732 アカメにできること
飛空艇ストーン・サワー号がドワーフ族の王国ロカを出航して丸一日が経過した。
空の旅は新鮮で驚くことばかりだった。
気流によって激しく揺れたり、上空の寒気に包まれて船内はとても寒かったり、ドワーフ族の出す食事は前菜に肉、スープも肉、メインは肉でデザートも肉と肉料理尽くしであったりと、普段引きこもって本の虫であるアカメには胃にもメンタルにも厳しい旅だった。
ミゾレ嬢も同様であったがハイランドを代表する外交団のトップとして、そのような弱音はおくびにも出さず、ドワーフたちとの交流を深める努力に勤めていた。
一方ハクニーはドワーフたちと気が合うようで、こちらは何も心配はない。
ケンタウロス族とドワーフ族は親和性が高いのだろうか。
今度じっくり調べてみようかとアカメは思ったものだった。
「こんこん、アカメ入るよぉ」
ノックをせずに台詞で済ませてハクニーがアカメに割り当てられた船室の扉を開けた。
「テイラー艇長が言うにはもうすぐディバマンド山の近くを飛ぶから気を付けろだって。磁気嵐のせいで揺れが強まるらしいよ」
ディバマンド山はエスメラルダ古王国と五氏族連合フィフスを分ける山脈である。
標高は三千メートルを優に超え、西側であるフィフス側は多くの浮遊石が飛び交う。
飛行石嵐ガム・デ・ガレが発生すると磁場が乱れ、あらゆる飛行生物は感覚が狂わされるのだが、どうやら飛空艇もその影響を免れないらしい。
とはいえ生物のように全く飛べなくなるということもないので、やはりこの空飛ぶ船は人類を何段階か進歩させうる発明であるのは間違いない。
「聞いてる、アカメ? さっきから何読んでるの」
ハクニーが入室してからもアカメは一切返事をしなかったので回り込んで手元を覗き込んでみた。
何枚もの紙束をアカメは読み込んでいるらしかったが、おもむろに顔を上げるとひとつため息を吐いた。
「あのね、人の顔見てため息つかないでくれる?」
「失礼」
アカメが読んでいた紙束をハクニーに差し出した。
珍しいことだ。
「読んでいいの?」
「どうぞ」
早速目を通してみる。
その間にアカメは目頭をもみほぐしながら熱いお茶を淹れた。
「なにこれ?」
ハクニーが顔を上げるのと目の前に湯呑が置かれたのはほぼ同時だった。
「なんの名簿なの、これ? ずいぶんいろんなヒトの個人情報が載ってるけど」
「大闘技会キングストーナメントの本戦出場者たちのデータですよ」
「ああ! それでウシツノも載ってるんだ」
名簿には少ないがハクニーの直接知る人物も何人か記載されていた。
「よくこんなの手に入ったね。コランダムは遠いのに」
「PUCKは優秀な働き者が多いですから」
PUCKとはアカメが直接指示できるハイランドの諜報機関のことである。
世界中に情報収集のためのスパイを送り込んでいて、必要な時、必要な情報をアカメの元へと届けてくれるのだ。
「いつの間にこんなの受け取ってたのよ」
「ロカ王国を出航する直前です」
ということは丸一日前である。
「その報告では予選がだいぶ派手だったらしく本戦の開始が予定よりも遅れているそうです。なのでその報告ではまだ一回戦の組み合わせもわからないのですが、おそらくはもうすでに決まっているでしょうね」
情報のタイムラグはいかに優秀であろうともいかんともしがたい。
「ですが飛空艇のおかげでどうにか本戦には間に合うのではと思っています」
「そうまでして見に行かないといけないの?」
「まあ気になるので、と言ってしまえばそれまでなのですが、別に個人的な感傷ばかりが理由ではないのです」
出場者の中にウシツノとタイラン、そしてアマンの名を見てアカメの中に期するモノがなかったわけではない。
だがそれとは別にこの大会にはどうにも看過できない要素が多く見受けられるのだ。
「それってなに?」
「妖精女王ティターニアの野望です」
「ティターニアってアーカムの支配者の?」
「そうです。大会自体は十数年おきに開催されているアーカムでの目玉イベントのひとつでしかありませんが、今大会はいつもと様相が違いすぎます」
「ふうん」
「なぜ今大会に限って三人一組のチーム戦としたのか。そしてそれ以上に気になるのがなぜ、優勝者へ藍姫との婚約などという副賞を設けたのか」
過去の大会は単純に経済活動の一環ということで納得できた。
しかし今大会はそうではない雰囲気が漂う。
その主な理由が藍姫である。
「機が熟したのかもしれません」
「どういうこと?」
「この二年ばかしの間にこの亜人世界には何がありましたか?」
「え? いろいろあったよ」
「あのですね……じゃあどうしていろいろあったとお思いです?」
ハクニーは頭を悩ませた。
この数年で何があったかといえば、各地で未曽有の混乱が多発していたわけだ。
盗賊都市マラガは一度壊滅し、エスメラルダとハイランドは戦争に突入した。
獣神が復活しハイランドでは獣化病が蔓延したし、空から光る宮殿が落っこちたりもした。
異常気象とされる災害や、異常生物による事件まで数え上げればきりがない。
そもそもアカメの故郷カザロ村もトカゲ族の侵攻によって滅びたのだ。
それがきっかけで彼らは旅立ち、おかげでハイランドも救われたと言える。
「たしかに急にいろいろ起きてるね。どうしてだろう……あ」
「思い当たりましたか?」
「もしかして……姫神……」
アカメが大きくうなづいた。
「そうです、その通りです。姫神が降臨しだしてからこの世界ではいろいろ存亡の危機が訪れ始めたのです。そして妖精女王の手元には藍姫がいます」
「何か企んでいるの?」
「それを突き止めるために向かうのですよ。我々も、コランダムに……わっ、とっと」
船が大きく揺れ出した。
湯呑からこぼれた熱いお茶がアカメの指に跳びはねて声にならない悲鳴を上げる。
「飛行石嵐ですね。艇長の言っていた」
窓の外は薄暗く、砂嵐が渦巻いていて何も見えない。
アカメは大人しく席に着くと読みかけの本を開いた。
船の操縦に関してアカメにできることは何もない。
航行は艇長たちドワーフの乗組員に一任すべきで口も手も出すべきではないのだ。
ならば本を読む以外、アカメが世界に貢献できることはないのである。
そのときドンドンドン、とけたたましく扉がノックされてミゾレ嬢が飛び込んできた。
「おやまあどうしましたミゾレさん。血相を変えて」
「大変なのよ! 船が揺れて……」
「ええそうですね。嵐でしょうし」
「嵐じゃないのよ! いいから来てッ」
「嵐じゃない? しかし飛空艇で私にできることなんて……」
「あるわよ! 意見を聞かせてって艇長がッ」
「はあ?」
いつも冷静なミゾレが力任せにアカメの腕を引っ張り立たせる。
「ドラゴンよ! 飛空艇の周りをドラゴンが飛んでるのッ」




