第38話 神礼祭その2
「蛙の子は蛙」という言葉がある。人の性格を形作る要因の半分は環境からくる。この世界でいえば、身分や地理、経済、政治といった社会的要素がダイレクトに反映される。転生前でいう「社会保障」という概念がない以上、頼れるのは人との繋がりだけなのだ。
その影響を強く受けるのは貴族に他ならないだろう。ただ領地を守り、領民を守るだけでなく養っていくことも与えられた職務の一つなのだ。しかし、そこで壁に突き当たってしまう。それは「勉学」という問題だ。単に会話を交わすだけならば問題はないが、計算など自分が生まれ変わる前に習っていたものをこの世界で享受できるのは非常に限られている。故に、勉学のできる家庭教師という職業は引く手数多というべき存在なのだ。
話がそれた。
貴族の中には『そのような素養など不要』と考えたりする者も少なからずいる。社交儀礼はできていても計算すらロクにできず、家令や家臣に丸投げしている貴族もいると以前グラハム辺境伯から聞かされた。
その意味でいうと、ここでも英雄レオンハルトの手腕が光った。何と、南部にある私立(アルジェント家が運営)の学院に転生前の小学校に相当する初等部を立ち上げたのだ。しかも、成績が優秀な者の学費は免除という大盤振る舞いで、貴族や平民は一応クラス分けしている。流石の英雄でも自重はしたらしい。
その学費としての資金源は本人自身が貯め込んだ個人の貯金全額。額は1兆ルーベルに相当するらしい。どんだけ荒稼ぎしたのかと最初聞いたときは愕然としたほどだ。その甲斐もあってか、卒業生は現在の領主だったり、商人の会頭だったり、豪農だったりと貢献を成している。
『そんな話、初めて聞きましたよ』
『最近は使うどころか祖父の初期費用にまで回復しきってしまったからな。主に卒業生の寄付金やお前のお蔭でもあるんだが』
ミランダやセラミーエでの急激な発展とガストニアとの通商回復によって、その減った額は完全にチャラとなったとバルトフェルドは言っていた。しっかりとした素養があれば、あとはコネ次第で大成できる地盤を作ったことは『前』を知っている俺からしたらちょっと信じられないようなことでもあったが。
またまた話が逸れた。
困っている様子のファルティナを見かねたシュトレオンは、ライディースを押し付けて一人飲み物を片手にのんびりしていた。いくつか子供たちのグループを見たのだが、明らかなごますりばかりで正直呆れてくる。
(何だろうね……権力を傘に着飾る貴族っているのは知ってるけど、正直面倒と言うほかない)
「はぁ、疲れる……」
「ん?」
すると、俺と同じように壁際に凭れ掛かっている金髪灰眼の男子が一人。少なくとも参加者の一人だろうと判断できた。何だか、似たようなシンパシーを感じたので、思い切って話しかけてみた。
「大丈夫?」
「え? あれ、君は確かシュトレオン男爵だっけ? あ、ご、ごめんなさい」
「いいよ、そこまで目くじら立てるつもりもないから。シュトレオン・フォン・リクセンベール男爵です。よろしくお願いします」
「僕はクロード。クロード・フォン・フューレンベルクといいます。よろしくお願いします」
クロードは王国南東部を治めるフューレンベルク辺境伯のなんと七男にあたる。立場的には貴族当主であるシュトレオンが上になってしまうのだが、彼とは仲良くしておいても問題はないということで、対等な言葉遣いにしようとお互いに決めた。シュトレオンの名前を知ったのは陛下との対面をしている時、次に対面する場所にいたからだそうだ。で、上級貴族の子であるクロードがグループの中ではなく、ここにいる理由はというと至極簡単であった。
「成程、確かに気持ちは解るな」
「だろ? 幸い剣術はできるから騎士にでもなれればいいかなって」
「7歳なのに過酷な人生だな。俺だったら逃げ出してるわ」
「はは、5歳で魔神を倒した台詞とは思えないね」
辺境伯の子息となればそれこそ『ぜひ私の娘を』となるのが普通なのだが、クロードが生まれた時には兄達による次期当主の争いが水面下で繰り広げられており、寄り親となるオームフェルト公爵にいい顔をしようとヘコヘコする連中が多すぎるらしい。表面上笑顔を取り繕っていても、その水面下で剣を振るっているようなものだ。
そんな一触即発になりかねない所に娘を送るような貴族などいるはずもなく、かといって彼の父親であるフューレンベルク辺境伯には止める術もない状態で、その本人はオームフェルト公爵と大いに語らっている様子が見て取れた。橙色って本当に目立つと思う。
なので、彼にとってお披露目会はただの『面倒事』にしかなっていないのだ。
「父親なんだから止めろよ、って言いたくなるけどね」
「肝心の父が計算とかできなくて。全部家臣や家令に任せちゃってるんだ。その分、兄達はそこら辺に詳しいからね」
親がただ貴族としての権威を持っているだけ、というクロードの悲しい現実を俺は知ることになってしまった。というか、実家がオームフェルト公爵家の影響を受けているのに、当のクロードに関してはその感じが見られない。それにはクロードが苦笑を浮かべた。
「僕は生まれて早々王都の屋敷に移ってきたんだ。兄二人から色々教わったし、君のお兄さん…ヴェイグ男爵と仲が良いんだ」
「兄上と知り合いなら大丈夫かな。というか、染まる前に逃げ出せたって感じか。オームフェルト家の子息がいるけど、彼についていかないのか?」
「威張るのは好きじゃない。あんな頭の悪い連中と一緒にされて『東部の連中は脳筋しかいない』と言われたくないから」
優しそうな見た目に反して結構毒舌な性格をしている。ただ、そういう言葉が出るということは東方遠征の話を彼の兄たちから聞いているのだろう。聞けば、五男と六男はそれぞれ成人しているらしく、実家とは離れた騎士団で働いているらしい。というか、そのうちの一人である六男なのだが……辺境騎士団南方方面部隊に配属となっている。
「たしかうちの領でクロードと同じ名字の人がいたな。今は陶芸にハマってるけど」
「と、陶芸? 僕が聞いた話だと辺境騎士団に配属って」
「それは間違ってないよ。陶芸は本人の趣味だから」
その本人も、最初は集中力の鍛錬ということでラルフが薦められたので始めた程度なのだが、見る見るうちに腕を磨いていった。先日試しに売ってもいいといった彼の作品である皿をアルノージュ商会で売りに出したところ、なんと1万5000ルーデルの売値が付いた。これはブラッドが知り合いの食器を扱う商人に鑑定してもらった上での金額設定だ。
『く、くくくっ、だめっす、笑いが、腹がよじれて……』
『な、なんていう結果ですか………では、作った本人に感想を……あははははっ!!』
『何というか、いたたまれないって感じだ。っと、失礼しましたボス』
『僕はボスじゃねえよ!』
なお、その皿を購入した相手はフューレンベルク辺境伯家というオチまで付いたことに、話を聞いた辺境騎士団全員が爆笑した。後日、その金額分の食糧を辺境伯家に送って、フューレンベルク辺境伯が卒倒したらしい。本人も実家を困らせるために作ったわけではないので、その方がいいだろうという判断だ。
「(その話は流石に言えないな……)ん?」
すると、俺の隣にひっつくようにしている女子に気が付く。それは、先日会ったシャルロットであった。そして、彼女の持っている皿には、大量の食事が盛られていた。とはいえ、流石貴族の令嬢というべきか、口元は一切汚れていないことに驚く。
「どうも、レオン様。邪魔しちゃった?」
「これはシャルロット嬢。いえ、大丈夫です。というか、そんなに食べれます?」
「ん。そういえば、先日はありがとうってお父様とお母様が」
彼女は特異的な体質らしく、俗にいう『英雄的体質』みたいなものだ。俺のイメージで行くと転生前の某漫画のような『比類なき強さを発揮する代わりに食料の消費が半端ないキャラクター』に近いだろう。なので、食費が大変なのだと聞いた俺はとあるものを渡していた。
『これは?』
『飴というお菓子だよ』
ぶっちゃけていえば、実は試行錯誤の過程で出来てしまった産物の一つ。フルーツ草は豊富な栄養素を含んでいるが実はかなり高カロリーな代物であり、通常の砂糖と同じ感覚で使うと摂取カロリーが一ケタ変わる。牧畜の肉などにはカロリーの影響を受けていないが、砂糖を使う菓子には大ダメージになりかねないので砂糖生産用の農作物を別途作る羽目になった。
で、そんなことを露知らずに作ったのが彼女に渡した飴。魔法の袋に入っているので、量としては彼女基準でざっと5年分ぐらい。味の種類は50種類と無駄に豊富なので飽きることはないだろう。それを食前に食べることによって、人並みの一食分に落ち着いたという。
「今日はわざと食べてないよ。いろんなご馳走食べたいから」
「変わった子ですね。どうも、クロード・フォン・フューレンベルクといいます」
「シャルロット・フォン・アルジェントです。どうぞよろしく」
どこかした一風変わった感じの子なのだが、どことなく憎めないので不敬罪などというつもりはない。よほど酷い奴とかが絡まなければの話になるのだが。すると、更にそこへ姿を見せたのはメルセリカであった。
「レオン君は中々に人気者だね。両隣の二人は初対面だよね? はじめまして、メルセリカ・フォン・ノースリッジといいます」
自己紹介も簡単に済ませると、お互いの事情を色々と話し込むことになった。メルセリカはアリーシャ王女のところに行こうとしたが、当の本人はほかの貴族に囲まれているような状況だったので、知り合いであるシュトレオンのところに来たと説明した。
「フューレンベルク辺境伯の七男にアルジェント男爵家の娘かぁ。後者は私も初耳だよ。あの島に人が暮らしているのは知ってたけど」
「仕方ないと思う。私が島を出たのは数回ぐらいしかないから」
アルジェント男爵家が領地にしているフィンランス島の周囲の海流は渦だらけなのだが、月に一回ほどある周期に従って渦が止まる現象が発生する。とはいえ船での往来には天候も関わるので、よくて年に5~6回ぐらいらしい。それでも島自体の面積がかなり広大なのと、北方なのに温暖な海流が流れている関係で畑作もできるという環境から自給自足するには問題ない、とシャルロットが述べる。
「生活していけるっていいですね。僕の実家は結構シビアですよ」
「辺境伯家なのに?」
「辺境伯家だからこそ、というべきでしょうかね」
聞くところによると、東部では未開発地の開墾目途が立たない上に、長い間行われてきた東方遠征が完全に暗礁に乗り上げた形となった。ガストニア皇国とイスペイン王国が和解したためだ。
これによってヴェラジール共和国への遠征計画が組まれているが、現状エリクスティア王家として予算執行はしないと決定づけられた。実行するとなればオームフェルト公爵家お抱えの領邦騎士団のみでやってくれ、ということだろう。そのための上納金がここ1年で跳ね上がっているらしい。
「今はまだ余力……いや、結構ギリギリですけどね」
「今更ながら、7歳の子供が話すことじゃないよね」
「ん、それは思った」
「まぁ、あれだな。いざとなったらうちで雇うことも考えるよ。兄様に確認と能力次第ってことになるけど」
「前向きに検討しますね」
リクセンベール男爵家は現状新興貴族みたいなものなので、家臣については白紙扱いだ。ヴェイグにその辺のことは確認しつつ、問題なければクロードを家臣として採用するのはアリだと思っている。
これにはクロードも納得したところで、何かしらの喧騒が聞こえてくる。そちらに視線を向けると、ファルティナとライディースに男子数人が寄ってたかっている。よく見ると、ファルティナの耳の一部が赤くなっており、涙目になっていた。
すると、リーダー格と思しき男子はライディースを突き飛ばした。そして彼は手に持っていたジュースのコップを宙を舞わせ、ライディースに被せた。それを見て取り巻きも含めた男子らは盛大に笑い出す。
これには、さすがにカチンとキレた。しかも、連中は事もあろうに『やってはいけないこと』までしでかしてくれた。俺が表情を変えたことに三人も気づいたようで、声をかけてきた。
「あ、あの、レオン君? 顔が怖いですよ?」
「ん? ああ、ゴメン。ちょっとあの世間知らずの取り巻き共に説教してくる」
「って、レオン君!? …流石に放っておけないよね」
「勿論」
シュトレオンがその騒ぎの場に向かったのを見てメルセリカは止めようと思ったが、今の彼は貴族の当主であることを思い出した彼女はあの少年らが喧嘩を売るべき相手を間違えたことに内心溜息を吐き、シャルロットの言葉に頷きつつも彼の後を追った。
「もし、そこの貴族のご子息方。さぞ御高名のご子息だと思われますが、一体何事でしょう?」
「ん? 誰なんだお前は? そんな勲章なんぞつけて…さては、成り上がりの貴族と思われるが」
「そのような所にてございます。この場は祝いの場であると認識しているのですが、そちらの少年は貴方様にどのような粗相を働いたのでしょうか? 何分、こういった騒ぎがあると気になってしまう性分なもので」
かなり丁寧な話し方をしているが、シュトレオンは内心怒りに満ちている。とはいえ、無差別に殺気なんて出そうものならここに参加している人物の大半が気絶しかねないと思い、なんとかこらえつつ笑顔を浮かべている。口元は一切笑っていないが。
そのリーダー格の少年は自分を持ち上げられたことに気分を良くしたのか、自慢げに話し始める。
「なに、簡単な話だ。そこにいる田舎貴族が呑気にエルフなんかと話しているということだよ。こんな土臭い貴族なんかよりこのディーター・フォン・オームフェルトの妾として相応しい。彼にはこの僕に歯向かった罰を与えたというわけさ」
『やべえ、こいつ真正のバカだ』と内心思った。貴族の爵位はあくまでも本人だけのもので、子どもには当然その影響は及ばない。家柄という影響はあるだろうが、爵位がない以上実際の権力は持っていないのだ。一応彼の父親は公爵なので侯爵相当の扱いをせねばならないが、あくまでも名誉職扱いである。
なお、彼の取り巻きにいたのは子爵家と男爵家の息子だそうだ。一応チェックは欠かさない。
「成程、ディーター様は大層なご身分をお持ちのようですね。私ごとき成り上がりの身分では敵いそうにありません。そちらの方々もよい選択をされたようです」
「ほう、話が分かる奴は嫌いではない。どうだ? 僕が取り立ててやれば出世も思いのままだぞ?」
「お気持ちだけ頂いておきますね。なにせ……貴方様、もといオームフェルト公爵家の方々からすれば、私など厄介の種でしょうから」
こういうプライドの高い人間は一度乗せてしまえば、どんどん調子に乗ってくる。正直ハリエット宰相とかのような貴族相手だと、流石に分が悪いと思っている。腹の探り合いは、あまり好きな部類ではないので。むしろ好きになるほうが異常だと思う。
シュトレオンはしゃがみこんでライディースの肩に手を置き、生活魔法「クリーン」を発動させるとジュースを掛けられる前の状態に様変わりしていた。これにはライディースやファルティナだけでなく、ディーターや取り巻きの男子たち、その喧騒を見ていた周囲の人間が驚きを隠せない。だが、そんなことなどお構いなしに、シュトレオンは笑みを零し、立ち上がって自己紹介する。
「僕はバルトフェルド・フォン・アルジェント・セラミーエの四男シュトレオン・フォン・アルジェント改め、リクセンベール家当主シュトレオン・フォン・リクセンベール男爵と申します。よろしくお願いいたしますね、ディーター様に取り巻きの方々?」
満面の笑顔を浮かべての言葉に、ディーターをはじめとした男子たちの表情が青褪める。わずか5歳にして魔神討伐を成し、先日王女殿下と公爵令嬢を無傷で助け出した上に、名の知られた盗賊団を全員捕縛した張本人がそこにいるという事実だ。
「レ、レオン…?」
「まぁ、女の子を守ったのは及第点だよ。さて、ディーター様は何の権限で騎士爵である私の兄を突き飛ばし、飲み物をぶっ掛けたのでしょうか? 是非お伺いしたいものですが」
「な、き、騎士爵だと!? いや、ですと!? その証拠はあるというのですか!?」
「ありますよ。ライディース、ここに来る前、懐に魔法の袋を入れたんだけど、その中にある紙を見せたら問題は解決するよ」
「え? えっと……で、紙って……えっ?」
シュトレオンの言うとおりにライディースは上着の内ポケットに手を入れると、魔法の袋が入っていてその中にある紙を取り出して見た瞬間、ライディースの表情が凍り付いた。こうなることは予想通りなので、俺はライディースから紙を渡してもらい、彼らに見せつけるようにした。
「『ライディース・フォン・アルジェントを第九位騎士爵に叙爵とする』……陛下、ハリエット公爵、父バルトフェルド辺境侯、グラハム辺境伯、そして現在はリクセンベール家で男爵ですが、準男爵として僕も署名しています。押印もありますので、公式の文書であります。……今すぐ二人に謝罪するのであれば不敬罪ということにはいたしませんが、いかがいたしますか?」
「………」
いくら侯爵相当の扱いをせねばならない相手でも、貴族の当主相手にとっては爵位なしに等しい。もともとこんなつもりで用意したわけではないのだが、その保険が役に立ったことを嬉しいと認めるべきか、面倒になったと悲しむべきか、正直悩ましいと感じたシュトレオンであった。




