツノ様?」
ダーナが駆け寄り斬られたウシツノの左頬を見る。
思ったよりも出血している。
早めに手当てをしなくては傷跡が残るかもしれない。
「はは、終わったら少し痛みを感じてきたよ」
「もう! 笑い事じゃありませんよ。早く医務室へ行きましょう」
ふとこちらを見るアナトリアと目が合った。
「悪いな、オレだけで終わらせてしまった」
「……ッ」
突然アナトリアがこちらに向かい駆け出した。
その顔は鬼気迫るものがあり、筋肉の束が寄り集まった太い腕をウシツノめがけて突き出した。
「ッ!」
「ガァッ」
ウシツノの首筋に熱い液体がしたたり落ちた。




