125 〈破壊〉
――あたしの前から、みんな足早に去っていく。
――また、あたしだけ置いて、あたしの前からいなくなるの?
――アマンも、タイランも、……お母さんも……
街中に怒号と恐怖の悲鳴が入り混じる。
「ドラゴンだ! ここは危険だ!」
「逃げろ! 逃げるんだ」
「とにかく離れろ! あっちだ」
「向こうはゾンビーが沢山いるわよ!」
「一体どうなってんだ!!」
今夜街にいた者はみなパニックを起こしていた。
深夜に音もなく現れた死者の軍団。
猛々しい唸り声とともに現れた巨大なドラゴン。
「これは、助かりそうもないな……」
スラム街の道端で、一人の浮浪者がボソッとつぶやく。
その発言を聞いているのは、周りにはびこる死者の群れのみだ。
「ギシャアアアアアア」
ドラゴンの咆哮が轟くと、赤い熱線が空を迸り、街の一角を破壊する。
どうやら最初の一発目は港方面に放たれたようだ。
一瞬で暗い光景が炎で明るく照らし出される。
――ああ、一声叫ぼうとしただけで、すごい炎を吐いちゃった。
――簡単。
――こんなに簡単なんだ。
その一撃に人々は恐慌をきたし、ますます混乱に拍車がかかる。
逃げ出す者、泣き出す者、怒り出す者、襲い掛かってくる者。
アユミの赤い視界の中で、様々な動きが見て取れる。
そのどれもが癪に障る。
――なに?
――なんなの?
――またなの?
――あたしの好きな人は、みんなどこかに行ってしまう。
――それでいて、あたしに関心ない奴は、みんなあたしの邪魔をする。
――いい加減、ムカつくな。
――異世界に転移してきたって、なんにも変わらないじゃない。
――異世界に転移してきたって、なんにもいいことないじゃない。
またブレスが放たれる。
――ああ、壊れる。
――簡単だ。
――簡単に壊せる。
――そうだよ。
――全部壊しちゃえばいいじゃない。
――あたしの邪魔をする奴だけじゃない。
――全部よ。
――見逃したら、今後あたしの邪魔をするかもしれない。
――そうだ。
――あたしを怒らせたら全部壊されるって思わせたら、きっとみんな、あたしに関心を示してくれるかもしれない。
――あたしと仲良くなろうとするかもしれない。
――あたしの前から誰もいなくならないかもしれない。
――あ、なにあいつ? あたしを指さして、まるで化け物を見るような目で罵ってる奴がいるわ。
――ん? なによあいつら? あたしに向かって矢を撃ってきてるわ。女の子になんてことするの。
――あ! なにあの女! ひょっとして彼氏に手を引かれながら、このあたしから逃げようとしているの? 失礼ね!
――あー、もう! みんなみんなムカつく!
ドラゴンの尾があたり一帯を薙ぎ払った。
建物も、人も、ゾンビーも、分け隔てなく一瞬で壊れていく。
――全部、全部壊しちゃえ!
――とりあえず、いったん、まずは全部壊してから、みんな落ち着こうよ!
――よぉし。次はあの大きな建物も。
次にドラゴンが、街の中心にそびえる商会議場を有する屋敷に狙いを定める。
身を屈め、うつむきながら力を蓄えたドラゴンは、足元の地面に向かい熱線を放出する。
地面が赤熱し融解する。
放射し続けたまま顔を上げ、地面を破壊しながら熱線がまっすぐ建物へ伸びていく。
それが途中で防がれた。
何かが熱線を受け止め、吸収しているようだ。
ドラゴン、アユミにはそれが何なのかわからない。
それは人間だった。男だった。筋骨隆々とした、腰に毛皮をまとっただけの偉丈夫だった。
両足を踏ん張り、両手で持った大きな鉈のような、幅広の得物でもって、熱線を防いでいた。
歯を食いしばっている。
長い毛髪がたなびいている。
目は開けている。
だが黒目がない。
故に表情は読み取れない。
「ズァだ……」
狙われた建物のテラスで、ホンド・パーファがつぶやいた。




