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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: 光秋
第三章 異界・探究編

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159 マナ、姫神という資源

挿絵(By みてみん)


 強引な起こし方だった。


 何処(いずこ)へと連れ去られたミナミが目を覚ましたのは、巨大な水槽の中であった。

 透明度の高い、澄んだ真水がなみなみと(たた)えられた水槽。

 深さは二メートル、幅はそれ以上の大きさを持つ頑丈な水槽が床に掘られていた。

 そこへ突き落とされたミナミは、大量の水を飲み、咳き込みながら顔だけを水上に避難させた。

 が、その頭を押さえつけられ、再び水の中に押し込まれる。

 予想していない荒っぽい扱いに動揺する。

 水面に顔を出しては押し込まれ、出しては押し込まれを数度繰り返した後、ようやく両脇を抱えられながら水から出してもらえた。

 うつろな目で自らを支える者の姿を見る。


「ッ!」


 悲鳴が喉まで出かかった。

 ミナミを支えていた者は悪魔のような姿をしていた。

 痩せていて小柄、全身が黒光りするゴムのようで、小さな羽と長い尾を持つ。

 特筆すべきは、その者には目も鼻も口もなく、顔は黒一色ののっぺらぼうであった。

 同じ者が何匹も徘徊している。


「よし、〈夜鬼(ナイトゴーント)〉どもよ。三十時間おきに金姫をそうして聖水で清めるのだ」


 恐怖を呼び起こす声が聞こえた。

 うつろな目で声の主を見ると、案の定そこにズァと名乗る偉丈夫の姿があった。


「ズァ……私を、どうするの……」

「体を清め、休息を与える」

「……」

「ゴーントどもよ。十時間の休息の後、施術を行え」

「なに? なにをするの」


 不安を抱えたまま、ミナミは再び訪れた強烈な眠気に抗えず、そっと意識を失った。




 どれぐらい眠っていたのだろうか。

 目覚めたとき、ミナミは慌てふためいた。


「んっ! んんッ! ……動けない」


 両腕を左右に伸ばし、両足は揃えられ、少し目線の高くなる位置で、どうやら磔にされていた。

 少し体がきつい。

 それ以上に、身動きできず、まるですべてをさらけ出し、晒されている感覚に焦りと羞恥が加わる。

 よほど慌てたのだろう、しばらくしてからようやく周囲に目が行き届き始めた。

 裸ではなかった。

 日本にいたころ、よく目にしたロボットアニメのパイロットスーツのようなものを着せられていた。

 色は金。

 体に密着し、ボディラインがはっきりと出るあれである。

 なぜそう思ったのか。

 着せられたスーツにはいくつものチューブが繋がっていたからである。

 幾本ものチューブは肩や腰、手首や足首から繋がり天井に伸びている。


 目の前に、静かに見つめてくるズァがいた。



「ここはどこなの……」

「〈ゴルゴダ〉という、お前たち姫神の処理場だ」

「ッ!」


 ミナミの背中に一筋の汗が伝う。


「渡来ミナミ。金姫よ。お前は脱落したのだ。この世界を創造する、姫神戦役からな」


 ミナミの目が見開く。


「ゴーントよ。始めるのだ」

「な、なにを!」


 ズァの命令でチューブから唸る音が聞こえてきた。


「お前の〈マナ〉をいただく。姫神の素質のある娘だ。無尽蔵に抽出できるであろう」

「なに……それ」


 確かにチューブを通して何かが吸い取られていく感覚がある。

 しかし血液検査で血を抜かれる以上には感じない。

 今すぐどうにかなるというものでもなさそうだ。


「自覚はなかろう。だがお前たち姫神の持つマナは純度が高く、この世界の維持に必要不可欠なのだ」

「どういうこと……」


 一呼吸、間を開けてからズァが答える。


「……この世界は〈消滅の危機〉に瀕している。いや、瀕していた、というべきか」


 ズァの視線がさまよう。

 その目は今を見ておらず、遠い過去を見ているようであった。


「消滅?」

「そこで()()は考えたのだ。〈マナ〉という超常の力を支えに、この世界を維持する方法を」

「われ、ら?」

「〈力〉と〈智慧〉、そして〈心〉だ」

「ッ!」


 〈心〉……その言いように心当たりがあった。

 一瞬、ミナミの脳裏に記憶がフラッシュバックする。


「私に、この力をくれた……」

「思い出したのか? そうだ。お前たち〈姫神〉を導いた者、そしてオレとは違う方法で救世(ぐぜ)を成そうとしているものだ」


 ミナミの頭は混乱していた。


「理解できぬか? そうであろう。我らはすでに一万年以上の長きにわたり繰り返してきたのだ。小娘にわかろうはずがない」


 わからなかった。


「だが、今日まで、この世界を守り続けたのはオレだ。〈心〉は姫神が可能性だという。だがオレはそうは思わん」


 ズァがまっすぐミナミを見る。

 その目は人を見る目ではなく、その目はまるで……。


「姫神はマナの塊だ。この世界の崩壊を食い止めるための、資源にすぎん。消耗品だ」


 そう。ズアの目はミナミを資源、栄養素、あるいは家畜のエサ程度にしか見ていないのだ。


「〈心〉は……あの人は私に、世界を創造しろと言った」

「お前だけではない。過去、何百人もの姫神となった小娘たちに同じことを言ってきた。だが、この世界を救えるほどの創造力を発揮した者はいなかった」

「なん、びゃくにん……」

「そうだ。そしてそれと同じ数の姫神を、オレはこの世界を救うためのエサとしてきたのだ」


 ミナミは息を飲み、言葉を出せずにいた。


「お前からもマナをいただく。できるだけ多くのマナを、できるだけ長い時間をかけてな。一年や二年ではすまんぞ。何十年もかけて、お前の寿命が尽きるまで、毎日毎日マナを抽出する。それがオレの役目。それが姫神(おまえ)らの役目だ」


 何十年……毎日、毎日…………何もできず、ずっとこのままで。


「う、うあぁぁぁぁああぁぁぁ! 転身! 姫神ッ!」


 ミナミが叫んだ。

 絶叫だった。

 ズァは太い腕を組み、その様を静かに眺める。


「無駄だ。ここにお前の神器はない。〈金色弓尾(ヤシャ・ノウェム)〉になれぬお前に、ここを脱出するすべはない」

「転身! 姫神ッ! てんシんッ! ひメがみィッ!」


 ゴーントたちが騒ぐミナミのそばへと集まった。

 泣き叫ぶミナミの口を枷で封じ、その口枷に空いた穴にもチューブを差し込む。

 先端が喉の奥にまで突きこまれミナミは嗚咽した。


「安心しろ。お前たち姫神は貴重な資源だ。乱暴はせぬ。三十時間おきに休息も与えよう。ただし、残りの人生はここでマナを吸われ続けるのだ。それ以外の全てを許さぬ」


 憐憫も、同情も、まして憤怒なども見せず、ズァは一瞥をくれると暗闇に消えていった。


 ゴーントたちも姿を消し、その場には磔にされたままのミナミひとりだけが取り残された。


(このまま……一生……ここで、このまま……)


 腕に力を込め、体を揺り動かす。

 必死にもがくが拘束は緩む気配もない。



 ――しあわせって、なんだろう……


 ――思うにしあわせってさ、何を目指して生きるかってことじゃないのかな?


 ――ねえ、生きるって、なんなのかなあ、レッキス?


 ――なんかこう、生きる意味っていうか、しあわせの在りかたと言うか


 ――私の、しあわせは……



 在りし日の自分の問いかけが聞こえてくる。


「わたしの……しあわせ……は……」


 嗚咽交じりのか細い声だけが…………………。



2025年5月25日 挿絵を挿入しました。

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