第27話 思わぬところの英雄補正
「静粛に! 先日、王国南部にあるヴィッセル砦をガストニア皇国・グランディア帝国の連合軍が侵攻、その際に使われた魔剣から魔神が召喚されたが、我が国の人間がこれを討伐せしめた。魔神の証言は複数の信頼できる筋から既に得られており、魔術師ギルドの鑑定結果も魔神を封じた魔剣の本物であると判断。これは疑いようのない事実である」
ハリエット宰相は言い放つように述べ、両手で一枚の紙を貴族らにはっきりと見えるよう提示した。それは魔術師ギルドの鑑定書であり、更には魔術神もそれを事実と認める証拠として、うっすらと魔法陣が刻まれている。『その魔剣は紛れもない本物』という事実に貴族らは動揺を隠せない。
「『魔剣アインヘリヤル』はかつての英雄レオンハルト・フォン・アルジェントが魔神を封印した剣とされていたが、これもさる筋よりそれは真実であると確証を得た。魔神討伐は如何なる例外もなく国難を排した行為として認められるものである。セルディオス伯爵、前へ」
「はっ」
ハリエット宰相の言葉でグラハム伯爵が国王の前に進み、片膝をつき頭を下げた。これには殆どの貴族が驚きを隠せない。何せ、グラハム伯爵は利用しようとする者を嫌って、領地であるミランダからほとんど出たことがなかった。定例の謁見にすら顔を見せないほどの人物で、生死の噂まで囁かれていたほどであった。
「此度の当事者はまだ未成年ゆえ、基本的に謁見の場に呼ぶことは許されない。従って、セルディオス伯爵がその代理人として褒賞を受け取ることを認めるものとする」
「セルディオス伯爵。そなたが長い時に渡ってミランダの地を治めていること。それを非常に高く評価する。それと数々の実績を鑑み、これまでの謁見の欠席を不問に致す。伯爵、異存はないか?」
「ございません。寧ろ私のような存在をそこまで高く買っていただいたこと、存外の喜びにてございます」
本来、謁見の欠席は差し迫った事由での出席拒否か、地理的に拝謁が難しい事由でない限り重罪にあたる。しかし、エルフの里を守る領主としての実績から、とうの昔に無罪放免となっている。されど、口うるさく言うであろう貴族がいるのも事実のため、国王は改めて宣言を行いグラハム伯爵が感謝の言葉を述べる。それに続くようにハリエット宰相が述べた。
「代理人のセルディオス伯爵を通し、当人には既に八天竜勲章を略式にて授与。そして、その任を全うしたものにも相応の恩賞を与えるに値するものである。では、陛下お願いします」
「うむ。代理人グラハム・フォン・セルディオス伯爵。魔神討伐の報酬金代理受取として白金貨30枚。そして、そなたに紅竜勲章を与え、第八位準男爵位および第九位騎士爵の任命権を与えるものとする」
この国の階位は以下のようになる。
第一位 国王
第二位 直近の王族(国王の妻子)
第三位 公爵
第四位 侯爵、辺境伯
第五位 伯爵
第六位 子爵
第七位 男爵
第八位 準男爵
第九位 騎士爵
第十位~十二位(名誉爵)
第十位以下は一代限りのもので、大した功績を揚げられなければその子どもは平民となる。爵位を貰ったと言っても、領地が直ぐに宛がわれるわけではないし、そもそも未開発地の開発にはものすごい労力と人材が必要となる。なので、土地を貰ってもそれを売って手放す貴族もおり、王都には大概領地を持たない在都の貴族が結構多かったりする。
「当人には本来白金貨1万枚相当の褒賞を送る。既に要望も通り、引き渡しも無事完了したと聞いておる。国庫の拠出を鑑みてくれた者に、非常に感謝しておると伝えよ」
「その言葉、承りました。一言一句違うことなくお伝えいたします」
さて、魔神討伐の報奨金だが……なんと、白金貨1万枚相当。日本円で1兆円。まず使い切れない部類だ。というか、流石に国庫でも一気に拠出すると拙いことになるのは自明の理。
そのため、それを聞いたシュトレオンはその減額案を予めグラハム伯爵に提案しており、伯爵も不安には思ったがそれを提示したところ、すんなり通った。
それは、力を失った魔剣を引き取るというもの。それなら半額以下に抑えられると思ったからだ。魔術師ギルドとしても、力を保持している魔剣ならともかく、そうでないなら倉庫の肥やしにしかならない。修復しても元の魔剣としての機能は取り戻せないらしい。なので、その許可はすんなり通った。
ただ、それでも3000枚の減額……結果として、もう一つ爵位の任命権を貰うことでなんとか白金貨5000枚にまで減額を成功させた。
ちなみに、準男爵位はシュトレオンに叙爵され、騎士爵位はライディースに叙爵される。これはお披露目会対策と言ってもよいだろう。これを伝えた時にグラハム伯爵は『なるほど、オームフェルトの息子に一泡吹かせるのか。君もあくどい事考えるね』と笑みを浮かべつつ口にした。
シュトレオンに関しては既に叙爵の通達を父経由で受け取っているが、改めて正式に『グラハム伯爵経由で準男爵として叙爵された』という形にして、家臣に取り立ててもらおうと押し掛けるであろう貴族らを突っぱねる意味合いもある。
伯爵本人は『既にレオンハルト絡みでその気質を証明しているので今更だ』と笑いながら言っていたが。
それはさておき、国王は一言述べたのち宰相に目配せを行い、宰相は軽く頷く。
「さて、ここまでは代理人としての恩賞。ここからはそなたの恩賞を与えねばならん。だが、これはも重要な事項に関わる……宰相」
「かしこまりました、陛下。アルジェント侯爵、ウェスタージュ侯爵、前へ進め」
「はっ」
グラハム伯爵の左右に並び膝をつき頭を下げる両名。これには貴族らも動揺に包まれている。なにせ、伯爵の人間の両側には現大臣の二人、しかも四聖貴族の当主二人が国王の前にいるのだ。騒めく貴族らを一喝するように宰相が声を発し、国王がゆっくりと言葉を口に出していく。
「静粛に! ……陛下、お願いいたします」
「うむ。まずは、グラハム・フォン・セルディオス伯爵。そなたを第四位辺境伯に陞爵とする。ミランダの地をこれからも治めるがよい」
「長らく謁見に姿を見せなかった私にご過分ともいえる配慮、有難く賜ります」
「そして、アルジェント侯爵にウェスタージュ侯爵。そなたらは国の安定のために己の欲を捨て、邁進してきた。両名にその功績を今一度称えるため、長らく空位であった第三位『辺境侯』の位に陞爵とする」
「陛下の厚意、有難く賜ります。バルトフェルド・フォン・アルジェント・セラミーエ、今後も胡坐をかくことなく、変わらぬ忠誠を宣誓します」
「ニコル・フォン・ウェスタージュ・レター、これからも王国発展のために尽力することを宣誓いたします」
これには貴族らから騒めきの声が上がる。現状貴族では最高位の公爵と同等の位階。そんな爵位などあったのかと口々にする者もいた。だが、辺境侯の爵位は事実として存在していたのだ。正確にいえば、作ったはいいものの忘れ去られたというのが正しい。
事は、シュトレオンがグラハムの領主邸で領主の仕事を学んでいた時にまで遡る。
「無くなった爵位?」
「ええ。今はかなり簡素化されてますけど、歴史書だと結構見慣れない爵位が出てくるんですよね。無くなった理由は流石に書いてませんでしたが」
「それか。単純に言えば『把握しきれない』っていうのが正しいかな」
例えば、第四位の侯爵・辺境伯などは、軍務侯爵・国土侯爵・侯爵、東方辺境伯・西方辺境伯・南方辺境伯・北方辺境伯の七つもあった。ただ、いろいろ面倒というか相続やらのごたごたになりやすいということで二つの爵位にまとめられた。
もっと酷いのは下級貴族の爵位で、一時期は子爵と男爵だけで100以上の爵位が乱立していた。そんなにあったら役人がパンクしかねない、というか実際大混乱になったために一元化した過去がある。
「で、一つ相談なんですけれど、公爵と同等の爵位として『辺境侯』というのがあったんです。見た感じ、作られたのがうちの曾祖父あたりみたいなんですけれど……ご存知です?」
「ああ、これはよく覚えてるよ。確かレオンハルトが公爵の陞爵権を永久放棄したときかな。創設したはいいものの、当時のオームフェルト公爵が暴れるわ、レオンハルトは固辞しちゃうわ……有耶無耶になって、無かったことにされたんだよ」
当時、政変から完全に立ち直ったとはいえず、ここでオームフェルト公爵家が反旗を翻すようなことがあれば、それこそ東の帝国に立ち入るスキを与えてしまう。なので、当時の国王はその爵位のことを以後口に出すことはなかった。とはいえ、廃位されたという扱いにはなっていないとグラハム伯爵は述べた。
辺境侯への陞爵の条件は以下の通り。
・侯爵位、辺境伯位であること
・王国の功績が著しい者
・国王が人格的に問題ないと認められた者
細かい規定などはあるが、大まかに言えばこの三要件をすべて満たした者が与えられる爵位なのだ。
「なら、うちの父が陞爵しても問題はない、というわけですね」
「君にしてみれば、婚約者が一人減るかもしれないからかな?」
「バレましたか。同い年に王女殿下がいるのは知ってますが、どうにかしてライ兄様に押し付けます」
「面倒を嫌う、か。私も人のことは言えない口だけどね」
この時点でガストニア皇女の件は許容範囲だった。何せ、魔神討伐の後日に帰国途中の皇帝夫妻と面会して『時が来たら発表するから』と婚約決定になりました。リシアンサス皇女が上目遣いで『ダメ?』とか言われたら断れません。チョロイと呼ばば呼べ、と思うことにした。この後でフィーナが婚約者として既成事実化したが。
突然の発表に騒めく中、一人の貴族が前に出て声を上げた。
それは他でもないオームフェルト公爵だ。今まで謁見すら拒んでいた人間が陞爵されるだけでなく、四聖貴族の侯爵家が辺境侯の爵位によって公爵家と同等の家柄に引き上げられる。つまり、対等の立場へと伸し上がった。これを快く思わなかったのだ。
「お待ちください、陛下! 今まで謁見に顔を出さなかった者を許すどころか、陞爵などというのは到底正気の沙汰とは思えません! それに、辺境の侯爵家が公爵と同等の爵位に名を連ねるというのは到底信じられません」
この言葉に続くように「そうだ!」と同意の声を上げるのは、オームフェルト公爵家の派閥に属している貴族らのようだ。彼らの実績をまともに受け取るつもりもないその様子に、国王は眉間に皺を寄せつつ強気の口調でハッキリと述べた。
「セルディオス辺境伯はかの地の特殊性を理解した上で、安定した領地運営を行っておる。それは我が国にとって西方および東方への貿易の利益を受けているのだ。アルジェント辺境侯とウェスタージュ辺境侯は公爵位への昇格が可能だったにもかかわらず、国の安寧のためにその権利を捨てて、それぞれ外交と国家財政で多大なる功績を挙げた。それに、三職の大臣職は本来公爵位がなるものと常々主張しておった輩がいたため、公爵位と同等の位を与えることにした。これでもまだ申し開きはあるか? オームフェルト公爵」
「い、いえ……ありません」
(やれやれ、どうあっても文句を言いたそうだな……)
国王は口にしなかったが、『これ以上異論をはさむなら、軍務相の件の再燃と来年の東方遠征許可を取り消すぞ』と言わんばかりの口調から察したのか、オームフェルト公爵は大人しく下がりつつも、国王の前にいるバルトフェルドを睨みつけていた。その視線を感じつつ、バルトフェルドは内心溜息を吐いた。
「これにて定例の謁見を終了とする。陛下、ご退出を」
賞罰も終わり、宰相は言葉を発した。すると、国王は無言で扉の向こうに消えた。続いて退出する貴族らは先程のことについて口々に出すものが多かった。当のオームフェルト公爵は文句を言いたげな表情でバルトフェルドを睨みつけた後、去っていく。
バルトフェルド、ニコル財務相、グラハム辺境伯の三人は謁見の間を出たところで兵士に呼び止められ、そのまま応接室に通されることとなった。その道中、グラハム辺境伯はこう口にした。
「おめでとうございます、バルトフェルド卿にニコル卿。これでオームフェルト公爵も大人しくなるといいでしょうが」
「そうしてくれたらどれだけ楽なことか……向こうは未だにレナリアの件で恨んでるよ、あれは」
「あれはもはや病気か呪いのレベルですね。もし実力行使したら、その時は彼がお別れになることでしょう……陛下の許可は得ています」
「笑顔でいうことじゃないだろうに……」
実は、現当主のオームフェルト公爵はバルトフェルドの第一夫人であるレナリアに恋焦がれていたのだが、それを奪われたことに逆恨みしていたのだ。
当のレナリア本人は『あんたのような女好きに媚を売るぐらいなら、朴念仁のバルトフェルドのほうが遥かにいいわ。むしろ比べたくもない』と本人に向かって言い放ったことがある。
それを認められず、オームフェルト公爵はバルトフェルドに対抗するような形で4人の妻を娶った。その大半が家柄にものを言わせた政略結婚だが。なお、愛人については数十人いるらしい。よく破綻しないものだと思った。




