120 カエルさんが欲しい
「そ、そんな! 私何もしてない!」
「その剣はわかっているのよ。戦わなければいけないということが。紅姫の殺気に反応し、あなたを守るために力を振るったの」
「剣が、私を守る……」
「さっきここへ来た時もそうだったでしょう。そしてその剣が紅姫に反応したのは今ので三度目」
「三度目?」
一度目は数ヵ月前。カザロの村に襲来した暴走するアユミが安置されていた黒の剣に襲い掛かった時であった。
「さあ、わかったら戦いなさい。あなた自身の意志で」
「わたし……そんな……」
レイの足は震えていた。
唇は真っ蒼になり、恐怖で吐き気さえ催す。
「た、たたかうだなんて……」
レイは恐れを抱きながら今しがた吹き飛ばされたアユミの姿を探した。
やがてアユミがうずくまり、何かを愛おしそうに抱きしめているのを目にした。
「あれは……」
レイは目を見開いた。
アユミが抱きしめているもの、それはボロボロに傷ついたカエル。
吹き飛ばされたアユミのそばに、戦いで傷つき倒れたカエル族の勇者、アマンが横たえられていたのだ。
アユミはアマンを今一度抱きしめる。
「アマン……もう少し、待ってて。すぐに終わらせるから」
先ほどまで言葉すら忘れるほど獣と化していたアユミだが、アマンの存在を確認することで自我が戻りつつあった。
「ほう。あのカエルが紅姫にとっての精神安定剤といったところかしら。死にかけてるみたいだけど」
「カエル……カエル!」
「?」
オーヤはレイの異常に気が付いた。
カエルを抱きしめる紅姫の姿に異様な眼差しを向けている。
「カエル! カエルさん!」
「どうしたのレイ?」
ゴウッ! とレイの周囲に黒い波動が巻き起こる。
そのあまりの衝撃にオーヤが思わず飛び退いてしまう。
「カエルさん! 私にも! カエルさん!」
レイの叫びが巻き起こる黒い風にかき消される。
暴風が炎を、瓦礫を、あらゆるものを吹き飛ばす。
「転身! 姫神ィ!」
耳をつんざくような、悲鳴に近い叫び声を上げて、レイの姿が黒い風に包まれる。
一瞬ののち、そこには姫神、〈深淵屍姫〉へと変貌したレイが立っていた。
闇よりも濃い黒のドレスを纏い、肌も瞳も死人のように白い。
頭部の頂には血のように真っ赤な色をした、茨の冠を戴いている。
そして身の回りには黒い霧のような靄が漂い、より凶悪なデザインに変貌した黒い剣〈死をもたらすもの〉を持つ。
「あああああああああああああ」
闇夜に向かい突如叫びだすレイ。
その叫び声にコモドはギョッとする。
心臓を鷲掴みにされたような恐怖が身を固くする。
ピタっと叫び声がやんだ瞬間、レイは小首をかしげながらアユミに目線を移す。
アユミはアマンを強く抱きかかえ身構えていた。
「ちょうだい」
「ギ……」
「私も、カエルさんが欲しいの」
「ギギ……」
アユミが一歩、レイから遠ざかる。
それを見てレイの表情に怒気が広がる。
「逃げる気! 許さない! そのカエルさんは置いていってよ!」
剣を振り上げながらレイがアユミに飛び掛かってきた。




