第30話 お茶会なのに、話すことは厄介ばかりなり
「いや、ホント助かったよ。内祝いを商会に相談しようとしても、忙しいという理由で断られていたからね。あ、この場合はシュトレオン男爵のおかげと言うべきでしょうかね?」
「兄上も意地が悪いですよ」
「ふふ、でもこんな可愛らしい弟さんは嬉しいです。うちは女系の妹しかいないですし」
「コレット義姉様まで……」
結婚式の内祝いの礼ということで俺は王都のアルジェント家の屋敷にいた。そのテーブルには長男ジークフリードとその妻であるコレット・フォン・アルジェントが椅子に座っている。この世界では、貴族が嫁ぐと家名が変わるのだ。嫁いでいくごとに名前を残すと大変なことになるから、という事情だ。
コレットはいわゆるおっとり系の女性で、兄が惚れるのも無理はないなといった感じだ。胸部装甲も人並み以上で、初対面の挨拶の時は胸に顔を埋められる形となってしまった。どうしてこう、そういう展開しか出てこないのだと思わなくもなかった。兄の嫁なので欲情は一切しない、と心に強く誓ったのは言うまでもない。
なお、家族ということでジークフリードとコレットにも俺が時空魔法を使えることについて話した。無論、その危険性は承知済みだったので秘密にしてくれると約束してくれた。ジークの母であるレナリアと彼の妹であるエリザベートにもそのことは話していて、そちらも秘密にすることを約束してくれた。
とはいえ、秘密が漏れないか不安に思うところもあるので、空間移動用のアーティファクトでも用意して隠れ蓑にでもしてしまおうかと思っている。
「結婚式の時は出席できなくて申し訳ないです」
「レオンの場合は仕方ないさ。国王陛下に頼まれていたらどうしようもないからね。僕もコレットもそれは承知しているよ」
「そうは言いますけれど、一応言葉にしておかないと余計な詮索を勘ぐる奴がいるでしょうし。本人からの言葉って大事だと思うんです」
俺は父経由で国王陛下から結婚式の出席を止められていた。理由はアリーシャ王女絡みであり、お披露目会もとい神礼祭までは誤魔化すように父から聞いていた。俺が結婚式に出てくるとなれば、自ずと出てくる可能性があったからだ。
なお、魔神討伐の件は噂となっているが、これについてはかなり有耶無耶にしているので、その張本人が俺ということはバレていない。その反動で可能性が高い次兄ヴェイグは嫁やらの紹介に四苦八苦しているらしい。
なお、ヴェイグは既に屋敷が宛がわれていて既にそっちに住んでいる。その際屋敷の修理を個人的に行い、彼からは『命だけじゃなく見栄えまで助けてくれたら、もう頭が上がらないな。兄として情けなくはあるが』と言われてしまった。
なので『兄上が築いてきたコネに頼るときがあるかもしれないので、そちらでお返ししてください』と言い含めておいた。彼の結婚式のときに引き出物で驚かすつもりなのはここだけの話。
その関係でヴェイグがいた部屋は俺の部屋として既に宛がわれていた。お下がり感はあるが、転移魔法の関係上都合がよいという見方もできる。まぁ、商会に顔を出す関係で外出はしているが、貴族であるということは隠している。余計なトラブルはごめん被るというわけだ。
「ホント、6歳とは思えないわね。背丈だけで言ったらもう10歳ぐらいよ?」
「その反動の痛みもありますけれどね。というか、この2年で一気に10年ぐらい年取った感覚ですよ」
実験で作った魔物らの肉を食べた影響なのだろうか、俺の背は一気に伸びて6歳なのに10歳ぐらいの背丈に伸びていた。その反動という形が成長痛となって襲ったのは言うまでもない。リスレットにいる騎士らの変化は俺が受けたこの変化に準じたものだろうと思う。そのせいで兄のライディースよりも兄に見られるようになったのは正直苦笑しか出てこなかったが。
それ以上に色々あって精神年齢だけ無駄に歳食った感覚を正直に吐露すると、ジークフリードは笑みを零した。
「はは、レオンは優秀だからね。貴族らも取り入りたいんだろう。魔神殺しの英雄様だからね」
「外務相になる気はありませんけれどね……」
実は、ジークフリードはこの時点で父から辺境侯を襲爵される予定だったのだが、オームフェルト家の横槍の件を鑑みて先送りとなり、現在は外務相補佐官として働きつつ外務相としての仕事を覚えて行っている。本人には次期辺境侯ということで兄弟の中で位の高い子爵位を叙爵されていた。
さらに爵位は持っていても領地や屋敷を持たない俺に国王は役職を与えていた。それは外務相補任という役職だ。これは外務相が何らかの事由で判断できない時にアドバイスなどを送る補佐顧問役というものである。
当然、役職なので役職給はある。月金貨2枚、日本円換算で月収200万円のお仕事だ。とはいっても、バルトフェルドやジークフリードが務める外交庁という王城内の部署に俺の席はない。なので、書類仕事をやるわけではない。あくまでも外交庁のトップである父のアドバイザーだ。当然役職による拘束は存在しない。
国王はガストニアの件で俺の入れ知恵のことに気づき、『それなら拘束しない役職を与えれば、その発言にも箔が付く』という目論見の元、非常勤職である補任職を宛がったということらしい。外務相に立つ気はないので、兄には頑張ってもらいたいと思う。
「聞いた話だと、来月には第14次東方遠征ですよね? 正直、成功する見込みがないと思いますが……」
「レオンは過去の遠征のことを知ってるのかい?」
「辺境騎士団もとい僕の親衛騎士に一人、第13次作戦の経験者がいたんです。彼から全部聞きました」
「そうだったのか。僕も父から聞いた話でしか知らないからね」
「父上も先日家族の前で溜息を吐いていたわ。『突撃ならばオークやオーガの方が理知的だと思う』とまで口にしてたし」
その影響で小麦の値段が吊り上がっていたのは言うまでもない。セラミーエ領に関しては収量と品質改良を済ませた品種の小麦のおかげで冬を十二分に越せる量を確保し、余剰分は商会経由でアルジェント家と俺が買い取ったため大きな混乱になっていない。使った金額は大体白金貨2枚ほどにはなったが、勲章の月収で帳消しになっただけで済んだ。
小麦なんていくらあっても問題はない。特に食べ物は小麦を使うものが多いので。とはいえ、その一部は吊り上がってしまった王都の小麦販売価格をもとに戻すために商会経由で流通させた。
「政治に詳しく、経済にも長け、地理にも詳しい。僕としてはセラミーエ領の運営を任せたくなるよ」
「勘弁してください。正直、リスレットの未開発地の件で一杯ですよ」
リスレット西側郊外にある農地や牧畜地帯をさらに西側にある山の麓あたりに土地ごと移設させた。そして、空いた土地に関しては現状東側にある代官邸や領邦騎士団の駐屯地の移設先に宛がう。
その建物は火属性の魔法で鉄筋を練成、それを支柱として防腐のエンチャントを施し、周囲を木材で覆った柱を基本として建てた。建物には火属性無効化のエンチャントも施してあり、後でアルジェント家の屋敷やら関わりになった人たちのところも同じエンチャントを施しておいた。
内部の設備はかなり凝ったが、装飾品といった飾りの部分はどうしようもないのでジェームズ子爵に丸投げした。
で、リスレットの開発のことを聞いた国王が、俺を男爵位に陞爵ということまで父経由から聞いた。正式な陞爵は神礼祭の時に俺とライディースが王都に来るので、そのまま王城に来いということらしい。その後日に神礼祭が開かれる流れだ。
男爵位のことは家族も知っており、既に男爵呼ばわりというのは流石に落ち着かない心境だった。
(でも、問題もあるんだよね)
実は、これは家族に一切話していないことだが、俺は男爵位に正式任命される段階でアルジェント家から籍を外し、新たな家名を以て新興貴族の当主となる段取りをグラハム伯爵もとい辺境伯と協力して進めている。できることなら早いほうがよいという判断から来るものだ。
この時点で長男ジークフリードは次期当主、次男ヴェイグは男爵家当主で分家扱い、三男ライディースは騎士爵になっているが、本人はまだ知らない。そして俺こと四男シュトレオンは男爵位に陞爵。
この状況は下手すると以前レオンハルトの時に起きた悲劇の二の舞になると俺は考えた。
なぜなら、レオンハルトの時も本人は男爵、病死した兄以外の三人は長男の継承が確定しており、他二人は爵位持ちであった。こうなると、またオームフェルトの連中が増長して暴発する可能性もなくはない。それを深く鑑み、グラハム辺境伯に相談して決断した。
そして、家名を作るよりも過去に断絶した家の名字、それも公爵家の家名を継ぐ形にすればその家の復興にもなり、『将来公爵にしたい』という国王の目論見にも応えられる。とはいえ、29代も続いているのでその断絶した家名はかなり多く、選定作業は難航した。
だが、意外なところにその答えを見つけることはできた。それは期を見て話そうと思う。
「将来領地をもつことになったら、今いる辺境騎士団66名丸ごと引き取れってフィーナ団長から聞いたときは正直引き攣りましたよ。遠くなるようなら、あそこらへんの建物は全部移設しますけれど」
「それも魔法でできるっていうから、すごいわね。できることなら、うちの妹に教えてあげてほしいわ」
「要相談ですね」
「レオン君からしたら、そうなっちゃうわね」
空いた土地は結界魔石による結界を残した上で稲作でもやってもらおうかと考えている。その辺りは気候的な問題と元々の土壌からして畑作が向かないのだ。稲作で儲かるのか? と思いがちだが、日本酒などの開拓もできるので無駄ではない。そのための施設は六属性の魔法で可能な範囲のものに留めるつもりだ。
とはいえ、日本酒だとネーミング的にいろいろ問題ありそうなので『ジェームズ』か『バルトフェルド』の現状二択になっていることは秘密だ。
にしても、辺境騎士団のことは本当に驚いた。奴隷に関しても万が一の場合はそのまま移住ということになるだろう。エリクスティア王国、実は未開発地が多い。その理由は発展自体が他国への侵略によるものなので、ある程度落ち着いてきた今になっても未開発地域が半分ぐらい残っている状況だ。
しかも、そういうところに限って強力な魔物が棲み付いたりしているので、下手に手を出して返り討ちに遭ったケースも少なくない。その証左として、東部の未開発地はなんと7割も残っている状況だ。これはアスカからの調査報告で知った。
俺は用意された菓子類をつまみつつ、こう口に出した。
「ここだから言いますけど、オームフェルト公爵家ってある意味バカですよね。まだ未開発地に目を向けて大人しく開発してたほうがマシだったと思いますよ」
「態々切り開いてごたごたしたくないってことなのかもね。寄り親がいくら強くとも、その子分らの突き上げを食らってお取り潰しなんて食らいたくなかったと思うし」
「だから、既に開かれているイスペインに? あの険しい山脈を越えるのと、魔物を倒して土地を開拓する選択肢なんて、ハッキリ言えば後者のほうがリスクは少ないと思うんですけどね」
「ふふ、ホント将来が楽しみな子ね。あなたが褒めるのも解る気がするわ。父もこんな子がいたら真っ先に溺愛していたでしょうし」
確かに人材も資金もかかるのは両方同じだが、前者の場合は攻められた側のイスペインに対する扱い云々、兵士らへの恩賞、死亡してしまった兵士の遺族らへの対応などなど、戦争の後始末というのは色んな面から考えないとキリがない。
それなら後者のほうがまだ解りやすい。いざとなれば凄腕の冒険者を雇い入れて魔物の排除でもすればまだ安上がり、と思うぐらいだ。
尤も、自身の力を上回ってほしくない、というオームフェルト公爵家のどうしようもない我侭のせいで、東部の開発状況がほぼ暗礁に乗り上げていることに王家も頭を悩ませているそうだ。
事実、彼の一派の貴族の規模としては、その領の半分以上が未開発や農地を維持できなくなった荒れ地になっているらしい。
「たぶん、王家としては何らかの形でレオンを送り込むんじゃないかな。騎士団の件もそれに準じたものだと思うし」
「勘弁してくださいよ……」
たかが6歳で領地運営できると思っているほうも過度の期待だと思う。オームフェルト家との対決姿勢は今更だが、それでも少しは抵抗したいと思ってしまうのが正直な感想だ。『まだそういうのは味わいたくないのです』と。




