水虎
水虎狩りは明日の明け方に行われることになった。水虎は夜行性だとかで、寝入り端を襲うのだという。大蛇にとっても、日がある方が動きが良いとかで、まさに狩りに向いた獲物だろう。
魔物素材図鑑なる本を読んでニヤニヤしているのはフレッドで、皮が高く売れるから綺麗に狩って欲しいなんてカムランに話していて、本当に商人はたくましいなと思う。
俺はというと、大蛇に頼んで水中呼吸の魔道具に、たっぷり魔力を込めてもらっていた。五人分のそれを、大蛇が昼寝しながらやってくれている。途中で魔力がなくなったりしたら困るので、俺のやつは特に念入りに頼んだ。
その魔道具は首飾りに魔石をつけたもので、空気を身体に纏わせるような魔法がかかっているから呼吸できるのだそうだ。ダークエルフはその魔法を使って漁をするそうだが、魔力がなくなったらさすがに使えないそうなので、念のため付けておいてもらう。
夜にはいつもより大量にカイロ石を大蛇の周りに起き、とにかく体温が下がらないようにしてやる。ここから外に出たら、水の中も外も寒いから、暑いくらい暖めてやりたかった。
ミディ、アル、ビノもやる気満々で、昼からカイロ石で身体を暖めている。朝から行くので昼から眠って、夜中に支度をする。
カイロ石を持って、みんなで大蛇の元に向かった。大蛇はもちろん起きていて、俺たちに魔道具を付けるように指示した。前の時のように背中に全員乗せて行ってくれるそうだ。
お供の蛇もダークエルフ一人一人につけてくれている。優しさか荷物持ち要員か微妙なところだが、優しさだと思っておこう。
《行くぞ》
「おう。楽しみだな」
そう言った瞬間、視界は一気に滝、海岸、海と過ぎた。やっぱり早い。ダークエルフたちもそう思ったようで、おお…とちょっと感動しているみたいだった。
前回は海底を目指して深く潜っていたが、今日は日が入る辺りを泳いでいるからか、本当に本当に美しい海だった。朝焼けの光が眩しいくらいだった。
10分くらい泳いで、緩やかに動きを止めた大蛇。岩が沢山ある岩礁というのだろうか、巨大な木のように広く海底から海面へと伸びるそこを、少し遠くから眺める大蛇。
俺にはよく見えないが、ダークエルフ達は岩場の底の辺りにいる水色の水虎を見つけたようだ。
《あれが水虎だ。水虎はあのような岩場の隙間に仔を潜ませ、子育てをしている。…ちなみにツノが大きく長いのが雄で、短いのが雌だ。岩場にいる方がだいたい雌で、近くでウロウロしてるのが雄だ》
と大蛇が説明してくれたが、正直水色の生命体にしか見えないので適当に頷いておく。
《私が先に襲いかかり、岩場から引き離す。エルフ達はあとから来て、隙をついて狩れ》
「お任せくだされ!」
「え?俺はぁぁぁぁぁっ?!」
ひゅんと視界が動いたと思ったら、岩場に立っていた。数キロ先に、大蛇と水色の虎達が揉みくちゃになっているのが見えた。あの一瞬で、俺を降ろして行ったらしい。真上を、すうっとエルド達が泳いでいく。
水虎という魔物を、ようやくちゃんと視認した。水色の虎で、頭に角が生えていて、尻尾はヒラヒラしたヒレだった。そのヒラヒラしたヒレを左右に動かして、太い腕や鋭い牙で攻撃するようだ。
大蛇は水虎を一飲みしてはうねり、一飲みしてはくねる。水虎達をそうやって惹きつけているのだろう。そこにそっとダークエルフ達がやってきて。
エルドとカムランが銛をぶん投げて水虎を倒し、その狩った水虎をソニアとラナがサッと回収。銛をすぐに抜いて、夫に渡す。夫の方は妻の銛を持って、また狩る。死んだ水虎は、ラナが俺の前にサッと置きにきて、すぐまたカムランのサポートに回る。
なるほど、これがダークエルフの漁なんだな。確かに、効率的だ。そんなことを思いながら、特大麻袋に水虎を入れていく。本当に水色の虎である。
《ウェルナー!》
ミディが声を上げた。背後から気配を感じて、素早く剣を抜いた。背後から水虎が襲ってきたのだ。高速で牙を向けてくる水虎を避けて腹を裂く。
「グォオ!!」
と叫びながらももう一度来ようとする水虎に向かって走り、その首を、切った。断末魔の声はなかった。ただ赤い血がふわりと流れていた。ツノが小さく、岩場にいたことからも雌だとわかる。
自分が排除した死体を袋に入れていると、小さな鳴き声が聞こえた。「にぃ〜」と鳴いている。岩場の隙間を覗くと、まだ目も開いてない仔猫のような水虎の仔がいた。よく見れば、それは様々な隙間に一匹あるいは二匹でいて鳴いていた。
親を亡くした、いや亡くさせてしまったことに罪悪感を覚えた。きっとこのまま置いていったら、死んでしまうだろう。
なんとなく可哀想で、にーにー鳴いている仔たちをシャツの中に入れていく。鳴いていない仔は、諦めた。死んだ水虎を集めるかたわら、目についた鳴いている仔を集める。俺が仔を集めているからか、アルとビノもなぜか咥えている。
持ってきた袋に水虎がパンパンになった頃、エルフ達が戻ってきて俺を連れて岩場から逃げる。数分後、大蛇が戻ってきた。振り返ると、100匹は居たはずの水虎は30匹ほどになっているようにみえた。
《仔を拾ったのか?》
「仔猫みたいで可愛かったんだよ」
《…お主は優しいやつだな》
育ててやれるかはわからないが、育ったら勝手に海に戻るだろう。野良猫に餌をやるようなものだと思っている。相変わらずシャツのなかで鳴きながら動く仔たちをそっと撫でた。
また10分ほどかけて、島に戻ってきた。海岸ではみんなが待っていて、解体のための道具や馬車があった。暖かい飲み物もあるようで、良い香りまでしていた。
大蛇はそのままするりと巣穴に帰った。たらふく食べたからか、機嫌が良さそうだった。
「にぁ…」
「あ。やばい。キース樽!樽くれ!」
海から上がって行こうとして、シャツの中から聞こえた声に気がついて、慌てて海に戻る。樽に海水を満たして、拾って来た仔達をそっと入れていく。
数を数えてみると、13匹もいた。アルとビノも咥えてきたし、ポケットにも入れたから結構拾って来てしまったな。水虎の仔達はモソモソと動いて鳴いている。
「かわいー!ちっちゃいっすねー!!」
「だろ?」
「おお、さっきいっとった水虎の仔かの?んー、雌の水虎から乳が出るかやってみるか…それとも小魚を喰うのかのぉ」
「虎だから乳じゃないか?私も乳を出すのを手伝おう」
俺とキースが樽を眺めていると、エルドとカムランも覗き込んできて、色々やってくれるみたいだった。二人とも案外可愛いと思ってる気がして、くすりと笑ってしまう。
狩って持ってきた水虎は25匹程いて、とにかく解体が大変だった。皮と角は素材として売れるそうだから、綺麗に剥がしてフレッドに渡す。肉は半分を蛇達のために大蛇の巣穴に貢いで、あと半分は塩漬けにして干し肉にする。
水虎の雌の乳は張っていて、エルド、カムラン、ジャックが頑張って回収してくれた。家畜用の哺乳瓶に詰めた乳を、一匹ずつやっていく。ジャックによると、初めに母親の乳を飲ませると病気に罹りにくいのだそうだ。
次からは牛のミルクを与えることになるだろう、とジャックは育てる気満々だ。
「ふぅ…ようやく解体終わったな。よーしみんな、拠点に戻ろう」
たくさんの肉と仔虎達を乗せて拠点に戻る。腹が減ったと思っていたら、すでに作ってあったようで温め直してくれている。早速水虎の肉を食べるぞ。
水虎肉は大蛇が言う通り本当に美味しく、プリプリとジューシーが一緒になっている感じだ。ずっと海にいるからか、すでにほんのり塩味なのも最高である。酒が進むな。
エルドがもっと拾ってくればよかったのぉ、と小さな声で言っていて、今から樽の中のチビ達が食われないか心配になった。冗談だと思いたいが、カムランと来年も狩るぞ!と盛り上がっていたので手遅れかもしれない。
俺が仔虎を拾ったことで、フレッドは狼の魔物を育てていた人を思い出したようだった。水鏡で連絡してくれるそうで、これも期待したいところだ。
にーにー鳴いている樽を覗き込みながら、その可愛さに微笑むのだった。




