船長キッドは思考する
「お頭、本当なんですってばあ」
「だからその本当が心底疑わしいんだろうが。いつもの所で頼んだのか?」
「いつもの所に決まってるじゃないですか! だってあれ、縄張り争いとか顧客争いとか過激だから、下手に頼むところを変えると面倒なのくらい、俺だって知ってますってば」
キッドが早足で、彼の船の元に戻る間に、彼を探しに来た船員が泣きそうな声でそう訴える。
それもそうだ。きちんと厳正なくじ引きで、船に残るか島に上がるかを決めた後、こうして呼び出す事は、海賊の考えからして喧嘩の火種になりがちなのである。それくらい、海賊という物は島に上がっている間くらいは、気楽に生きていたいのである。
船の整備などはきちんと船に残った人間が行っている、それ位の信頼がなければ、船に船長は残るだろう。
キッド本人が、島に上がった事は船員を信じていると言っている事とほぼ同じなのだ。
だと言うのに船に呼び出されるのは、よほどの事情で無い限り、呼んだ相手に一発食らわせる案件なのである。海賊はそう言ったところがわかりやすい。
キッドを呼び出した船員は、船の整備関連の事でとんでもない事が起きていたと、彼に知らせるべく、足の速い船員に頼んできたのだという。
「今船に残ってるので、整備やるっていったら、ベッグだろう。ベッグがおれを呼び出そうなんて普通考えないが……本当にそんなにとんでもないのか」
「ちょっとばかり聞いた俺でも目玉をむきたくなりましたよ!」
キッドは船着き場に到着する前に、その中身を聞こうとしたのだが、船員はあまりよその人間に聞かせちゃいけないと、いつもの人が言ったのだと言うので、まだ中身が分からない。
そうしている間に、キッドは愛する彼の船の前に到着した。いつ見ても彼の船は、彼好みの良い船である。足の速い、帆船だ。
そして船の中に入るための縄梯子の前では、腕を組んだベッグと、有る事を頼んでいるいつもの職人が難しい顔で待っていた。
キッドの目が確かなら、職人の顔色は真っ青である。
明らかに何かとんでもない案件があったとしか思えない状況で、キッドは店に残してきたミックの事を少し考えたのだが、あの店の人間は信用の出来る人間ばかりなので、大きな問題には発展しないだろう。
そう考え、キッドはベッグに問いかけた。首筋に入れ墨を入れたベッグは、元々は魔法が使えた物の、戦争のさなかにその魔法を使うための感覚を失ったという訳ありだ。役立たずとして職を失い、婚約者にも逃げられ、募集がかかっていたキッドの船に乗ったという経歴の男である。
「ああ、キッド。来てくれたのか。……ミラーどの、キッドに先ほどと同じ説明をお願いしたいのだが、出来るだろうか」
「はい」
真っ青な顔の職人はミラーと名乗る。明らかに偽名の気配がある名前だが、彼等が頼んでいる事を行う職人達の九割が、偽名を名乗って世界を渡っているので、おかしい事ではない。
「キャプテンキッド……依頼通り、いつものように海の魔物よけの術をかけようとしたのですが……その……」
「手短に話してくれ。うだうだいう時間が惜しい」
「……」
ミラーは蒼白な顔色だが、キッドの時間は有限だ。そして時間が延びれば伸びるだけ、キッドの自由時間がなくなる。海賊が島に上がっている時間は本人にとってとても貴重なのだ。あまりにも時間を奪うと、他の島だったら斬り殺されている。
ミラーは蒼白な顔で大きく息を吸ってから吐き出しこう言った。
「船の底に、大穴が。だというのに、この船には異様なほどの保護術がかけられていて……私の海の魔物よけの術すら弾かれたのです」
「はあ?」
「言われてから超特急で船を大がかりに調べたんだ。そうしたら、船の下の方に穴があった。おそらく、この前の嵐の時に空いたんだと思う」
「でもこの船が沈まなかったと?」
キッドはあまりにも悪い冗談にしか聞こえない中身に、顔が思い切りゆがんだ。船に穴が空いているなど、死ぬ事と同じくらいの問題である。死ぬ事をどれだけの問題と捉え得ているかは、人によるかもしれないが。
「保護術が、穴を塞いでいたんです。こんなに強力な保護術を使える人間なんて……大陸の聖女くらいの物でしょう。聖女の力は我々のような微力な物しか扱えない術つかいとは大違いと聞きますから」
「それでもあんたは腕利きだっただろうが。その腕利きの術が弾かれるほどの物なのか」
「無理矢理術をかけようなんてしたら、私が体ごと吹っ飛ばされてばらばらになりますよ。それくらいの力です。こんなの……あり得ない」
ミラーの顔は、異様な、異常な物を見る事になったための顔色の悪さで有るようだった。なるほど、ミラーの知っている何もかもとは桁の違う力の術を見てしまって、血の気が引いてしまうのだ。それを世間一般では畏れという。
「保護術以外に何かかかっているか」
「強大な……海の魔物よけにとても似ているけれども……根本の違う術です」
「もっとかみ砕けないか」
「海の魔物が、同族だと思う術です」
キッドはそれには言葉を失った。人間はどうやったって、魔物とは相反する生き物であり、人間の使う魔術は、魔物にとって極めて不愉快な力だというのは常識だ。魔術を使えば魔物の神経を逆なでし、逆上した魔物が襲ってくる事など小さな村でも珍しくない。
その習性を利用し、魔物よけの術は広く使われるのだが……人間が力を使えばどうしたって、魔物が己等の同族だと思う術にはならないのだ。
「……あんたは解析も出来ただろう。解析はしたのか」
「しようと思ったんですが……端を触っただけで……見てください」
ミラーはそう言って服の袖をまくり上げた。ミラーは手のひらに入れ墨を入れた西方の魔術使いだが、その入れ墨を壊すように、青白い光が稲妻の形に走っている。
「弾かれました。一瞬にも満たないほどの時間で。人間が解析できる物じゃない」
「……」
「私は頼まれた事をきちんと行う事が誇りです。でも、こうやってあまりにも考えられない事が起きているので、あなたを呼んできて、今後の契約をどうするか決めて欲しいと思ったんです」
ミラーの主張は当たり前の物だった。誰だってこんな状況になったら責任者を呼んでこいという話になる。この場合は船の持ち主であるキッドを呼んでこいというだろう。
キッドは顎に手をやって少し考えた。
「……今回は半額だ。あんたに仕事をして貰ったわけじゃないからな。でもうちの船で怪我をさせちまったんだ、手の治療の足しになる位は支払わなきゃおかしいだろう。……おいベッグ、急いで船の修理をするぞ。修理屋と船大工の手配だ」
「いつもの修理屋とシャンティの船大工で良いか、お頭」
「いつもの方が信用できるだろ、お互いにな」
キッドはこの世界が金払いの良さで信用を維持すると知っている側だ。そのため、頼む相手はいつも同じか、相手からの紹介で来た人物と決めている。そのキッドの考え方により、この船の整備その他に関しては、問題になりがちな言い争いが起きにくいのであった。
「船の修理が終わったら、出航とする。ここに居るのは三日前後と通達してあるよな? 今のところシャンティに、軍の船と争って壊れた船はほとんど入ってきてないって話だ。材料も人手も十分に残っている計算になる。ベッグ、三日で終わるように調整頼んだぜ」
「分かった、キッド。……ところでミックはどうした。あのだんまり坊主を一人にしたら問題だろう。なんだか知らないが、この船の所まで、マスケードの勧誘とかいう妙な事を言っている人間が来るくらいなんだ。新顔はマスケードと勘違いされて連れさらわれちまうだろ」
「違いないな。いつもの店に預けてるぜ。急ぎではぐれたら、あいつはシャンティに入った事のない新米だ。迷子が酷くて探すに探せなくなるからな」
キッドはその場で最適解をいくつも考える。その決断の早さと頭の回転の速さこそ、キッドが船長である印だ。熟考が必要な場面も多いが、すぐに決めなければ他の人間は動きようがない状況ならば、キッドは素早く判断する。無論責任も彼が全て背負うわけだったが。
「……一体、何がこの船にそんな異常な術をかけているんだかな。まあ船が沈まないならそれに越した事はないだろ、違うかベッグ」
「違わないな。だがその誰かか何かが、どういう目的でそんな奇妙な事をしているのか、聞いてみたい気もするな。俺達は海の神様に愛されている……そんな立派な船でもないからな」
方針を決めてすぐに、ベッグがミラーに今回の支払いを済ませる。ミラーはほっとした顔をしたので、ここでキッドは念を押した。
「誰にも言うなよ? 言ったって分かったら信用が無くなるのは知ってるな?」
「分かってますよ……こんな事誰に言っても信じてもらえませんし。半分とは言え御代をありがとうございます。先ほどから手の感覚の一部がなくて……早く医者に見せに行きたい所だったんです」
「早さなら船にいるぜ、うちのが」
「いやですよ! あなたの所の船医は常識をぱっーっと置き忘れたって評判なんですから!」
ミラーの必死の拒否の仕方に、それもそうかもな、とキッドは頷いて笑った。
そして。
「後の問題はないか? うちの坊主を迎えに行くからな」
「ああ、今のところこれ以上の大きな問題は無いぜ、キッド」
ベッグがいくつかを確認し、問題が無いと判断した様子なので、キッドはミックを置いた店に戻るべく、また町の方に歩き出したのであった。
キッドは歩きながら考えていた。異常な力の術の使い手の事をだ。
その可能性が一番高いのは、間違いなくミックだった。あいつ以外に、新しい船員は最近は乗っていないのだ。
何より、ミックの中には……ナニカ、がいる。何者かは一切不明だが、異様な程の予言に似た警告を発するナニカだ。
それが一体善なのか悪なのかはわからない。だがナニカは、ミックの口を介して、キッドに警告を行う。
そしてこれが外れた事は一度も無いのだ。船の上で走るはずのない世界情勢、近付いてはいけない海域、軍の船の動き。
警告は大雑把な部分も多分にあるが、間違いなく、理解できる頭があれば、最悪を回避する事が出来る情報を含んでいる。
それだけの事が出来るナニカならば……船に驚異的な保護術をかける事も可能だろう。
だが。
それだけの術をかけているならば、常に相当な魔力を消費しているはずなのだ。
しかしミックは魔力不足で倒れる気配が全くない。船でも、ミックに人並み以上の魔力があるなど誰も思わない。知っているのはルークと、ルークが報告するから知っているキッドのみだ。
ミック自身も魔力がそんなにもふんだんにあるとは、思っていないだろう。
ミックの魔力が桁外れすぎるのか。それとも……宿るナニカが持っている力が、魔力ではない別の物なのか。
考えてもキリのない事だが、キッドは考え続けていた。
同時に、ミックを絶対に手放す事は出来ないと、理性的な船長の部分が判断していたのであった。
店の近くに行くほどに、
「マスケードはうちが雇う!!」
「うちは三倍払うぞ!」
という、いらだちに似たものを抱かせる言い争いの声が増えてくるのを、阿呆じゃないかと思いつつ。




