第71話 普通とは何ぞや(投げやり)
大変お待たせしました。
これからも不定期更新は変わりませんが、よろしくお願いいたします。
聖餐祭と年の瀬が近づくにつれて王都の賑わいも一層なものとなる。見たところどこもひっきりなしに客の往来が多い中、客の出入りが少なめであるメーヴェル工務店に入った。すると、店番にいたのは店主でもあるメーヴェル本人であり、彼女(彼)はシュトレオンの姿を見て表情を緩ませた。
「あら、いらっしゃい。今日はお散歩といったところかしら?」
「そんなところです。にしても、聖餐祭間近だというのに疎らですね」
「仕方ないわ。うちは元々木工だし、この時期に来たとしても聖餐祭の祭壇関連の依頼ぐらいだもの。ああ、そういえば貴方のお兄さんが祭壇依頼をしてきたわ。勿論仕事はきっちりこなすから安心して頂戴」
道の両脇に並ぶ店だけでなく、各地から聖餐祭のご馳走に使う食材を売る露店も連なる。前世でいうところの『アメ横』みたいな賑わいを見せている。それはアルジェ通りだけでなく他の通りでも同様なのだが、東のフェルト通りの賑わいは年々やや細っているのが現状。各通りが地域の経済状況を反映しているため、アルジェ通りの賑わいは一際といった感じである。
話を戻すが、メーヴェル工務店として出来ることは限られているが、聖餐祭の祭壇において王都でも随一の腕前を誇っているため、その依頼受付のために店を開いているとメーヴェルは話した。
「それはよろしくお願いいたします。ところで、何か困ってたりすることはあります?」
「そうねえ……ああ、そういえば貴方は『ガーネットレイン』という魚をご存じかしら?」
「一応は。それがどうかしましたか?」
ガーネットレインというのは所謂鯛系統の魔物で、大きさは最大1メートル程度。鱗が宝石のように光り輝くことからその名がついた。正月にその魚料理を食べれれば無病息災でいられるというゲン担ぎの代物。しかし、この魚の生息域というのが水深100メートルより下で、繁殖期になると水面近くにまで浮上してくる生態を利用して漁獲することが多い。
メーヴェルが言うにはその魚が今年はかなり少なく、店で正月に食べる分をどうしたものか悩んでいたという。それを聞いたシュトレオンは周囲の視線を確認した上でアイテムボックスから冷凍処理を済ませた状態のガーネットレインをカウンターの上に置く。それを見やりつつもメーヴェルは速やかに持っていた魔法の袋へとしまい込んだ上で呟く。
「……いいのかしら? 見たところ、痛みは全くなかったわね。いくらかは支払うわ」
「ちなみに、普通に買ったらいくらするんですか? ミランダにいるときはいつも懇意の魚屋に売値を言わないまま卸してるので解らないのです」
主にミランダでは海中・海底での行動を魔力訓練の一環でしているため、先ほどのガーネットレインもその過程で捕獲したものである。偶にセルディオス辺境伯家へ卸していたりするが、グラハム辺境伯曰く『君は冒険者というか漁師でも億万長者として大成しそうだね』と言われてしまったことがある。
「そうねえ……大きさと見事なまでの捌き方なら、10万ルーデルは下らないわ」
「……1万で構いません」
なお、リスレット郊外ではガーネットレインの養殖に成功している。リクセンベール家お抱えの料理人に鑑定してもらったところ天然ものと遜色ない、という評価をもらった。海鮮系については各々の水槽で理想的な環境設定が魔法によって簡単に保持できているお蔭である。本当に自然を味方につける意味で魔法は暴力だと思う。
こちらとしては、金に不自由していないどころか余力が十二分にあるのでその10分の1でも問題ないと判断した。メーヴェルはそれを聞いて即金で払った上にこう持ち掛けてきた。
「あら、気前がいいのね。なら、お返しにアタシの実家が作っている果実の飲料を持って行ってちょうだい。ご近所さんに配るにしても多すぎて困ってるのよ」
そう言って十数箱を渡された。そのままアイテムボックス行きなので特に問題はない。また来年も宜しくお願いしますという挨拶を済ませ、隣のアルノージュ商会へと足を運んだ。
聖餐祭関連なのかその注文を捌くので店員が慌ただしく動いていた。これは少し落ち着いてからのほうがいいのかと思い引き返そうとしたところ、リリスがこちらに気づいて駆け寄ってきた。
「あれ、レオン君だ。今日はどうかしたの?」
「ちょっと様子を見に来たんだけれど……忙しいみたいだね」
「えと、そうだね。本来休みの人も急遽駆り出されてるから」
「……何か手伝えることはある? 荷物持ちとか伝票整理とか、出来る範囲内にはなるけど」
貴族とはいえ、前世での気苦労が絶えないところは簡単に変わらない。それに、この状況では落ち着いて話もできそうにないし、誰かしら倒れられても困る。それに、この状況を生み出した要因の一人としてけじめぐらいはつけておきたい。
流石にリリスも固辞しようとしたので、そこは貴族の権威で押し切った。
裏方の経理や帳簿整理を担当したのだが、これも前世の経理より簡単なレベルだったので2時間程度で済んだ。ついでに荷物運びもこなした。アイテムボックスを使ってもよかったのだが、筋力トレーニングを兼ねる形で手持ちで運んだ。周りがそうしているのに自分だけ楽をして目立つのは避けるようにした。
何だかんだ4時間ほどかかり、時間はお昼を過ぎたあたり。屋敷に昼食は外で済ませると影に控えるアスカに伝え、昼食はアルノージュ商会近くにある食堂へ足を運ぶこととなった。
「レオン様には感謝します。昼食は私が奢らせていただきますので、お気遣いなく」
「……まぁ、今回はお言葉に甘えさせていただきます」
平民が貴族の食事を奢るというのはどうなのかと思うが、先ほどの手伝いの報酬と言われてしまっては断るのも無碍な話なのでありがたく受け取ることとした。シュトレオンとブラッド、そしてブラッドの隣にはリリスと同い年ぐらいの女性がいるのだが……彼女はリリスの姉妹ではなく、母親であった。
「夫と娘から話は聞いてたけど、まさかミレーヌちゃんの息子だなんて知らなかったわ。前に会ったときは生まれたばかりの赤子を抱いてたから、てっきり初子かと思ったぐらいだし」
「あはは……」
彼女―――ミリアはミレーヌの同輩にあたり、学生寮でルームメイトだった誼で交流をしていて、今でも手紙のやり取りはしているとのこと。彼女は現在エリクスティア北部支店のまとめをしているので王都に帰ってくることは滅多にないため、シュトレオンも今回が初対面という運びとなった。
この食堂はレオンハルトが冒険者や商人がしっかりと食事を取れるよう、割と安めながらも質が良く量が多いというコンセプトでセラミーエ領に建てた当時の侯爵家直営店の王都支店。
最近は数量限定だがガストニア方面の料理もメニューに出てきて人気が出ている。採算云々よりも南部で活動する人達の活力になることを優先していて、自分も寄付という形で1億ルーデルほど渡した。後でそれを知った父から『何かあれば遠慮せず言うがいい』と言われてしまったが。
「割といけますね」
「お口に合って何よりです」
自分の曽祖父(前世の祖父)は元々アウトドアが好きだった。家では盆栽弄りに耽っていたが、週末になるとキャンプということで連れ出してもらうことが多かったのだ。自然を熟知する生き方をしていたからこそ、値段があまりかからない食堂経営にも踏み込めたのだろう。というか、元々は『腹が減っては戦はできぬ』という言葉を一番大事にしていたからなのかもしれないが。
それほど多くはない調味料と素材の旨みをうまく利用しているからこそ、味の質はいい部類である。日本人の感覚が抜けきらない自分でも美味いと感じるほどだった。自分が生み出した調味料も加わって更に盛況となっているようだが。
三人で店に戻り、話をすることとした。何分貴族としての聖餐祭は経験しているが、それはあくまでもエリクスティアの風習に則ったものである。
なのでガストニア出身であるブラッドに話を聞こうと思った。皇族と仲が良いのでその線もありだとは思うが、なるべく迷惑はかけたくないという理由で却下。礼節は足りるに越したことはないので。
「特に違いはありませんが……その後の正月は御節料理となりまして、年越しには蕎麦という料理で年を越すのがガストニアの慣わしです」
もろ日本の年末年始そのものであった。ガストニアの産物は大体その御節料理を意識した作物ばかりなのだが、エビチリはローブスターと呼ばれる伊勢海老によく似た食材が使われる。値段は一尾1000ルーデルは下らないために裕福な商人か皇族をはじめとした上流階級で食されることが多く、一般市民はクルマエビみたいなサイズの海老を使うことが多い。
話がやや脱線したが、『転送箱』の恩恵でエリクスティアでも御節料理が食べられることに感謝された。前世では輸送手段や冷蔵・冷凍の発達があったからこそなのだが、こんな形で礼として帰ってくるとは思いもしなかった。
「よかったら、これをどうぞ」
「これは、魔法の袋ですか?」
「はい。御節料理の食材も入っていますし、是非。リクセンベール家や実家共々お世話になっておりますので、そのささやかな礼として受け取ってください。登録すれば専用化も簡単ですから」
なお、その魔法の袋が時間経過なし・1000立方キロメートルの容量を持っていることは伝えなかった。専用化すればその人以外が使おうとするとゴーレムが召喚されてどこかへ強制転送される仕組みだ。その使用魔力は連れていかれた人準拠になるので実にエコロジーである。
年が無事明けた。聖餐祭で神様からプレゼントが山積みになっていたということもあったが、アイテムボックスに放り込んで見なかったことにしたかった。その理由をサイゼリアが説明する羽目になっていた。
『えと、すみません。皆さん酒が入ってテンションが振り切れてしまったようで……』
アルジェント家で出したご馳走で大盛り上がりし、アルコールが入ったせいで理性のリミッターがぶっ飛んだ結果、自重などどこ吹く風と言わんばかりに神器が大量に生み出されてしまった。で、神界に置いておくよりもという感じで俺の枕元に置いたボックスに放り込んだらしい。
一人というか神様一柱につきひとつならまだ許容していたが複数という有様。一番多いのはサイゼリアだった。まぁ日頃ストレス抱えていたからその反動だろうと思ったらすすり泣く声が聞こえてきた。『シュトレオンさんが心の癒しです』という台詞とともに…今度何か見繕っておこう。
正月は予定通りガストニアの皇城にて過ごすこととなったのだが、バッツェル皇太子は新年早々テーブルに突っ伏していた。一体何があったのかと尋ねると、リシアンサスが苦笑しつつも教えてくれた。
『ガストニアでは皇族のお披露目が正月にあって、兄様は貴族やら族長たちの挨拶に追われてしまって……』
彼女の母親である皇妃は大事を取って休養、父親は皇帝という立場ゆえあまり面前には立てない。加えてリシアンサスは非公式ながらも俺の婚約者なので、下手に表に出して婿を押し付けられる可能性もあった。そのため、皇太子一人にその仕事が集中する羽目となった。
皇太子を面前に晒すのは、皇族の社会勉強という側面もある。ならリシアンサスもそうするべきなのだが、そうなると俺が面前に晒されて皇太子の存在が霞むのを皇帝夫妻が危惧した。幸いにしてリシアンサスは回復魔法系統や神聖魔法の心得があったため、ティアット教でシスターの見習いとして活動する中で社会勉強をしていると皇妃が説明してくれた。
皇太子に一応回復魔法をかけると、彼は深く頭を下げてきた。少し大げさすぎるのではと思ったが、彼は近い将来皇帝となる。人に頭を下げられない立場だからこそ尚更……気苦労の意味合いではエリクスティア王家とガストニア皇家の外戚となる俺も他人事とは言えないことに溜息を吐きたくなった。
「というわけで、プレゼント」
「……レオン様、本当にいいのですか?」
「お願い、察して」
「えと、うん。大切に使うね」
神器なら品質の良い武器に違いはないので、思い出したようにアリーシャには騎士剣、メルセリカには槍、シャルロットにはハルバードを手渡した。彼女らの専用武器の処置も済ませていて、部外者が下手に奪おうものなら手痛いお仕置き付である。
バッツェル皇太子には皇帝と相談したうえでミスリル製の騎士剣を贈った。皇帝に就任する際ガストニアにおける最高の鍛冶師が宝剣を贈るため、バランスをとった結果である。リシアンサスに対しては魔導杖をプレゼントした。いまのところはこれが精一杯といったところだろう。
そしてアリーシャに神器クラスの剣を渡したことで国王の耳に入り、ガストニアから帰国して早々に王城への召喚命令が掛かった。これは流石にお小言かなと覚悟していたのだが、通されたのは国王の執務室。そして国王の表情は非常に穏やかであった。その隣に満面の笑顔を浮かべた王妃がいて、一体何ごとなのかと流石に首を傾げた。
「実はの、先日ブレックス皇帝陛下より書状が届いた。お主に第一皇女であるリシアンサス皇女を正式に降嫁させるという旨の書状だ。お主は既に成人しておるが、適齢期を鑑みて12歳での婚姻を認める。その折にアリーシャも成人の儀を執り行う。受けてくれるな?」
12歳あたりなら子を成す準備もできるのだろうが、ある程度体が出来てからになるので15~16歳あたりまで流石に無理はさせられない、と国王と王妃の両陛下は承知したうえでの提案。自由をかなり保障してくれているため、こちらとしては特に異存などない。
「勿論でございます。して、王妃陛下がいらっしゃるのは……」
「シュトレオン君に私達の皇居を建ててほしいの。場所は将来渡す領地にね。そんなに広くなくて構わないわ」
来年下賜される王国直轄地。そこの一角に皇居となる住まいを建ててほしいという王妃の願い。別に吝かではないが、これはどういうことなのかと国王に視線を向けた。それに気づいた国王は一つ咳ばらいをしたうえで説明を始めた。
「今までのわが国の王は遺言を残して王位を次代に継がせてきた。無論、生前の時点で王位継承もあった。わしが継承に踏み切った最大の理由はお主の存在所以、といったところじゃな」
「私の、ですか?」
「今でさえ多大な功績を上げたお主なら、南東部の直轄地開発も特に問題はないであろう。お主の父であるバルトフェルドにも協力を仰いだ。ただ、問題はフューレンベルク辺境伯家とオームフェルト公爵家をはじめとした東部貴族の連中よ」
少なからずオームフェルト公爵家はその権威と権力を以て直轄地を我が物顔で奪い取る可能性があった。先日の謁見で南部に対する利益の強請りやガストニアに対する敵対行為からして、軍事的行為に発展する可能性が強いということを口にした。
今はガストニアやヴェラジール方面に向いている軍事力だが、南東部の開発が一気に進めばそちらへ軍を向けることも想定される。明らかに国に対する反逆行為なのだが、なまじ力があるために下手な干渉も難しいと国王は述べた。
「軍事的後ろ盾の少ないお主の領地を守るという大義名分を掲げて傀儡にでもするつもりなのは明白。ならば、王族として権威の後ろ盾ということで皇居を建ててほしいのよ。わしや妻はお主からすれば縁戚関係。なので、家族の家を建てるぐらいの感覚で構わぬ」
「てっきりグランディアの内乱を鑑みて、と推測しましたが……そのお願い、承りました」
「報告は逐一届いているが、お家騒動ほど頭を痛めるものはないのは事実よの。おっと、忘れるところであった。セバスから聞いたが、フューレンベルク家の七男を雇い入れたそうだな」
「はい。資質アリと見込んで家臣に取り立てました。将来的には下賜される予定の領地の代官をしてもらおうかと考えております」
「……その彼にメアリティアを嫁がせる」
「……」
事情を聴いたところ、神礼祭でアリーシャの話を聞いた王妃がいたく気に入り、セバスから彼の人となりを聞いていたとのこと。
王族の降嫁は本来上流貴族となる伯爵以上だが、五男または五女以下の場合は男爵相手でも降嫁させることが可能となる。これは将来的な発展が見込めたり、王国にとって有益な人材を囲い込む手段の一つともいえる。王族に武術を仕込むのはこういった側面があるからという理由だ。
別の側面から言えば、下手に上流階級のみに縛り付ければ腐敗を生みかねないという懸念もある。先日のパルメイス辺境伯の弟の件は彼自身男爵扱いの従位を持っており、結婚相手となった現国王の妹はなんと九女にあたるため、その婚姻が可能になったのだ。
話を戻すが、クロードへのメアリティア王女降嫁はリクセンベール家への後押しということになると付け加えた。つまるところ、彼はどのような形であれ貴族へと復帰することになる。
彼のフューレンベルク辺境伯家としての権利は全て失っているので、例え血の繋がりであろうともクロードからすれば“元”実家という立ち位置でしかなくなるので配慮などを考える必要はない。王国の法では特段の事由がない限り継承権や相続権を放棄した段階で親子の縁も切れるというわけだ。
俺の場合はというと、アルジェント家としての権利は全て放棄したが非常時における権利は一応残している。更には実母であるミレーヌはアルジェント家にいる上、父バルトフェルドは親子の縁を切ることはないと俺に告げた。
「ちなみにですが、フューレンベルク辺境伯家への牽制も兼ねてでしょうか?」
「その策を提示したのはウェスタージュ財務相。送り込んだ代官が軟禁状態となっていることへの意趣返しとも言っておったな」
余談だが、ニコル財務相は五女をクロードに嫁がせたいという打診を内密に受けた。なので、エドワードやセバスらに頼んで政務や財務などの勉強を中心に叩き込むようお願いをした。言っておくが、これ以上嫁を増やしたくないからという個人的事情からくるものではないと。




