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八咫烏 ―YATAGARASU― ~邪神と巫が入れ替わる~  作者: 柴犬ジョニー


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第4章 レガリア ・ 第1話 邪神、斎院に侵入する ③

 俺が破壊した栖鳳楼が傾いでいる。

 ツインタワーの栖鳳楼と翔鸞楼が両袖に聳える応天門を潜り、各省庁が入る朝堂院(ちょうどういん)に入る。

 朝堂院は地上八階、地下二階、外観は瓦屋根で鉄筋コンクリート造、和風建築に寄せたデザイン。

 広い中庭に面して、天子の高御座(たかみくら)がある大極(だいこく)殿(でん)が建つ。

 朝堂院の平日の朝は、スーツ姿の役人の出入りが目立つ。

 衛門府の衛士は伝統の武官装束で警備する。

 役人達は無言で通勤し、朝堂院エントランスにある、駅の改札みたいなゲート(会昌門)で写真付きIDカードをかざす。

 グリーンのライトが点灯し、狭いゲートが開く。駅に沢山並んだ自動改札を抜けるように、スムーズに人が流れていく。

 同時に顔認証も行われていて、もし顔の違う侵入者が来たらレッドのライトが点滅し、すぐに衛士が駆け付ける。その時はゲートも開かない。

 俺は父のIDカードをかざした。

 当然、グリーンのライトが点き、ゲートが開いた。

 ほら、見ろ。

 俺は得意満面の笑みを抑えて通過した。隙だらけの認証システムでクソ笑える。

 役人達はベルトコンベアーを流れる荷物みたいに、部署ごとに振り分けられていく。

 俺達はまるで機械部品の一部のよう。

 俺は最上階の斎院のオフィスに一番近い所へ上がるエレベーターに辿り着く。

 ちなみに、あの忌々しい陰陽寮退魔課の貧相なオフィスは六階にある。

 退魔課の奴等に出くわさないようにしたいところだ。



 和風建築を模した丹塗りの円柱と円柱の間、暗いホールにエレベーターが三基並んでいた。ここのエレベーターに乗り込むのは毎朝似たような顔触れ。

 そこで父の同僚を見つけ出し、俺はにこやかに挨拶した。

「おはよう、蝮部(たじひべ)さん…」

 俺の声真似は完璧だ。

 父の職場の同僚の名前と顔はチェック済。

 父と同期の蝮部(たじひべ)は色黒のスポーツアスリート風で、何を考えているかよくわからない男。

 蝮部が見る俺は、ちょっと腹が出た中年男性の体格で、垂れ目に眼鏡、優しい微笑みを浮かべている。

「あ、八島さんか。おはよう…。八島さんも遅刻?」

 蝮部は俺が父だと完全に信じ込んだ。

「うん。急に歯が痛くなって…、歯科に寄ったんだよ」

 俺は少し猫背な父の歩き方を真似て、蝮部と一緒にエレベーターに乗り込んだ。

「俺は寝坊なんだけど…、俺も歯医者に行ったことにする!」

 蝮部が奥に入って、俺はドア側に立つ。

 早速、蝮部が仕事の話をしてきた。俺はうまく合わせる。

「そうだよね…。そうかも知れないね…」

 謙虚な父の口癖を言う。相槌だけ打っておく。

 俺と蝮部に続き、何人かが同じエレベーターに乗り込む。

 ここで誰かが走り込んできて、俺はエレベーター扉の開延長ボタンを押した。

 帽子を被った十八歳の小娘が一人と、その連れが数人、ドヤドヤと乗り込んできた。

 エレベーターの中は定員に近いくらい混んだ。

「何階ですか?」

 ボタンの前に居た俺が親切に聞いた。

 このエレベーターは認証システムが関係する。

 彼等は案内役の一人を除き、来客用カードを首から下げている。来客はこのカードさえあればゲートを通れるが、各オフィスの入口やエレベーターのボタンを押しても反応しない仕組み。

「八階で!」

 元気な小娘が答えた。

 この()は公務員には見えない服装だった。

 長い髪は無造作に赤いシュシュで二つに束ね、ミリタリーキャップ、ミリタリージャケット、チビTシャツ、地味なカーゴパンツ…、古着屋で買ったような中古の革製ブーツ。

 流行と関係ない、渋いメンズカジュアルだった。

 連れの男達と八階の省員食堂の話をしていたので、朝食でも食べるのだろう。

 連れの男達は余り行儀も良くもなくて、ちょっと煩かった。

 俺は八階を押してあったから、閉ボタンだけ押した。

 エレベーターが上昇し始めた。奥側の大きな窓から京を見晴らすことが出来た。

 エレベーター内はぎゅうぎゅうに混み、その小娘が俺に接近した。

「うっ……」

 俺は外見と実体に差がある為、そいつを意識して避けた。

(こっち来るなよ…! この餓鬼がぁ…)

 しかし、その小娘はオジサンをからかうように寄ってきて、どういう好奇心か、俺を見上げた。

 エレベーターは四階に停まった時に一旦人数が減り、六階で俺と蝮部と小娘と、その連れだけになった。

 彼等は朝堂院のランチをリポートするテレビ企画の話をしていた。

「あっ。…もしかして、桃井虹じゃないか…⁉ アイドルの…… 可愛いぃー‼」

 蝮部が小娘の正体に気付いた。

 俺はとっくに知っていたけどね。

 もし、ユウタとダイキが居たら、心臓が停まるほど驚くだろうな。

 セクシーでキュートな小悪魔タイプの桃井虹。その桃井虹の華奢な肩が俺の腕にぶつかっている。

 桃井虹は素顔で、写真集で見たよりあどけない顔だった。肌は綺麗だが、ソバカスが少しあった。

 八階に着く前、エレベーターが突然グラッと揺れて、急停止した。

「何だ、おい…」

 さすがに俺も冷や汗をかいた。

 俺は認証をクリアしたはずだ。IDカードも本物だし、この通り、蝮部も俺を疑ってない。

 エレベーターの中はざわめいた。

「えー! これって何―? もしかして墜落しちゃうのォー⁉」

 桃井虹のマネージャー、三十代、眼鏡をかけてスーツ・ネクタイ姿の男。テレビ局のスタッフと思しき男三人と、朝堂院の広報の女一人。

 彼等はスマホ片手に喚いたり、非常ボタンを押したりして騒ぎ出した。

「何があったんだ⁉」

 蝮部もキョロキョロして、かなり動揺していた。

「地震? 火災…?」

 殆どの人間が慌てふためく。

 そんな中、桃井虹だけが落ち着き払っていて度胸がある感じ。

 ちょうど目が合い、俺に微笑みかけてきた。

(おい。どういう意味だよ。芸能人の愛想笑いか?)

 俺は剣の妹・宇加に似た桃井虹が何となく鬱陶しかった。

 暫くしてエレベーターが上昇し始め、無事に八階に着いた。

 俺はホッとして斎院のオフィスに向かった。

「あれ、蝮部さん…?」

 蝮部は……エレベーターホールで桃井虹と写真を撮り、握手してサインをもらっていた。

 蝮部。お前、そういう奴だったのか…。

 桃井虹は俺達に愛想よく手を振り、投げキッスした後、打ち合わせの為に省員食堂の方へ通路を曲がった。



 各階の廊下は省エネで、最低限の照明しか点いていない。

 中庭から自然光が入る他はエレベーターホールも薄暗く、その先の廊下もメイン通路以外は足元灯のみでとても暗い。

 神祇官(カムツカサ)の斎院は部署ごとにオフィスが分かれている。

 父のIDカードをキーとして使い、蝮部(たじひべ)より先に記録課のオフィスに入った。

 幸い、ここまで陰陽寮退魔課の連中や衛門府の奴等とは一度も鉢合わせしなかった。

 俺は今、大内(おおうち)という結界の内側(なか)に居る。

 記録課は広いスペースをデスクの列が埋め、二十人ほどのスタッフが忙しそうに働いていた。全員、むさくるしい中年男ばかり。この職場には華が無い。

 父のデスクの上は書類が山積みだった。

 たまたま見回りに来ていた上司・(サカン)(省庁の幹部職は上から順にカミ・スケ・ジョウ・サカン)の刑部(おさかべ)という男が見咎め、

「遅かったな。八島、どこをほっつき歩いてたんだ? お前はさっさと仕事を片付けろ!」

 いきなり大声で怒鳴られた。

 父が可哀想になった。毎日、こんな感じなんだろう。

 俺は仕事をする振りをして、父のデスクのパソコンを覗いた。

(悪いけど、仕事は残していくよ…。他にやることがあるもんで…)

 俺は知りたい情報があり、このオフィスに来た。

 神祇官(カムツカサ)は退魔道の各流派と神社を管理している。神宝の詳細も記録されている。

 俺の脳内に大量の文字と記号が雪崩れ込み、記憶された。

 俺は電波をビリッと発し、上司のパソコンにバグが起きるよう仕掛けして、父の席から立った。

「ちょっと、トイレ」

 俺はバグを食らって泣いている上司を尻目に、リュックを左肩に掛け、記録課のオフィスから出た。



 その頃、桃井虹は食堂で朝食を取りながら、テレビ番組の打ち合わせをやっていた。

 バイキング形式の朝食で、桃井虹はスクランブルエッグやソーセージ、クロワッサン、サラダとオレンジジュースとケーキなどをテーブルに並べ、黙々と食べた。

 薄色のサングラスを掛け、口髭を生やしたテレビ局ディレクターが、桃井虹のマネージャー・毒島(ぶすじま)に来週の仕事の説明をしていた。

「…で、虹ちゃんはいつものセクシーでキュートな感じで。元気に水着でランチを食べて、『美味し~い‼』を連発してもらうだけでオッケーなんですよ。…そうそう。後はこっちのお笑いタレントが何とかやりますから、適当に笑ってて下さい……」

「了解です! 当社のタレントを使って頂き、いつもありがとうございます!」

 マネージャーはどんな雑な仕事でも承知する勢い。

「あの…水着でランチは変なんじゃ……? 朝堂院で真面目に働いている公務員の皆さんに失礼な気がします…」

 桃井虹が小声で意見を言うと、マネージャーが睨みつけて、

「あァ? 何言ってんの。使ってもらえるんだから、それでいいでしょ。数字取りたいでしょ。ギリギリのビキニでも何でも着て下さい。人気ほしいでしょ? じゃ、目立たないと!」

 酷い言い方だった。

「虹ちゃん。やりたい仕事が出来るようになるまでは、水着でもヌードでも嫌がらずにやらないとね。お金ほしいんでしょ?」

 毒島マネージャーは桃井虹にきつく偉そうに当たり、取引先にはペコペコ頭を下げる。

 こいつはテレビ局のスタッフ三人に向き直って満面笑顔で、

「事務所的には、バストポロリでもオッケーでーす!」

 と、両手でマルを作った。

「毒島さん! それは…困ります…。最初の企画だと、私が歌を歌わせてもらう約束だったし……。それならやりたいって思っただけで……」

 桃井虹が焦って、弱々しい抵抗を示した。

 毒島マネージャーがそれを無視した。

 その場の空気を読んで、ディレクターもいやらしく笑って話を終えようとしていた。

「そうですか? じゃ、ポロリしてもらおうかなー。とか言ってみたりして……」

 打ち合わせが終わり、桃井虹は俯いた。

 綺麗な眸が潤んできて、涙がポタッと膝の上に落ちた。

 桃井虹は元からアイドル志願だったが、セクシーなグラビアをやりたいわけじゃなかった。歌やダンスが得意な、普通の十八歳の女の子だった。

「虹ちゃん⁉」

 桃井虹が突然席を立ち、食堂から走り出た。




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