489 自由騎士タイランその22 お節介
「バイド、ヒュドラをくれ」
「気をつけて」
バイド=バイタが腰のポーチからどす黒い液体の入った小瓶をクロウに渡す。
タイランを治した薬瓶が入ったポーチとは反対側から取り出していた。
クロウはクロスボウの矢を三本、右手の指と指の間に挟むと慎重に矢尻を液体に浸した。
ぽたりと落ちる雫にすらも触れないように慎重にこなす。
「それなんだよオッサン」
「近付くな。どんな英雄でも苦しみ悶えるヒュドラの生き血、猛毒だ。かすっただけであの世行きだぞ」
ボンドァンは息も吸うまいと半歩後退った。
「ど、毒かよ」
「オレを誰だと思ってる。元暗殺者だぞ」
クロウが毒の入った瓶をバイド=バイタに返す。
「三本でいいの?」
「貴重品だからな。三発で仕留めてえところだ」
クロウが遠くに立つ二頭のドラゴンを見る。
「かするだけでいいんだろ? 的はあんなにデカいんだし」
「そうだな」
ボンドァンの揶揄に乗ることもなく、クロスボウに矢を装填するとドラゴンの元へと歩き出そうとする。
「あの」
背後からアナハイが遠慮がちに声をかけた。
「なんだ?」
「ぼ、僕が囮役をします。なるべく二頭を引き付けますので撃ってください」
「お前が囮役? 無理だよ無理。無理すんなよ」
揶揄するボンドァンだったがクロウは押し止めた。
「危険だぞ。出来るのか?」
「ここでは砂虫を呼べません。僕に出来るのはこれぐらいしか……リュキアの為に皆さんが危険を買ってくれているというのに」
「わかった。任せるぜ」
「おい、オッサン」
ボンドァンが驚いてクロウを見る。
クロウは遠くを指差していた。
「ただし囮役はお前だけじゃない」
「えっ」
指し示した先にはすでに赤い鳥が待っている。
タイランは右のドラゴンへと向かっていた。
「相手は二匹だ。囮も二人いた方が合理的だろ」
タイランに遅れじとアナハイは走り出した。
「あーあ、無茶させちゃってよ」
「あの小僧にも勝利という達成感を味あわせてやらんとな。国を抜け、太守に騙され、女を奪われた。もう一度自信を取り戻すきっかけを与えてやらねえとな」
「なんだよ。随分とお優しいじゃねえか。暗殺者のくせに」
「元、暗殺者だからな」
「けっ! まあいいさ、あんたらに任せるよ」
「なに言ってる。トドメはお前だ。気張っていけ」
「はあ? なんで」
「赤い鳥が言ってたろ。持てる力の最大を発揮する日だってな。でなきゃ生きて帰れんさ」
「そうは言ってもよぉ……」
クロウの顔は真剣だった。
なのでボンドァンも茶化すのをやめた。
「けどよ、さっきも思い切りブッた斬ってやるつもりだったのに出来なかった」
「今度はヒュドラの毒が奴を弱らせる。お前はトドメだけを考えりゃいい。方法は任せる」
ボンドァンが生唾を飲み込む音が聞こえた。
「ここで竜殺しの称号を得れば、この国でお前の居場所が出来るだろうぜ」
「なっ! なんのことだよ」
「言ったろ。仕事柄、オレは世界中の要人を知り尽くしていると。お前のこともな、ボンドァン・クルトゥ」
「ッ!」
「クルトゥ家の四男。女権国家であるエスメラルダでは中央での出世は望めない。バギン太守のように辺境で暴利をむさぼるか、常道を外れてでも名を挙げる以外ない」
ボンドァンは剣を握りしめるとクロウに背を向けた。
「それ以上は言わなくていい。だいたい合ってる、とだけ言っておく」
「慰めになるかは知らねえがな、赤い鳥もあの坊やも組織や国を出ちまった。だがよ、立派に騎士してると思うぜ」
答えることなくボンドァンも走り出した。
「やれやれ。お節介だったか」
「さあ。ただアンタも歳とったのかもしれないね」
バイドの意見にクロウは渋面で答えた。




