閑話休題 作者の話
僕は今年の春、高校生になりました。
今は夏休みです。明日には部活の予定もあります。
おおよそ不満とは縁のない生活です。勉強が分からなくてキレそうな事くらいでしょうか。
この作品を本格的に始めたのも、高校生になってからです。
入学した高校が、電車で数十分かかるのもあり、そもそも駅が家から多少離れているのもあって、色々考える時間ができました。
この作品も、短編の「門」も、だいたいの着想はこの時間の中で生まれたものです。
でも、ずっと同じ事を考えるのはつまらない。
そうすると、時に、自分のことを考えます。
中学生の時は、勉強と部活に追われて(それはもう)自分の事なんて一切考える気はなかった。
薄々気づいては、いました。
友達と話している時。家族とのんびりしている時。誰かと接している時、特に顕著に感じられました。
テストの点数。趣味の話。先生の愚痴。
自分の中の誰かが、相手を少し馬鹿にしています。また別の誰かが、それを否定する。そんな事そっちのけで相手を尊敬する自分もいて。
友達は自分のだけのような気がしている異常者もいるし、ずーっと歌っている奴もいる。質問したってなにんにも返してくれない自分もいる。
全員違う人間です。
そして、全て自分の本心です。
自分がわからなくなりました。
昨日もそのことで悩みました。
歩いて誤魔化しました。
頭が痛くなりました。
歌を歌いました。
頭が痛くなりました。
頭が痛くなっている自分は誰なんだろう。
そう思っている自分が現れました。
無限に広がる自分は、ご丁寧にいちいち自分に乗り移ってきます。
鈴木は僕の分身です。書いていて気づきました。
空想の存在に自分を着せてみると、自分のチグハグさが際立ち始めて少し面白く感じました。
緑塚も麻績も神崎も池田もみんな僕の分身です。
それぞれ違う服を着せていると思います。
緑塚の妙な心配性も、麻績の子供っぽいところも、神崎の自由な感じも、池田の一歩引いた感じも、全て誰かです。
わからない。
分からないなりに、この作品を続けています。
この作品が、今後どうなるかは知りません。
きっと、誰かが書き続けてくれます。




