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  作者: あや/小町
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4頁

紀佐珠子が図書室に入った時、そこには誰もいなかった。

だが人がついさっきまでいた気配というのは、思いのほかはっきりわかるものだ。


誰かいたのだな、と思いながら紀佐はゆっくり歩いていって窓際の通路で立ち止まった。

そこは、つい今まで晶と園子が座っていた場所だった。

窓の鍵がひとつだけ閉まっていないのを見つけて紀佐は手を伸ばす。


「しーっ」


そこに、小さな声が聞こえた。紀佐は手を止める。

外の、芝生の植え込みのあたりから声は聞こえた。

少女二人が柔らかい芝生を踏みしだきながら、「気持ちが悪いわ」だの、「我慢!」だのと抑えた声で言い合いながら遠ざかっていくのが聞こえる。


「いや、吐く……」

「ダメ!」


桐生園子と尾崎晶の声だと知って、紀佐はちょっと驚いたように眉をあげた。

だが、それだけだった。

紀佐の手がかちんと鍵を閉める。

ぎりぎりで現行犯ではないから今回は見逃すことにしようと思いながら、紀佐は図書室を出た。

そして、何事もなかったかのように見回りを再開した。





「いや、せっかくだけどあたしはもう……」

晶のげんなりした声をものともせず、机の上にはきれいにラッピングされた袋がふたつ、ほとんど同時に乗せられた。


「まあ尾崎さん、そうおっしゃらずに」

「そうですわ」


満面の笑み。中身は見なくてもわかっている。手作りのビスケットだ。

朝の教室で、晶は渋い顔で自分の席についている。

その机の上にはあとひとつでも乗せたら雪崩が置きそうなほど大量の箱だの袋だのが積み上がっている。

色とりどりのリボンやクレープ紙をまとった贈り物は机の上だけにとどまらない。机の中にもぎっしりだ。

「教科書が入らない……」

晶はぼやく。

「まあ尾崎さんったら」

「だって、これは気持ちでございますから」

きっと召し上がってねと言って二人が去ったのと入れ替わるように、今度は新たに三人来たので、晶はとっさに片手を突き出して遮った。

「だからもういいって!」


聖葉ではなにかと言うと、気持ちを菓子に乗せて伝える習慣がある。

仲直りの時はカラメル、謝罪は冷菓、感謝はビスケット。

それはわかる。そうした習慣は美しいとも思う。気持ちも嬉しい。問題なのは量だった。


結局園子は聖葉に残ることにした。

その知らせは次の日の朝にはもう学内に知れ渡り、その日の調理室は消灯時間ぎりぎりまで人でいっぱいだった。

「だけど決めたのはさー、桐生さんじゃん」

なにもこんなにくれなくても、と贈り物の山を見ながら言う晶に妃穂が言った。

「説得できてしまうなんて……誤算だったわ」

「残念そうに言うのよしなさい。妃穂あんたさ」

「なあに」

ほっとしたんじゃないの、今年の四月の鍵バトルが終わった時?晶はそう聞こうかと思った。

今回園子が退学するかもしれないと思ったときもそうだ。

長年人気と権力を二分してきた相手がいなくなることが嬉しかったのじゃなくて、どちらかと言うと、もう争う必要がなくなるからほっとしたのじゃないか?

そして園子が敵視しているのは妃穂個人ではなく、妃穂のそうした生ぬるい事なかれ主義の部分なのではないか。

今の晶にはそう思えた。


「なによ、晶。どうかして?」

「なんでもないよ」


だが晶はそこは問い詰めなかった。

妃穂の性格を形作っている影の部分は、根が深い。そこをどうにかするには時間が必要だ。

そして、今はその時ではないと思ったからだった。


「……ハイそこ置いていかない。受け取らないぞ!」

晶はそうっと包みを置いていこうとする三人に指を突きつけた。

「見りゃわかるでしょう、飽和状態です。物理的に無理。……って、言ってるそばから鞄に入れるのやめなさい!」

がたんと晶が立ち上がるのと、三人がきゃあきゃあ笑いさざめきながら教室から走り出していくのが同時だった。


嬉しそうに、スカートの裾をひらめかせながら。

相変わらず聖葉のお嬢さんたちはお菓子を贈りあっているようで、この習慣は健在です。


晶「先生、差し入れです(テーブルへクッキーざらざら)」

紀佐「……(半眼)」

晶「これ、おにぎりとか肩たたき券とかにかえてもらっちゃだめなんですかねェ」

紀佐「(無言でお菓子ごと晶を舎監室の外へ押し出し)」


晶の母は心やさしく体の弱い人でしたが、妃穂の母は少々問題のある人でした。そしてその問題の為に妃穂と父の間には溝ができ、彼女が聖葉に入る直接の原因にもなったのですが。

次は妃穂と茨木、そして晶が子どもの頃の話。

「薔薇園」

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