閑話7 不器用な男、ライナーが大罪人と呼ばれるまで
真実というのは、時として隠され、捻じ曲げられ、ある人にとっての英雄は、別の人にとっての大罪人となる。これは、自らが友と認めた者の手を汚すまいと、自らの手を血に染めた人物のお話。
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俺の名前はライナー・フォン・オームフェルト。オームフェルト公爵家の長男だ。とはいえ、貴族なんてかったるいことこの上ないし、俺自身当主たる器を持っているなどとは考えてもいない。事実、俺は父と対立しているような状況だ。
『いいか、決してあの田舎貴族に後れを取るような真似は許さんぞ! もしそのようなことがあれば、お前からオームフェルトの名を剥奪する!!』
元々が由緒正しき武の一門などとは言っているものの、目立った功績は何一つ挙げられていない。それなら、剣ではなく鍬や鋸を持って未開発地を開墾し、民の生活を安定させるのが筋じゃねえのかと思ってしまう。いっそのことバックレて、平民として未開発地を次々と切り開いて赤っ恥かかせてやろうかと思ったが、平民と貴族の身分差って結構重い現実がある。悲しいことにな。
俺は一人、先駆けとして王都に戻る途中だった。レオンハルトが魔神の封印に成功したことを知らせるためだ。
レオンハルト・フォン・アルジェント。アルジェント辺境伯家の五男だが、剣で己の道を切り開いた傑物と言ってもいいだろう。その後、ガストニア王国との戦闘で多大な戦果を挙げ、敵の装備品を律儀に返すことで器の大きさを知らしめた。
俺にとっては親友であり、戦友であり、そして好敵手という存在。そいつとの模擬戦戦績はほぼ五分。俺としては、オームフェルト家の人間として貢献しているというより、レオンハルトと一緒に戦うのが楽しかった。『俺を倒していいのはお前だけだ』と啖呵を切ったのは俺のほうだが。
俺はセラミーエ領にあるアルジェント家の屋敷に立ち寄ることとした。本来は急いで戻る予定だったのだが、一応奴に義理立てでもしておこうかと思った。街の中に入ろうとしたところで、門番に声をかけられた。彼は俺に一通の手紙を渡したのだ。
「お疲れ様です、ライナー男爵」
「おう、お疲れさん。夜は長いから、眠ったりするなよ?」
「はい。……男爵殿、これを」
「ん? って、アイツからか。ちっと、詰所借りていいか?」
「ええ、お構いなく。今は私しかおりませんので」
俺は馬から降りて門番に面倒を頼むと、俺は手紙に入っている便箋を取り出して読み入る。そして、読み終えた時の俺は……血が出るぐらい拳に力が入っていた。
「……ここまで、腐りきってたとはな」
手紙の宛先は第三王子からのものだった。どうやら、レオンハルトが帰国次第第一王女を嫁がせて、王国に縛り付けようとしていた。拒絶する場合はすべてを取り上げて処刑するということを。しかも、それに賛同しているのは王族の一部の人間だけでなく、アルジェント本家も同様だった。
だが、第一王女は難病を患っており、魔法ですら治せない原因不明の病だった。その命は持ったとしても一年……とても子を成せる様相とは思えない。英雄ならそれを治せるとでっちあげ、死なせた場合は愚か者として処刑する腹積もりなのだろう。
「アイツは……これを悟っていたというのか」
俺はレオンハルトと別れる前、ちょっとした狩りをしていた。せいぜい夕食がちょっと豪華になるぐらいの狩りだったが、その時に奴はこう言っていた。
『帰ったら、大掃除をせねばならないな。大きいゴミがたくさん増えそうだ』
『何だぁ? お前には珍しく家具でも新調するのかよ?』
『新調か……まぁ、そうだな。新しい風を入れるには、要らないものを捨てるに限る』
アイツは昔から使っている道具を捨てたことはなかったし、壊れたとしても修理したり、別のものにしたりして有効活用していた。それを俺は何度も見ていた。そんな奴が『捨てる』という言葉を使った意味を、俺はこの時に理解してしまった。
奴は預かっていた軍隊を以て屋敷を包囲し、自らの親と兄を殺すつもりなのだろう。弟二人はレオンハルトに従軍していて二人とも健在であることを考えると、奴は一人で罪を被った上で後継を二人のどちらかに指名するのだろう。実際に殺す際は二人をリスレットに置いてくることも考えたうえで。
……俺は決めた。俺の親友をこんな目に合わせようとする連中を本気で許さないと。
親や家族のことなど知ったことか。元々家から勘当同然の人間が騒ぎを起こしたところで『うちにはそんな愚か者などいません』と突っぱねるだろう。それに、ただひたすらまっすぐに生きてきたレオンハルトにそんなことはさせたくなかった。
俺を倒していいのは奴だけ。そして、奴を倒すのは俺だけだ。その邪魔など、誰にもさせない。そう決めた俺の行動は、門番に礼を言った上で馬に乗りまっすぐアルジェント家の屋敷に向かった。元々アイテムボックスは使えていたので、剣を屋敷の中に入れるのは造作もなかった。
俺は、躊躇うことなく奴の両親と兄三人を殺した。時期がちょうど12の月にかかるあたりのことだったので、王都の屋敷に行く手間が省けたのは幸いだった。尤も、その後で結局行くことになるのだが。
奴らの死体の足元に使い捨ての結界魔法の魔石を放り、屋敷にあった大切そうなものを適当に魔法の袋へ放り込んでいく。レオンハルトの部屋にあったものは全部入れておいた。この袋は俺のものではなく、同行していたアザゼルという魔族から貰ったものだ。広さが四方1キロメートルって誰にも言えないと思う。
そうして俺は火魔法でテーブルに火をつけると、屋敷を後にした。その際に執事らしき人にあったので、大切そうなものを入れておいた魔法の袋を渡して早く逃げろ、と言った。その執事は俺の鎧や剣についた血から何かを察したのか、静かにお辞儀をしてその場を去って行った。
俺は再び馬を駆り、一路王都の王城を目指す。本来馬車なら7日はかかるのだが、未開発地に作った秘密の道を通ることにより、騎馬なら2日で到達できる。無論魔物の危険はあったのだが、特に襲撃されることなく無事に着いた。
王城は門番の姿もなく、ひっそりとしていた。俺は警戒しながらも大きな正門の扉を手で押して開ける。中も静まり返り、俺はいちばん可能性の高い謁見の間にたどり着くと、そこに立っていたのは俺に手紙を寄越した第三王子であり、煌びやかな装飾の服は血に塗れていた。彼の奥には棺が置かれていた……それも、五つであった。
「キース……」
「ライナー……言わずとも、解るでしょう? 僕が、殺しました」
彼が言うには、俺がセラミーエを発った翌日に第一王女が亡くなり、彼女の遺言を聞いた彼は第一王子と国王、王妃を殺した。そして、それを知った第二王子が『全ての罪を俺が背負おう』と言い放ち、第三王子の手に持っていた剣で自らの心臓を突き立てたのだ。
「彼女は何と……?」
「『レオンハルトを、お願いします』……それだけでしたよ。彼女は、彼が殺されてしまう原因になりたくなかった。尤も、僕も相当無茶してしまいましたが」
「その腕の痣は……お前、禁術を使ったのか!?」
王立学院の生徒だったとき、レオンハルトが古代の魔術を解読して判明した魔法の一つ。自らの命と引き換えに爆発的な身体能力を与える魔法だ。その存在は俺と第三王子、そしてレオンハルトしか知らない秘密だ。
「剣の腕は半人前ですから……確実を期すには、これしかなかったんですよ。おかげさまで、生きられてもあと数年になりました。唯一の救いは妻と子がいることぐらいでしょうか」
「馬鹿野郎……とんだ、大馬鹿野郎だよ。ま、俺もだが……」
そう言って、俺はその場に座り込んでアルジェント家の人間を殺したことを伝えた。そのまま斬られてもいいと思ったが、目の前にいる王子はそれをしなかった。
「……殺さないのか?」
「ライナー自身が納得しますか? それに、禁術の反動で手に力が入らないんですよ」
「……魔力は使えるよな?」
暫くはせいぜいペンとかの軽いものぐらいしか持てないです、と苦笑交じりに言い放った。それを見た俺は王子に頼みごとをした。
「ええ、それなら恙なく」
「なら、あの魔法を使ってくれ。以前奴が見つけた魔法の中にあった、自らの現身を作り出す魔法を」
「ですが、あれには君の血が結構必要かと……」
「構わねえ。ついでに、レオンハルト宛に手紙を送れ。後の責めは、俺が全部背負ってやるよ」
そう言って、俺はかなりの血を消費して現身を完成させた。ダメもとで足りない血を補うために干し肉を齧った。……その塩っ気が、何故か美味しく感じられた。これが俺の王城で味わう最期の晩餐となると、苦笑しか出てこなかったが。
後の差配は王子に任せると、王都にあるアルジェント家の屋敷の敷地内に持っていた剣を一本放って、何事もなかったかのように王都を出た。騎馬で南東方面へ進むこと3日……馬を近くにあった家の近くに停めると、俺は森の奥深くに足を踏み入れた。
そうして1週間が経とうかという頃。奴は俺の目の前に姿を現した。その表情は怒りとも取れるような有様だ。俺は内心苦笑しつつも笑みを浮かべてこう言った。
「さあ、心置きなくかかってこいよ! 魔神を封印した英雄を倒せば、俺も箔が付くってもんだ!!」
「お前……勝ったら、全てを吐いてもらうぞ!!」
王子には、『ライナーは貴方の才能と実績に嫉妬し、貴方を陥れるために卑劣な真似をしたのです』というような文言をレオンハルトに伝えるように仕向けた。この程度で剣の冴えが鈍るようなやつではないが、動揺を誘うぐらいのことはできる。だが、失った血の回復不足や森での一週間魔物との戦闘続きが祟り、俺は武器を折られ、鎧は無残にも斬り裂かれた。
俺は、崖の先に追い詰められていた。口の端から血が伝っていることも気にならないほど、俺は消耗しきっていた。視界もぼやけており、目の前にいるはずなのにその姿をはっきり捉えることも、もう叶わない。
「やっぱ、英雄の壁は……高いなぁ……」
重みに耐えきれなくなった崖の一角が崩れ、俺はそのまま峡谷に吸い込まれるように落ちていく。視界はもう完全にぼやけていて、レオンハルトの姿を見ることもできなかった。次第に意識が遠ざかっていく中、奴の言葉をその耳でとらえることができた。
『ライナァァァァァァッーーー!!!』
「……叫ぶんじゃ、ねえよ……みっともねぇ……」
その呟きは奴に届いたかどうかは知らないが、俺はその意識を完全に閉じたのだった。
後日、エリクスティア王族とアルジェント辺境伯家の合同葬儀がしめやかに執り行われた。だが、大罪人とされたライナー・フォン・オームフェルトはその葬儀対象とはならず、内密に葬儀が執り行われた。その死体は完全に燃やされ、国王本人しか知らない場所に埋葬された。
第三王子ネイキース・セルデ・エリクスティアは、第27代国王に就任後一年は喪に服し、その後政務を執り行うが即位の3年後に急逝。原因は体内魔力の急激な減少を引き起こす病と判断された。第28代はその息子が即位したものの、まだ若かったため彼の母が摂政として政務の補佐につくこととなった。
レオンハルト・フォン・アルジェントは一年の自宅謹慎の後、本家当主となり領内の改革を執り行っていった。彼は密かに生きていた分家から娘を娶り、子宝に恵まれた。長男が18歳になった時点で家督を譲り、リスレットで隠居生活を送りながら領邦騎士団の指導にあたっていた。
そして、曾孫で四男のシュトレオンが生まれる三か月前に、ただひたすら剣の道に生きた生涯を閉じることとなった。




