第4章 レガリア ・ 第1話 邪神、斎院に侵入する
大学の帰り、俺は検非違使に呼び停められた。
検非違使は京の治安機関。それとわかりやすい、警察とは違う制服。
検非違使に特有な点は、拳銃の他、太刀を装備しているところだ。
「ちょっとご協力をお願い出来ますか? このような人を探しているんですが…」
二人組の若い検非違使が見せてきたのは、俺の写真だった。
俺は全国手配中の邪神に似た背格好だった為、職務質問された。
「はァ?」
その日の俺は寝不足で、機嫌がとても悪かった。
どうせなら、もっと鮮明な写真を持って来いよ。
黒い翼を広げて翔鸞楼の上空を飛ぶ姿がピンボケで残念だった。地上の防犯カメラから見上げた俺はこんなものか。
それとも俺が放出する怨念が電磁波に影響を与え、こんな粗悪な画像になったのか。
「これじゃ、わかんないな…」
俺は片手で検非違使を押し退けて通ろうとした。
検非違使は足幅を広げ、俺の前に立ち塞がった。
「君と同じ、可雲川学院の制服を着ていたらしいんですよ。衛門府の者が翔鸞楼の屋根の上で、可雲川学院のブレザーのボタンを拾っているんです…」
「へぇー」
その衛門府の者は、鵺に乗っていた衛士・靫負晴彬のことだろう。
あの衛士。大内裏の門番でありながら、人を喰う鵺を飼っていた。
俺は若い検非違使の顔面を、指を開いた右手でガシッと掴んだ。
「退いてくれねーかな。急いでるんだ…。どうなっても知らねーぞ…」
「おい!」
もう一人の検非違使が慌てた。
「こ、こら! 公務執行妨害で逮捕する…」
喚き出ながら太刀の柄に手を掛け、俺を脅そうとした。
遅いんだよ。お前ら、早く逃げるべきだったのに。
閃光が俺達を包む。
爆風を受け、検非違使二人が吹き飛ぶ。
瞬間、俺は翼を前で交差してブロックした。
燃え盛る炎の中で見回したら、検非違使の頭部の皮膚がズル剥けになり、眼球が飛び出して即死していた。
「タイミングってものを考えないのか、弥栄流退魔道の奴等は…」
巻き沿いになった検非違使に同情した。
俺が炎の中から飛翔し、付近の民家の屋根の高さまで上がった時、退魔師の攻撃の第二波がきた。俺が避けると民家が爆発炎上する。
可哀想だが、俺もこの世に甦ったばかりで死にたくない。
爆発の轟音が鼓膜を破りそうだ。
住宅街の一角が火の海になる。どこかの軍の爆撃機によるミサイル攻撃並みに燃え上がった。俺一人の為に一般市民まで殺すつもりだ。
もう笑っていられない。常軌を逸している。
すぐさま、攻撃を仕掛けた退魔師を見つけ出す。
曲がり角の向うに守護陣を張っている奴等が二人。
「お前らはこんなことの為に、厳しい修行を積んで来たのか⁉」
俺の知っている退魔師だ。
一人は弥栄流退魔道に入門して二十年余りの師範代クラスで、娘二人の父親。
もう一人は、若いが才能溢れる巫タイプで、母親と弟一人の三人家庭で育った。
「残念だよ。前回の襲撃で、私が弥栄流の退魔師を殺さなかったから、千津雄は図に乗ったんだな。私は……やる時はやるんだよ…」
人差し指を向けた。
「『九雷堕』!」
曲がり角の民家の塀も、電柱も信号機もガードレールもぶち抜いて、一帯が粉々に吹き飛ぶ。
地面が抉れ、アスファルトの大きな塊が飛ぶ。
退魔師は最大霊力で防御しようとしたが、骨から身が削ぎ飛ばされるように崩れた。
骨も砕け、血も飛んで失せてしまった。何も残らない。
「何回やっても、結果は同じだよ。千津雄。そろそろ、お前が出て来いよ…」
俺は弥栄流退魔道宗家の嫡男・千津雄を非難した。
千津雄は今日もどこか安全な場所で襲撃を命じ、後は報告を待つだけだ。
俺が『九雷堕』を放った瞬間、別の退魔師が単独で俺の背後に回った。
黒いマントのようなものを黒の羽織袴の上に着ている。フードで顔は見えない。
そいつは俺に鬼文字の赤い護符を二十七枚投げつけた。
護符は俺に触れなかったが、俺の背側に3×9枚の赤い壁が出来た。
その壁は俺の『九雷堕』の発動を一瞬遅らせる為だった。
その退魔師は長方形の盾を持っていた。素材は青銅。元は鏡のように光を反射しただろうが、今は錆びて緑青に覆われていた。
盾の表面に刻まれた文様と同じ形の陣を地面にジュワッと出現させた。
「邪神封殺!」
退魔師の声を聞き、俺も相手が誰か知る。
五百里の叔母の弥坂百舌、陰陽寮退魔課の現役の主任。
俺が赤い壁に気を取られて振り向いた時、そのまた反対側に円形鏡を出現させる。
盾と円形鏡に俺が前後を挟まれる。
盾の表面に刻まれていたのは中国的な思想の宇宙の構図だ。世界の四方の門。その中心に日光を象徴する意匠を配置し、曼陀羅のような宇宙観を表す。
古代鏡の日光を象徴する意匠を内行花文と言う。この内行花文は花弁のような半円の弧が六花文になる型で、その陰影が六芒星のようにも見える。花弁のガクのような四葉座は、✕字形に傾いている。
日光文は辟邪、邪を祓う効果がある。
即座に俺は無効化しようとする。
赤い護符の壁が俺に睨まれて塵と消えた。
しかし、俺の魂が二面の辟邪に挟まれ、遂には、この合わせ鏡の異空間に吸い込まれそうになった。
「弥栄流退魔道、『神縛』!」
退魔師・弥坂百舌が盾を地上の神縛陣に伏せた。
俺が封印され、魂が死滅するはずだった。
けれど、俺は無事。
我ながら憎たらしいくらい余裕で、ニヤニヤ笑いながら立っていた。
「百舌…、やるな…」
俺は珍しく相手を褒めた。
神宝を用いた秘呪が敗れ、弥坂百舌が青褪め、ヒッと息を漏らした。
色白で美人だった。どことなく五百里に似ている。
俺の魂ではなく、弥坂百舌の魂が神縛陣に封じ込められ、自分の退魔術で潰れた。
魂を抜かれた女は白目を剥いて盾の上に倒れた。口から血が一筋流れた。
五百里が怒り震えて泣くだろうな。
それが楽しみだ。
この盾形鏡と内行花文鏡は恐らく古墳の出土品だろうから、俺が回収する。
古墳は俺の仲間のお墓の可能性がある。
消防車と救急車のサイレンを聞きながら、俺は口笛を吹いて歩き去った。
弥郡の弥栄邸。
純和風の庭園に面した幅広の廊下。片側はガラス戸で、片側は座敷と隔てる障子が続く。
その二間続きの座敷の入り口前に、若い門弟が正座している。
数人の男達が来て、その若い門弟が室内の主人に用件を取り次ぐ。
「通せ」
次期宗家・弥栄千津雄が座敷の内から返事した。
正座していた若い門弟が腰を浮かせ、障子を開けた。
入口手前の廊下側で、報告にやってきた男達が全員土下座した。
「千津雄様! 計画は失敗です! 弥坂百舌以下三名、死亡―‼」
報告をした男達は板間に額を着けたまま、顔を上げなかった。
千津雄の舌打ちする音が廊下まで聞こえた。
奥の座敷の上座に千津雄が黒い着物姿で座っていた。
色っぽい美人の弟子がお茶を淹れ、中学生ほどの少女の弟子が千津雄の肩を揉んでいる。
座敷に居た師範代が畳に額を擦り付けて土下座し、
「面目ございませんっ!」
謝りながら、ズリズリと隅へ後ずさりした。
「何やってんのや! この無能どもが!」
千津雄が熱いお茶を師範代にぶっかけた。
「ヒィッ! 熱ィ!」
お茶が着物に滲み込んで、師範代が悲鳴を上げた。
「黎明が邪神の力を借りて、弥栄流退魔道を不当に乗っ取ろうとしとる! 次期宗家は私。その次は息子の千歳が継ぐんや! あんなバケモノに憑りつかれて、弥栄氏でもない者に、由緒正しい弥栄流退魔道宗家の地位は渡さへん!」
千津雄が妄想を語って立ち上がり、師範代の顔面を蹴った。
廊下で土下座している三人の腹心の部下の頭を次々と蹴った。
「ええか、もう失敗は許さん。お前らの命に懸けても黎明を消せ。バケモノごと始末せい!」
ヒステリックに怒鳴り散らし、座敷から出ていった。
お殿様を家臣達が見送るように、全員平伏していた。




