決意のミックは迷わない
女だとわかった時の状況が悪すぎたことくらい、流石に鈍感かもしれないミックでも気づいてしまっていた。
それはそうだ。予定としては、シャンティで豪遊し、女遊びだって時間が許す限りするはずだった船員達は、神殿関係の軍船が数多に押し寄せてくるという緊急事態を告げられて、予定していた楽しみも早々に船に戻らなければならなかったのだ。
何が言いたいか、つまり女のあれこれに満たされていない状態であるという話をしたいのだ。
そのためミックは、女だと判明した時から、無遠慮なそういう視線を肌で感じとっていた。
ねっとりとした視線である。いくらミックが記憶喪失で男と女のあれこれに精通していなくても、その視線の劣情くらいは感じ取れた。
更にミックに対して運が悪い状況で、彼女がかなり船にとってというか、自分のものにしたならばとても便利な存在であると知れ渡ってしまった状態で、更に、屈服させやすい、小さな体の女の子だと判明したのがまずかった。
拙さはさらに加速し、止めの一撃のように、この船を統治できるキッドに対しての不満が出てしまった状態で、キッドという制御が可能な船長不在という現状だ。
そのためにミックは、いつものように見張り台の上に一人登り、夜を明かしていた。
そもそも彼女は夢を見たくないあまりに、見張り台に張り付いているような生活をしてきたのだが、今まともに船室に入れば、何をされるかわかったものじゃないことくらいは、理解できてしまったのだ。
それはシャンティでぼんやりと思い出してしまった、思い出したくない暴力を受けた感覚の結果であろう。
その感覚はミックという世間知らずかもしれない脳筋の船員に対して、あれこれと警告を発してきたのだ。
そしてミックは、その警告を無下にするという無駄をしなかった。
人間、直感というものを馬鹿にしてはいけないのだ。それは時に最善である場合がある。
見張り台の上で、ミックは警戒した状態で座り込んでいた。その時だ。
「おうい、ミック。そんなところじゃなくて、船室で寝ろよ」
いつもだったら見張りを交代しなくていいから、とか言って、そんな気遣いなど誰もしないのに、一人二人、いや何人もの船員が、見張り台の所まで来て、彼女を呼び戻そうとしてきたのだ。
これはあまりにもあからさまだった。そしてあからさますぎたから、ミックは鼻を鳴らした。
「いつもと同じだろう。いつもと同じ、俺が見張り番。何か問題があるのか」
「ミックは女だろう」
「それなら女が同じ船室にで寝ているっていう状況で、ろくな結果にならないこと位は想像つかないか」
「手厳しいな、心配してやってんのに」
「それは心配と言わないんだ。お頭が俺の事情を黙ってたってことで、明日の朝になったら投票する騒ぎまで決めたくせに」
「そりゃあ仕方がないことだろう? 女を乗せるなら、満場一致の意見で乗せるべきだった」
「俺がどんな状態でお頭とルークに見つけられたか知っていてそれを言うのがまずおかしい」
役に立たないぼろきれ女だったら、お前たちは果たして俺を船に載せ続けたか、と吐き捨てるようにいうと、だいたいは何も言えなくなって、さらに狭い見張り台で荒っぽい揉め事もできず、船員達は降りていく。
全くとんでもない話だった。
「女じゃなきゃよかったのに」
ミックは膝を抱えてぼやいた。誰も居ないから独り言だってできる。
女じゃなかったら、こんな大問題には発展しなかったに違いないのだ。別に、とんでもない能力を下っ端小僧が開花させたという中身だったら、お頭をやめさせる投票なんて起きないし、こんなにも夜の誘いを持ちかけてくる船員はいない。
「こんな顔で。こんな体で。突っ込む穴があればいいのかよ、本当にろくでもない女旱だ」
ミックは吐き捨てるようにそう言い、ただ真っ暗な海面を眺めていた。星が明るい。そしてミックの義眼は彼女に、かなりの遠くのことまで見通させてくれる。
追い風はもうないけれども、船は順調に進んでいる。目指すのははてどの島だろう。
そういえば、その予定をまだ聞いていなかった。どこの島に停泊する予定なのだろう。キッドに対しての投票が行われたことは、自分が入ってきてから一度も行われなかったから、その結果でキッドがどんな運命をたどることがあるのか、いまいちわかっていなかった。
だが、追い出されるほどの罪を犯した船員に対しての罰は過酷だと聞く。
ミックは片耳があったはずの場所を撫でた。ミックは片耳が削がれているが、それだってなにかやらかした結果だろうと誰もが思っていて、こいつはこんなガキなのにやらかしは最大級だったのだな、と思われ続けていたのだ。
そのままのほうが平穏だったに違いない。
「神殿関係の船は何を探しているんだろう。誰をなんの目的で探しているんだろう。国に見つけられる前に、誰かを見つけ出さなきゃいけないっていう雰囲気ではあったけれども」
情報が少ない。もしかしたら軍船に捕まっていたほうが情報が手に入っていたかもしれないが、その時果たして船に大穴が開けられていないかというと、その可能性のほうが低くて、船が沈むくらいだったら逃げおおせたほうがいいかもな、と判断するに至ったのであった。
夜明けが近くなってくる。ある程度の時間が過ぎたら、船員達ももうミック相手に女旱を満たそうとするのを諦めた調子で、見張り台まで登ってこなくなった。そのほうがお互いのためだろう。
自分は自分の身の危険になったら、仲間相手でもピストルをぶっ放す可能性が高かった。
それも、記憶がなくとも感覚が狂乱を招くあれこれそれを間近にしたら、間違いなく普通ではない行動を取るに違いなかった。
誘いをかけてきたのはジャスティもだったが、ミックはジャスティが普段は、自分をいらないもののように見ていたことを覚えている。
こんな、ぼろきれ同然だった役立たずをどうして、キッドやルークが乗せ続けるのか、という批判的な眼差しを向けていたことを覚えているわけだ。
これでジャスティが、猫なで声で誘いを持ちかけてきていても、うんと頷くわけがない。ミックは忘れっぽいわけでもないのだから。
「……」
ミックは両手を組んで祈りを捧げた。どれに対しての祈りなのかはわからない。
ただ、安全に生活がしたいと、そればっかりを祈ったのだった。
投票は夜明けとともに行われた。ミックもそれに参加したのだが、海賊という人種がどれほど、海神の怒りを買うから女を船に乗せてはいけない、という言い伝えを重視していたかを、そこで知ってしまった。
ルークは自分が乗せたわけだから、キッドの味方をした。その他にも数名は、キッドの肩を持つ船員が居た。
だが大多数の船員が、キッドをこれ以上は船に乗せてはおけないと、ジャスティの側についたのだ。
この判決に対して、キッドは起こったり焦ったり慌てたり嘆いたりしなかった。
飄々とした態度でこういったのだ。
「俺はお前達に何一つ不利益なことはしてこなかったぜ。事実ミックが乗っていても、海神は俺達の船を沈めなかったんだからな」
「だが結果が全てだ、元お頭」
投票の結果新たな船長になったジャスティが、無遠慮な態度でキッドの肩を叩いた。
「さあて、船員達を裏切った罰はしっかり受けてもらわないとなあ」
「どこかの島に置き去りか?」
「違いない。それが最もお前にとってふさわしい絶望だ」
「あっはっは」
キッドの心の強さはそこに現れていた。自分がこの先どうなるのかも怪しいのに、キッドはけらけらと笑い、恐慌状態に陥らなかったのだ。
これは相当な精神力がなせる態度だった。普通ならば、自分の最悪の死に方が目の前に現れたわけで、平静では居られない。
「じゃあ、皆、楽しかったぜ、今までありがとうな」
キッドはそうして、海に浮かぶ小さな孤島に一人追放されていった。
ミックはその時、機会を狙って狙って、大人しくしていた。
キッドだけが島に降ろされて、ミックという役に立つ下っ端が反旗を翻さずに船に残った事実に、皆油断しているに違いないのだ。
だからミックは大人しく大人しくして……今晩必ず、船長と夜をともにするようにと頭ごなしに命じられたときにも黙りこくり、自分の運命を受け入れたふりをして、船長が手を出すからと他の船員達が余計な声をかけてこなくなるのも利用して、夜に。
本当にこっそりと、一番小さくてぼろっちい小舟を船からおろして、単身、孤島の方に引き返したのだった。




