138 藍姫〈クトルゥー・フラウ〉
熱気!
宮殿前広場を埋め尽くす「異形」たちが興奮していた。
その群衆を鎧で身を固めた兵士たちが押しとどめ、群衆という垣根で作られた円形の広場が出来上がっていた。
そのぽっかりと空いた広場の真ん中にユカがひとり立たされていた。
着ているのは与えられたドレスではない。
サッパリと洗濯された自分の制服を着ている。
その制服の肩が震えているのが遠目からでもはっきりと見える。
広場を一望できる宮殿の正面テラスで、サチは女王ティターニアに食って掛かった。
「なにをするつもりなのッ」
「言ったであろう。あの者が自ら言う通り、姫神であるのか確認するのだ」
先程までと違う、妖精女王の慇懃な態度にサチは怯んだ。
「ど、どうやって」
するとユカの前に何人かの異形の者が進み出てきた。
みな体の一部が人間ではない、別の生物の特徴を有している。
戦闘怪人ケンプファーと呼ばれるこの国の戦闘員だ。
「窮地こそ、人は己が秘めた力を発揮する。それは死地に追い込めば追い込むほどにだ」
「まさか……」
「はじめなさい」
女王による開始の合図で異形の者共が動き出した。
「グヘヘヘ。お姫さま、おめめを覚ましていただきますよ、と」
「お神さまだろバカ」
「姫神さまだ」
八本の細い足を背中に生やしたクモ男、黒い翼を生やしたコウモリ男、右手が巨大なハサミのカニ男。
ユカにその三体の異形が近寄ってきた。
「さあ行くぜィ」
「ギシャアッ」
カニ男クラッベの巨大なハサミがユカに襲い掛かった。
「キャァッ」
ユカは一目散に走りだす。
ハサミから逃げ、広場から逃げようとする。
そのユカのすぐ横をコウモリ男フレーダーマウスが滑空しながらすり抜ける。
ビシュウッ!
「ぐっ」
ユカの制服の左肩がじんわりと赤く染まる。
「くく、なかなか美味」
フレーダーマウスの牙にユカの赤い血が染みついていた。
ユカは痛みをこらえながら群衆をかき分けて広場を脱出しようとする。
しかし周りを囲む異形の群衆がそれを許さない。
ユカを広場に圧し戻そうとする者もいれば、逆にユカを掴んで自らが傷つけてやろうとする者もいる。
圧倒的な暴力にユカの頭は真っ白になり、視界も狭まっていった。
自分が今どうなっているのかもわからない。
身体中を引っ張られ、押さえつけられ、もてあそばれている。
どこに意識を振り向けばいいのかわからなかった。
だから自分の足首に粘着性の白い糸が絡まっていることにも気付かないでいた。
「ほぅら、こっちへ来ぉい」
クモ男シュピンネが糸を引っ張るとユカはすっころび、地面を引きずられるようにして広場の中心に戻される。
「ユカ! ユカ! ユカァ!」
サチはすでに半狂乱でユカの名を叫び続ける。
その後ろでメグミは血の気の引いた顔で立ち尽くし、女王はただひたすらに無表情で広場の光景を見下ろしている。
両足に糸の絡まったユカはのそのそと地面でもがくのみ。
そのユカに向かいクラッベのハサミが迫った。
「それではその首、チョッキンと」
ガチンッ!
ハサミの刃と刃が打ち合う音だけが場に響く。
首の繋がったままのユカは空中で、フレーダーマウスに捕まり吊り下げられていた。
「バカですかあなたは。殺してしまってはお姫さまかわからなくなるでしょう」
するとフレーダーマウスはユカの身体を放り投げた。
「追い込むならまずは高所より落としてみるべきかと」
「きゃああああああ」
ユカの悲鳴が地面に向かい尾を引いた。
「ユカァッ」
べとぉぉ。
地面に落下寸前、幾重にも張られた巨大なクモの巣の糸にユカは受け止められていた。
しかし全身に粘着性の糸が絡みつき、もはや身動きもできない。
なすすべなく弄ばれ、すでに諦めてしまったユカの目から光が失われていた。
「おやおや」
「やれやれ」
「この様子ではもう逃げることもできないね」
「抵抗もだな」
「それじゃあ、これで目覚めないなら、サヨナラということで」
シュピンネとフレーダーマウスとクラッベが、とどめを刺そうとユカに群がる。
「ユカァ!」
サチは目をむき異形の三人を睨みつけた。
メグミはすでに顔を両手で覆い膝をついていた。
「やめろぉッ! ユカにそれ以上手を出すなッ」
サチの絶叫を楽しげに聞きながらカニのハサミ、コウモリの牙、クモの八本足がユカに振り下ろされた。
「やめてェッッッ」
ズガァァァン!
突如、落雷のような轟音が鳴った。
そして土埃。
一瞬の衝撃に群衆は水を打ったかのように静まり返った。
殺戮を楽しんでいた三人の異形も固まっていた。
目の前、ユカを守るように、一本の槍が突き立っていた。
二メートルを超す長さの柄に幅広の片刃がついた薙刀。
竿状の柄も、剣状の刃も、深海を思わせるほどの深く透き通った青一色。
妖精女王ティターニアの顔に朱が差した。
目を見開き、興奮を抑えている。
青く輝く薙刀に目を奪われた。
「この神器は……星の海。では、藍姫か!」
女王の横をすり抜け、テラスの壁を乗り越えて、眼下の広場へとまっすぐ身を投げ出したのはどちらであったか。
長い青髪を振りまきながら円形闘技場に向かい落ちる。
「転身!」
何を言うべきか、自然と心でわかっていた。
星の海と呼ばれた神器が向こうからこちらの手元へと飛んでくる。
パシッ!
サチは、それを掴むと叫んだ。
「転身姫神! クトゥルー・フラウ」
サチの体が青い光に飲み込まれる。
身を乗り出し、妖精女王ティターニアはサチの姿を追った。
歓喜が身の内から沸き立っていた。
「おお! おおッ! 藍姫じゃッ! よもや最強の姫神がわらわの目の前に」
ゆっくりと着地するサチの転身した姿を認めた。
「藍姫じゃ。大海を支配する最強の姫神! 太古の邪神を宿す、九頭竜婦よ」
2025年2月22日 挿絵を変更しました
2026年3月10日 挿絵を変更しました




