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第二の人生、気の向くままに  作者: けるびん
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第26話 和食と貴族は複雑怪奇

「……できた」


 俺はセラミーエの屋敷の調理場にいた。貴族の人間が調理に立つのはあまりない、というか基本的にありえない。その辺の仕事は大体雇われた料理人をはじめとした使用人の領分だからだ。

 しかし、アルジェント家はその貴族の模範に当てはまらない。元々は他の貴族と似たようなものだったのだが、曾祖父のレオンハルトがよく調理場に入り浸っていたらしい。ここでも英雄補正なわけだ。


 彼が当主となってからは『自分の食事ぐらい自分で作れずに何とする。もし使用人が倒れた時どうするつもりだ?』という鶴の一声で、彼自ら料理を振るったり、彼の夫人らも料理を振る舞うようになった。以後、アルジェント家の嫁になる条件として『料理ができる』ことは最低条件となっている。


 その点でいえば、バルトフェルドの妻である三人は全員料理ができる。

 第一夫人のレナリアは公爵家の長女なのだが『父のように何もしなかったり何もできないのはごめんだ』と思い、独学で料理を学んでいたらしい。第二夫人のエリスは商会を切り盛りしながら商会の台所役みたいなものだったらしく、北部と西部の郷土料理を習得している。そして第三夫人もとい俺の母であるミレーヌは、ミランダでも有名人だった。


「あの嬢ちゃん、自分で魔物退治してきては、俺のところに持ってきてたのよ」


 そう言い放ったのは、ミランダでお世話になった魚屋の主人だ。彼に魔物の解体をお願いして、その半分を彼の店で売ってもらう。売り上げは全部魚屋の収入にしてあげた。だって、現状減る要素ないのに増やしてもどうにもならなかったからね。

 話は逸れたが、ミレーヌは料理のレパートリーが多い。俺の婚約者としてフィーナが嫁ぐと聞いたときは、自分が習得してきた技術すべてを叩き込むと意気込んでいた。正直頑張れというほかなかった。


 閑話休題。

 俺は、異空間で実験し、この世界のレベルに落とし込み、そして紆余曲折の実験を得て完成した代物。


「味は……この味だ。やっとたどり着いた」


 俺が作り上げたのは日本の食文化の一つにして、小麦を使ったもの。日本のとある県のソウルフードと言っても過言ではない『うどん』だ。


 まずは麺。小麦はうちの領で採れるもの。水は水属性の魔法を付与した魔道具から生み出し、塩はミランダに行った際に調達した。ちなみに、ミランダに食塩精製のための実験施設を作っておいた。今のところは王族への販売と実家への仕送りのみに限定。試しにアルノージュ商会で算定したところ1キログラムあたり100ルーデル(銀貨1枚)……流石にありえん、と思った。


 そして、うどんをはじめとした汁物にとって肝となるつゆ。これに至るまでの工程がすさまじく多い。

 特に大変だったのはみりんだ。何せ、米をティルミス商会経由で買い付け、以前ワインを作った時の装置を流用・改造した。空間魔法で米麹・醸造用アルコールを分離精製し、そこから60日前後熟成させたものを圧搾、濾過して完成に至る。流石に60日は待てないので、時空魔法で早送りしたが。


 醤油はというと、これをつくるためにファンタジー作物を作った。その名も『スライリウム』。見た目は植物のアブラナなのだが、これを乾燥させて粉々に粉砕するとスライムパウダーに変化する。この植物を作った理由は、スライムを狩るという非効率なことするより楽だと思ったからだ。

 このスライムパウダー、水との配合割合によって性質が変化する代物で、水の量によって酵母・ゼラチン・片栗粉に変化するというファンタジー色満載の代物で、平民の生活でもかなり重用されている。

 大豆は連作障害防止用に結構作られていたので、購入は割と楽だった。というか、30キログラムで大銅貨4枚は安いレベルだと思う。この世界だと主な用途は家畜の餌で、食べるにしても炒り豆ぐらいにしか使われていないので余り気味だと言う。

 装置の基本はワインでできているので、そこまで難しくはなかった。ただ、塩加減が相当苦労した。味見で相当堪えた。


 砂糖はフルーツ草から作ったものだ。

 ちなみに余談だが、フルーツ草をすりつぶしてできた汁にベルスタインブルから採れた牛乳を混ぜると、見た目は青汁に牛乳を混ぜたものに見えるが、味はフルーツ牛乳の代物が完成した。おいしいが、転生前のものを見ている俺にとっては複雑な心境だった。

 塩については麺で述べているので割愛。


 そして、肝心のだしはミランダの海産物だ。

 鰹節として使用したのはブラックソニックと呼ばれる魚の身を燻製にしたものだ。この魔物は見た目マグロの姿なのだが、全身が黒い。それも生命力が半端ないあの虫のごとく黒光りしている。初見で釣り上げた時は間違えて海底火山にでも突っ込んだのかと思ったほどだ。

 この魚、赤身の味はマグロなのだが、燻製にするとカツオの味に変わる。ファンタジーってすごーい。ちなみに魚屋の主人曰く『ブラックソニック一尾で遊んで暮らせるだけのお金になる』と言っていた……20尾ぐらい釣れたのは、内緒にしておこうと思う。

 煮干しはミランダで採れる小魚を選別して日干ししたものを使っている。


 おかずとして油揚げも作った。豆腐作りのために欠かせないにがりはポーションの薬草で代用できることが分かったため、それを使用。揚げるための油はスライリウムをそのまま圧搾したらできたので、それを使っている。俗にいう『きつねうどん』の完成だ。ここまでくれば、次は天ぷらうどんにも応用できるだろう。


「さて、神に感謝していただきます」


 流石に腹も減ったので、早速食べることにした。無論、お箸でだ。材質は落ちていた流木をベースに成型してエンチャントを施している。うどんのための器は適当にいくつか作った。

 気になるその味は、紛れもなく転生前に食べた味と遜色なかった。思わず涙が出そうになった。感動のあまり、つゆまで飲み干してしまったのは悪くない。お残しはいけませんって誰かが言っていたからね。


 ちょうど食べ終えたところで、視線を感じて振り向くと……隠れるようにこちらを見ているライディースとメリル、そしてその背後に獲物を狙うような瞳で見ている大人たちもいた。これには、俺も溜息を吐きつつ、声をかけた。


「二人は解るけど、父上に母上にエリス母様……何してるんですか」


「いや、まあ、執務室まで美味しそうな匂いが漂ってきたからな」


「折角だし、ご馳走してほしいかなと」


「兄様、私も食べたい」


「……まぁ、いいですよ。一人三杯ぐらいは用意してますので」


 俺の言葉を聞いて正月番組で名物となった某アーティストばりにガッツポーズしている父を筆頭に、大喜びする面々。まぁ、たまにはこんな日々もいいかと思いつつ、食事の準備をしようと思ったら、背後にカナンが笑顔で立っていた。


「はーい、レオン様は座っててくださいね。旦那様たちには私が配膳いたしますので」


「…はい」


 メイドから仕事を奪ってはいけない。俺はこの日それを学んだのであった。

 なお、俺以外の面々に箸は未体験だと思ったので、フォークで食べるようにしてあげた。食事に使う道具一つとっても、日本って相当特殊な食文化だと感じてしまった。余談だが、ガストニア皇国は箸の文化だとティルミス商会の人から聞いた……今度、足を運んでみるかな。


──────────


 エリクスティア王国の謁見は、定例の謁見と臨時の謁見の二種類がある。

 前者は年初・年末と四半期末(3月・6月・9月)の5回。後者は何らかの国事的対応が必要な場合に開かれる。先日の魔神討伐はその国事的対応に含まれるのだが、その対象がまだ社交界へのお披露目を済ませていないことから保留となっている。


 時は流れて12月の始め。今年を締めくくる謁見が執り行われる。

 12月末ではない理由だが、遠方からだと10日以上掛かってしまうためでもある。それに、王国は降雪地帯も含まれるために積雪で帰れないという事態を避けるため、北部の遠方貴族に対しては別途謁見を執り行う対応を行っている。

 なので、この時期王都に残っているのはそれらの影響を受けにくい貴族だけであった。謁見の間には最初に下級貴族が入り、次に上級貴族の面々。続いて、四聖貴族のアルジェント侯爵家、ウェスタージュ侯爵家、オームフェルト公爵家、ノースリッジ公爵家の当主が並び立ち、王族の登場を待つ。


 すると、控えていた楽隊による音楽が流れ、入場の合図の後に国王が現れ、そのまま玉座へと座る。そして、一つ咳払いをすると並んだ諸侯の面々を見やりつつ、声に出した。


「今年も一年、大きな災いもなく過ごすことができた。これは皆の働きによるものである。グランディア帝国が大軍を用いての侵攻も奇跡的に退けることができた。しかし、危機が完全に去ったわけではないことを努々忘れないことだ。ノースリッジ宰相、横へ」


「はっ」


 国王の言葉を受けて、ノースリッジ公爵が玉座の横に立つ。これは謁見において国王の附託を受けた、ということを諸侯らに改めて示す意味合いがある。そして傍に控えていた文官から書類を受け取り、声に出す。


「先日、我が辺境騎士団とセラミーエ領邦騎士団を陥れようとした不届き者が現れた。この一件の首謀者はミッターマイヤー軍務相であり、既に陛下の許可の元、爵位・屋敷・領地の没収を執り行った。成人済みの彼の子には爵位を有している者もいるが、その取り上げは妥当ではないと判断し、没収の除外に至った」


(フン、所詮は三下の貴族よ……これで、次の軍務相は私になるであろう)


 この言葉に貴族らは動揺に包まれる。その当事者の片割れであるオームフェルト公爵は我関せずと言った心境なのか、貴族に恥ずべきことだと言わんばかりの表情を見せていた。厚顔無恥とはよく言ったものだと思う。


「現状第一騎士団長が軍務相代行として政務を執り行っているが、早急にこの空位を埋めるべく、新たな軍務相を任ずるべきと判断した。では、陛下」


「うむ……ゼスト・フォン・ミッターマイヤー男爵、前へ」


「はっ」


「なっ……!?」


 国王の言葉に返事をして出てきたのは、30歳前後の風貌を見せている男性。呼ばれた名前とその男性の姿にオームフェルト公爵は絶句していた。その様子をニコル財務相とバルトフェルドはしっかりと見ており、心の中で笑みを浮かべた。そんな中、ハリエット宰相は言葉を紡ぐ。


「かの者は第12次、第13次東方遠征の作戦に従事したものの、その実績を低く見積もられていたことが判明した次第。特に第13次作戦において、辺境騎士団の数名を単騎で救いだした勇敢なる心を発揮せしめた模様」


「ふむ…ミッターマイヤー男爵、この内容に偽りはないか?」


「ございません。せめての心残りは、もっと早く助けに行きたかったことぐらいです」


 この人物はへステック前軍務相の長男だが、元々父親とは仲が悪く絶縁関係にあった。本人も家を継ぐ気がなかったため、継承権と相続権を成人の時に放棄し、王国の騎士として第三騎士団で働いている。遠征での功績で男爵に叙爵、既に婿養子として結婚していた矢先の事件で、本人以外の家族が貴族の剥奪という処分になった。これには、ゼスト本人も驚かずにはいられなかったという。


「人間は、万能な存在ではない。お主の助けによって救われた者もおることだろう……ゼスト・フォン・ミッターマイヤー男爵。本日付を持って三階位特進の侯爵に陞爵とする。そして、軍務相の後任として任ずる。その悔しさを以て、己の任を全うせよ」


「はっ。改めて、陛下に変わらぬ忠誠を我が剣と神々に宣誓いたします」


 異例の昇進に一部の貴族らが騒めく。それも、下級貴族の男爵から上級貴族の侯爵へだ。

 既に婿養子にもかかわらずミッターマイヤーの家名だったのは、実に単純。彼は分家のミッターマイヤー男爵家に婿養子として入っていたからだ。分家には娘しかいなかったことと、ゼストの義父は本人の直接の上官だったことからの縁だった。

 これにより、分家は取り潰しとなった本家に変わって『ミッターマイヤー侯爵家』として統治することとなり、軍務相としてゼストが閣僚入りする。なお、ゼストは反オームフェルト派であることを付け加えておく。

 ちなみに、ゼストの功績の調査にアルジェント家の四男が関わっていることなど、誰も知る由もない。


 あと、オームフェルト公爵が反論しないのは、彼がへステック軍務相の長男であることを知っているからだ。ほぼ絶縁状態だが、貴族社会において長男に継承権の優先順位があると決められている以上、家を存続させるためと領地の民を不安にさせないための判断。これには流石に異議を唱えることなどできない。

 だが、オームフェルト公爵が驚くのはこれだけに留まらない。


 ゼストが貴族らの列に戻ったところで、国王は宰相に視線を送り、宰相は頷きつつ貴族らの騒ぎを諌め、声を発した。


「静粛に! 先日、王国南部にあるヴィッセル砦をガストニア皇国・グランディア帝国の連合軍が侵攻、その際に使われた魔剣から魔神が召喚されたが、我が国の人間がこれを討伐せしめた。魔神の証言は複数の信頼できる筋から既に得られており、魔術師ギルドの鑑定結果も魔神を封じた魔剣の本物であると判断。これは疑いようのない事実である」


 そして、謁見の場にて魔神討伐の件がついに明るみとなった。だが、宰相の言葉は皮切りでしかなかったことを知るのは、ごく一部の者たちだけであった。


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