733 邪龍妖精オベロン
ミゾレに呼ばれてアカメとハクニーは飛空艇の操舵室へと急行した。
アカメの居た船室からは甲板に出ることなく辿り着けるのは僥倖だった。
なにしろ近くを漂う浮遊石の嵐をかすめるだけでも艇は激しい気流にもまれるうえ、今は急襲してきた謎の飛行生物、ドラゴンの脅威にもさらされているのである。
カエル族の中でもとりわけ運動神経のよろしくないアカメが船外に投げ出される心配をせずに済むだけでも幸運といえよう。
「この程度の打ち身と擦り傷で済みましたしね」
移動中に船内を上下左右四方八方に揺れ惑う机や椅子、その他さまざまな道具類の猛威を振り切って来たにしては軽傷だ。
「聖賢者殿! 右舷に見えますぞ」
シド副長に言われて丸くくり抜かれた船窓から外を覗き見たアカメとハクニーは、間近に展開された黒い雷雲と、飛び交う無数の浮遊石群の中に確かにドラゴンの姿を目撃した。
ドラゴンは黒に近い灰色の身体をしていて、印象としては頭部は小さく首は長く、胴体から尻尾の先までいかにも細長い。
しかし最大の特徴は黄色く光り輝く美しい羽根だった。
ドラゴンの羽根と言えば一般的にコウモリのような羽根を連想するが、あにはからんや、こちらは昆虫、いや光り輝く様からさしずめ妖精の美しき羽根を思い起こさせる。
そのドラゴンが雷雲からまろび出ると飛空艇の右舷すれすれをかすめ飛んでいき、その際に長い尻尾が艇の後翼に接触して激しく揺れた。
「チックショォ! ついに直接ぶつけやがった」
船大工のポールが船体の損傷具合を確認しに出ていく。
彼は乗船時に船員の紹介を受けた時に姿を見せなかったドワーフだ。
なるほど血の気の多い若者らしく、一撃受けただけで顔を真っ赤にして怒って飛び出していった。
「艇長、また来るよッ。反撃しないの?」
窓を覗いていたハクニーが旋回するドラゴンを目で追いながら緊迫した声で警告する。
だがテイラー艇長は苦い顔で首を横に振った。
「砲は配備されているが、だめだ。使用は許可できない」
「ど、どうしてッ」
「ここは五氏族連合フィフスの領空だ。我らはロカ王国の正式な使節として航行している。万イチ的を外した砲弾がどこに着弾するか。下手をしたら賠償金だけでは済まないことになる」
「それに王も艇長も飛空艇を戦争の道具にしたくて作ったわけではないしね。だからあんまり弾薬も積んでないんだ」
道具類担当のショウがそう付け加える。
「そもそもこんなところにドラゴンが生息しているなんて聞いたこともないんじゃ」
気象観測兼医師のクルスがどうにもおかしい、おかしい、とつぶやいた時に先ほどよりも強い衝撃が襲いみな態勢を持ち崩した。
アカメはその瞬間、窓からほど近い位置を通り過ぎたドラゴンと目が合った気がした。
その目は見境なく暴れまわる獰猛な獣というよりも、はっきりとした目的意識を持つ知性ある者の目に見えた。
「……」
船全体が軋んだ音を奏で始めた。
どこかに大きな穴でも穿たれたか、または翼の角度でも歪められたか。
あるいはエンジンやプロペラを破壊されたのではないだろうか。
不時着の可能性を考慮せざるを得ない段階に来ていることは誰にも明白だった。
「艇長」
「なんです、聖賢者殿?」
「砲撃も逃走も無理では仕方ありません。目の前のガム・デ・ガレに飛び込みましょう」
アカメの提案に一同が驚愕した。
浮遊石嵐ガム・デ・ガレはただの砂嵐ではない。
内部は光も届かない暗黒で、絶えず稲妻が走っている。
幾重もの風の壁が張り巡らされている中に大小多くの岩石が飛び交っているのだ。
さらにあらゆる飛行生物の神経を乱す強力な磁場が発生しており、中に入れば飛空艇といえどもまともに飛ばせるか怪しいものである。
少なくとも計器の類は役に立たなくなるだろう。
すべては操船を目視に頼ることになる。
「そいつは自殺行為だ」
当然反対意見が場を制した。
舵輪を握る天測航行士のミックがアカメを睨みつける。
「聖賢者さん、あんたは空のことを、なによりあの嵐のことをまるで理解していないからそう言えるんだよ! あそこが真に怖いのは風でも雷でも、まして岩でも磁場でもなく、あそこはッ」
「神獣ヴァルフィッシュが巣食っているのですね」
「ッ! 知ってて……」
アカメがうなづいた。
「フィフスで緑砂の結晶狩りをしていた知人から聞いています。ガム・デ・ガレの内部には巨大なセラミック鋼殻で覆われた空飛ぶクジラがいると」
「そう、それがヴァルフィッシュ」
「その姿を拝むだけでも一生モノと言われる超希少種だそうですが、この場合、本当に居てくれると助かります」
「まさか、あんた……あのドラゴンとヴァルフィッシュをぶつけるつもりか?」
「そりゃあなんて大胆なッ」
おたつくドワーフたちをアカメはなだめすかして続けた。
「このままではドラゴンと嵐で船はバラバラにされてしまいます。だったらせめて、嵐だけを相手取り、ドラゴンは他に任せてしまった方がいいでしょう?」
ドワーフたちがなおざわめいているなかで、ハクニーはアカメの凄みを久しぶりに見れて心が震えていた。
ウシツノも、タイランも、シャマンもそれに兄であるベルジャンも、アカメの本質は知識の量ではなく、危機に瀕した時に最も確率の良い判断を恐れずに選択できること、その度胸と強気な態度にあると評していた。
「大丈夫です。勝算はあります。私の知人たちはヴァルフィッシュに飲み込まれながらも無事生還しました。今度の大闘技会にも参加しているんですよ」
アカメのその言葉は幾分ドワーフたちを安心させる効果があったようだ。
「まあ確かに、ドラゴンとヴァルフィッシュ、両方と相まみえたとなれば超貴重な体験となるなッ」
「このストーン・サワー号の臨界点を測るのにこれ以上の好奇はねえしなァ」
「雷雲に入るなら雷電集積も捗りますよ。予定していた充電時間を大幅に短縮できるかもしれません」
「それにッ」
「それに……」
ドワーフたちの心に恐怖よりも好奇心、探求心が勝り始めたようだ。
テイラー艇長がガハハッと大声で笑った。
「よし、行こう! ガム・デ・ガレへ」
「艇長! 船外に高熱源反応」
「ドラゴンの羽根からおびただしい光量がッ」
所狭しと並んだ計器類に目を配りながら雷電集積担当のクレイが声を張り上げる。
「ドラゴンの熱線ブレスですッ」
「ジョイ・ジョー! エンジン全開、最大船速ッ! 面舵いっぱい! ミック、嵐に突っ込めェ」
「機関全速! 面舵いっぱい! 嵐に突入せよッ」
シド副長の復唱で船が大きく旋回すると船首からガム・デ・ガレへと突入を開始した。
直後に船体後部に強い衝撃と爆発が起こった。
「火災発生! 火災発生! 動力部が燃えてるぞォ」
伝声管から機関担当主任技師ジョイ・ジョーの切迫した報告がこだました。
ドラゴンのブレスが直撃したのだ。




