閑話13 神様の思惑とレクトールの初恋
「ほっほっほ、楽しそうに人生を送っておるの」
「アリアーテ様……仕事してください」
ところ変わって神界では、最高神アリアーテが特殊な魔法でシュトレオンの様子を観察していた。その傍らには緑茶の入った湯呑と煎餅が置かれた皿。まるで余生を楽しむ老人のごとき佇まいに書類を持っている生命の神サイゼリアがジト目を彼に対して向けていた。
「お主も解っておろう。これも立派な仕事の一つじゃよ」
「……それは解っております」
これでも彼にとってはそれが仕事であるのはサイゼリア自身理解していた。加護の与えた人間の行動を監視するのは神の仕事の一つ。人としての道を極端に外れなければ加護を消すこともできる。尤も、最高神の加護を与えたのは数十年ぶりで、彼の前に与えたのはレオンハルト・フォン・アルジェントであり、その前となると数百年前の勇者になってしまう。
そうなると加護を与えた唯一の人間であるシュトレオンの姿を見るのは当たり前の仕事であると押し通せるため、サイゼリアは諦めたように溜息を吐いた。
「当初の予定から狂ってしまったが、一番の目的をあっさり達するとは流石じゃのう」
「はい。あの魔神は、クロウの未来視ではあの場所で倒されることはなかったと」
これについてはシュトレオンの魔力量が想定以上に伸びていたことが要因だった。神刀・星凰の起動までは行けても神剣展開まで持っていくにはかなりの魔力量と魔力制御が必要不可欠となる。一時的な成長魔法を掛けていたとはいえ初回で神剣展開を使いこなした上、元の少年の姿に戻った状態で神剣展開を使いこなした。王都にいたあの悪霊も実は魔神の一人だということは知らせていない。
「王都の魔神の件は教会にも洩らせぬ。只でさえ彼には膨大な功績があるからの……見ている分には愉快じゃが。ともあれ、最大の懸念であった二柱の魔神は取り除かれた」
10にも満たぬ歳で魔神を討伐した。魔力量基準なら彼に勝てるのは神クラスぐらいだろう。その彼自身がもはや人間でないことはサイゼリア自身知っているが、アリアーテに止められている。彼ぐらい思考が成熟しているならば問題はないのだが、別の懸念があると彼は顎鬚を整えるように撫でながら呟いた。
「彼の内側ではなく外側じゃな。特に貴族関連でと言ったところじゃよ」
「彼の家族に問題が?」
「家族といえば家族かのう。それと、あやつが領地を貰ったとき、外にいる力を持った連中がどうするか……シュトレオン君のことだから、すべて吹き飛ばすことはしないであろうが」
彼にその気はなくとも、彼の持つ権利欲しさに近寄る貴族が多いのもまた事実。今はまだいいが、この先安全であるという保証もない。神様サイドからすれば彼の献上品や料理が無くなるのはある意味死活問題という俗物的な思考が紛れ込んでいるのは否定しない。
すると、アリアーテが何かを思い出したようにサイゼリアへと視線を向ける。
「サイゼリア、他の連中を集めよ」
「畏まりましたが、いったい何を? 神が理由もなく直接手を下すのは禁止されておりますが……」
「なーに、この間の聖餐祭で渡したものもあるから、それを有効活用するだけじゃ」
絶対この最高神のことだ。何か碌でもない案でも思いついたのだろう。それに巻き込まれるであろう彼に内心詫びの言葉を呟きつつ、サイゼリアは他の神に声をかけるべくその場を後にした。
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私の名はレクトール・セルデ・エリクスティア。エリクスティア王国の第一王子もとい王太子である。とはいっても12歳までは自室の外すら出たことがないぐらいに病弱の身であった。健康な体をと願い、ノード様から貰ったアイテムを身に着けて、ひたすら惨めとも思えるような苦行に耐えた結果、細かった身体は筋肉質となり、病弱も改善された。
「またトレーニングですか、兄上。仕立て職人が嘆いておられましたよ?」
「逆に考えるのだ、カエサル。そうやって合わなくさせることで職人のレベルを上げているのだと」
「王家の財源も無限じゃないんだぞ……」
目の前にいる第二王子カエサル・セルデ・エリクスティアとは王位の継承で色々あった。何せ、病弱だった私より健康的で政の呑み込みも早い。強いて弱点を言うなら感情の表現に乏しいことではあるが、王という立場においては強い姿を見せる以上それも立派な武器である。
だからこそ、私は冒険者という立場を使って国内外の情報網を構築することに力を注いできた。それをあっという間に追い越してしまった存在もいるのだが、彼は私の立場をより強くしてくれた故しっかり配慮をする所存だ。
「今年父上から兄上に王位が継承される。それにユウナレスタ嬢が王妃として嫁いでくる。兄上にとっては忙しくなるんだぞ?」
「無論分かっている。カエサルには北の抑えになってもらうこともな……この立場になって父の凄さを知ることになろうとは、自分もまだまだだな」
カエサルは分家としてリッツェルト公爵家の後釜という形で新たな公爵家当主となる。その際にはウェスタージュ辺境侯家とカイエル子爵家から妻を迎えることとなる。自分の場合は王妃一人だが、父のようなパターンが二代続くとは思えないため、何かしら手を打たねばならない。とはいっても東部の貴族連中から嫁を迎えるのはさすがに無理である。
「そういえば、オームフェルト公爵家からの側室を断ったと聞いた。理由は解るが……いいのか?」
「ガストニア皇国や他の中央諸国と交渉をし始めた矢先に東部から嫁を迎えれば、奴らは間違いなく中央に対して無理難題を増長させる。父も同様の考えに至ったから断ったのだ。向こうは顔を真っ赤にして抗議してきたが、だったらエリクスティアの本来の信念を順守せよ、と言いたくなったぐらいだ」
我が国は全ての種族を尊重する。その反面、東部の貴族には人族至上主義の傾向が根強い。これは南部貴族を代表するアルジェント辺境侯家が獣人族などをはじめとした亜人族を手厚く待遇している反発からくるものなのだが、利益のためならば多少のことなど目を瞑れないのだろう。もしくは自分の既得権益を守りたいからなのだろう。実に哀れである。
だが、私がかの英雄を擁した家から嫁を迎えるのは拙い。
第一王女ティファーヌはアルジェント家次男にして現シャロリーゼル伯爵家当主であるヴェイグに嫁ぎ、子を成していた。第二王女エクセリアは三男ライディースがセルディオス辺境伯家当主となった折に嫁ぐ。
加えて第四王女アリーシャはリクセンベール子爵家当主となった四男シュトレオンの婚約者となった。さらにダメ押しとして第五王女メアリティアは彼の家臣となる元フューレンベルク辺境伯家七男のクロードに嫁ぐ。
ここまで婚姻関係を結んでいる以上どうしたものかと悩んでいたとき、リッツェルト公爵家がシュトレオン子爵絡みで没落し、あの家にいた当主夫人とその娘がアルジェント家に引き取られた。
恥ずかしい話だが、リッツェルト家令嬢であるシェリスとは個人的に文通をしていた。私がまだ病弱だったころ、数回ほどお見舞いに来てくれた時に惚れた。とはいえ、あの時は下手に勘付かれるのを恐れて『トール』という名前しか出さなかった。当時の私が病弱ということは家族と数名の貴族や執事、メイドだけの秘密であったからだ。健康になって彼女とどう顔を合わせていいかわからず、冒険者ギルドを経由した文通でのやり取りで済ませていた。
「そればかりは兄上の自業自得です」
「解っている……目立たない馬車を用意してくれ。アルジェント辺境侯家に行く」
正式な王妃であるユウナレスタ嬢も無論私が好いて選んだ人だ。彼女はそんな私の初恋を見抜いたかのように『妻が複数いてもかまいません。あなたが後悔しない道を選んでくださいね』と言われてしまった。どうやら弟と違って私は解りやすい人種のようだ。
お忍びで移動するための馬車に乗り込み、一路アルジェント辺境侯家の屋敷へと向かう。屋敷には丁度バルトフェルド外務相がおり、開口一番に頭を下げた。それを見た外務相は呆気にとられ、同行させたカエサルに頭を叩かれた。
「痛いではないか、カエサル」
「兄上はすっ飛ばしすぎです。申し訳ありません、アルジェント辺境侯。この馬鹿な兄上がどうしても話があるというので、齟齬が生まれないよう同行した次第です」
私はシェリス嬢を側室として迎えたいと願い出た。それに対してバルトフェルド外務相は難色を示した。別に婚姻自体吝かなものではなく、立場がいまだ弱いシェリスの嫁ぎ先が決まるのはありがたい話だ。しかし、アルジェント家を含めた縁戚は既に国王直近の家系から4人の王女を降嫁される身。そこから嫁を迎え入れればどんな誹りがあるか……すると、バルトフェルド外務相は一つの妙案を思いついたようで、我々にこう返した。
「少しお時間をいただきたい。今回の婚姻については無論吝かではありませんが、口が煩い連中もおります。なので、その交渉をさせていただきたく思います。必ずや良い返事をお返しすることをこの場にてお約束いたします」
その返事ならば彼に策ありと見て、私とカエサルは屋敷を後にして王城へと帰った。
事態が動いたのはなんとその翌日のこと。シェリスをとある伯爵家令嬢として嫁がせることが決まったのだが、その家はなんと離宮執事を代々輩出しているネイルベリー伯爵家。その家出身であるセバスが代表として挨拶に出向いてきた。
「よもや、しがない執事であります我々から王族への嫁ぎを賜るのは非常に名誉なことと存じます。既に隠居した身ではございますが、一族を代表してご挨拶させて頂きます」
「こちらこそよろしくお願いする。娘さんは一生を懸けて幸せにすると宣誓する…エリクスティアの新たな王として」
その後でシェリスと対面することになったのだが、彼女はトールが王子である私だと気付いていたらしい。だが、必死に隠している私を気遣って触れずにいてくれていたそうだ。そして、改めて側室としてプロポーズをした。無論、返事は『はい』であった。
なお、その光景をユウナレスタ嬢が陰からコッソリ見ていて、弄られるネタにされてしまった。やれやれ、父上の母上に対する溺愛ぶりを笑えそうにないようだ。妹であるティファーヌにからかわれた時は思わずこめかみグリグリしてしまったのは私のせいではないと言っておく。
私の王位の継承は6月。二人の王妃候補との婚姻に合わせて執り行われる。しかし、今年で22歳の私が国王とは……とも思ったが、父上はその更に上を行っていた。何と15歳の成人の儀に合わせて国王位を継承していたのだ。
「まぁ、口を大にして言えることでもないからな。ガストニアとグランディアの一件がなければ、その次の年にでもお主への継承の儀を進めておった」
若くして才能があったから継承されたと先代国王からそう言われたらしいが、当の本人は『腕っぷしぐらいだけ』と呟いていた。仮にそうであるなら柔軟な発想や判断などできるはずもない。冒険者稼業で磨いた腕前だけではないことなどその王政がしっかり証明している。そういった点は本当に見習いたいものだ。
父がそう判断したのは南方に対する抑えが甘くなっていた点だろう。その後へステック軍務相とロゼッタス国土相が排斥され、新たな国土相は中立派の人間が就任した。形はどうあれオームフェルト公爵家の影響力はかなり排除できた形となる。
「ガストニアとの誼だけでなく、ヴェラジールやメロックスとの政策も見直していかねばならぬ。グランディアが完全に立ち直るまでの勝負……抜かるでないぞ?」
「はい」
それでも東部への一定の配慮をしていることには立ち入っていない。家柄と能力が伴っていれば断る理由もないからだ。尤も、それにかこつけてねじ込もうとするかの家には溜息しか出てこない。こんな心持ちをアルジェント家の人間が抱いていたのだとすると、同情よりも尊敬の念を抱かずにはいられない。直系の妹たちが嫁ぐことになった理由も少しばかりわかる気がする。
さて、この後は冒険者稼業にでも精を出すとしよう。そういえば、シュトレオン子爵も冒険者稼業をしているので、うまく鉢合えば同行させてもらうこととするかな。私にとっては縁戚関係の弟なのだから、仲良くやっていきたいものだ。




