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第二の人生、気の向くままに  作者: けるびん
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閑話4 好感度がフルカンスト(なお上げた本人は知らない)

 エリクスティアの王城にある白竜の間。この部屋は国外からの貴賓などを応接する時のみ使われていて、最近では数年前にラスティ大司教の就任で使用したぐらいだ。

 その部屋には、この国を治める第29代国王バーナディオス・セルデ・エリクスティアと王妃アリシア・セルデ・エリクスティアが座り、その向かいにはガストニア皇国の皇帝ブレックス・ティーヌ・リクセンベールと皇妃リスティア・ティーヌ・リクセンベールが座っている。


 最初に口を開いたのは、バーナディオス国王であった。立場上ならばガストニア側から声を発するべきだが、国内事情を押してまで態々外国の首都まで出向いたことを感謝するような言葉を投げかけた。


「両陛下、まずは遥々遠方よりお越しいただいたことを感謝します。本来ならば即刻国に戻って混乱を治めたいと思われておるであろうにも関わらずです。その行動力にエリクスティアの王として、一人の人間として敬意を表したい」


「バーナディオス国王陛下、私は弱い生き物です。竜人族という誇り高き種族と教わって生きてきても、戦いを望まない臆病な者です。今回の行動は、私を対等の存在として見てくれた少年の想いに後押しされただけなのですから。私どもの急な王都訪問を受け入れていただき、真に感謝いたします」


 国王の言葉にブレックス皇帝はそう返した。

 最初は砦に何で子どもかと思ったが、兵士らとの様子を見ていくうちに自分の娘を思い出すようになってしまい、気が付いたら親身な存在となっていた。彼はそんなことないと言いそうだが、彼がガストニアとエリクスティアを救ったのだと断言できる、と。

 そして、双方ともに言葉として出さなかったが、ガストニアの皇家であるリクセンベール家はエリクスティア王族と深い関わりがある。それをバーナディオス国王も少なからず知っており、今回を契機として互いに歩み寄れる機会として今回の要請を受けた経緯がある。


「それに、魔神討伐がなければガストニアはグランディア帝国によって亡びていた。一人の人間として私は彼に報いたいぐらいです」


「話には聞いていたが、やはりあれは魔神でしたか……」


「はい。それについては、リスティアから」


「あの魔剣の残骸を見ましたが、あれは先々代の皇帝が残した書物にあった『魔剣アインヘリヤル』で間違いないかと。書物に書かれていた特徴がすべて一致しました。それについてはマルタ様からの神託があり、確証を得た次第です」


「神託が降りたとなれば、これは確定でしょうか。あなた…」


「うむ。一番の問題はそれを手に入れてそちらの第一皇子を誑かしたグランディア帝国への対応ですな」


 大陸に占める国土面積でいえば、エリクスティアとグランディアはほぼ同じ。その二国に挟まれる形で中小の国々が存在している。その国々の中でも大きい領土を有しているのがガストニア皇国とその北にあるイスペイン王国の二つだ。

 二大国が直接戦争状態に陥らないのは、挟まれた国々という『防波堤』が存在しているからに他ならない。しかもそれらの国々は特有の生産物や貴重な鉱石を産出する鉱山が存在するため、その恩恵を受けている二国は迂闊に手を出せない。

 更にはエリクスティアとグランディアの間には二つの険しい山脈が南北に渡っており、ガストニアなどの国々はその二つの山脈の間にある。つまり経済上の恩恵と自然の要塞という二つの武器が彼らの切り札だ。


 だからこそ、グランディアは裏工作で市民感情を煽り、ガストニアのクーデターを成功させた。そのまま余勢を駆って大軍をエリクスティアに送り込んだ。結果としては魔神の余波で全滅という情けない結果に終わったのだが。


「必要とあらば、我が国の国防技術を提供しましょう。とはいえ、其方の国には人族にいい印象を持っていない者もいると聞きます。ですので……一つ尋ねたいのですが、其方の国には確か商会がいくつかあると聞いたことがありますが?」


「はい。皇族が懇意にしている本国に本店のある商会もいくつか」


「でしたら、もし可能ならエリクスティア国内にその商会の支店を作っていただけないかと。そちらの国にはわが国では手に入りづらいものも数多くあります。ですが、こちらから出向いて信用を得るのは難しいでしょう」


 人族と亜人族には少なからず軋轢がある。それが殆どない場所もあれば、そうでない場所もある。

 エリクスティアはあらゆる人種に対して、神に誓ってエリクスティアの法と理念を重んじる者なら居住を認めている国だ。しかし、悲しい現実だが人種間の諍いがないというわけではない。

 だが、それで諦めていては、この国を興した初代国王とこの国を護ってきた多くの英霊たちに顔向けなどできるはずもない。バーナディオス国王はそのことを先代国王と英雄レオンハルトから学んだ。


「試験的に王都とセラミーエ領での支店設立ということでお願いをしたいと考えております。そのための開業資金提供および無期限無利子の資金貸与もこの場でお約束しましょう。これがその神誓文です」


 そう言ってバーナディオス国王が近くに立っていた貴族の男性から一枚の紙を受け取り、ブレックス皇帝に差し出す。そこから発せられる力に皇帝は驚きを隠せない。それは文字通り神に誓った文面であり、破った者は例外なく死に至る。その約束を守ったと受け取った相手が判断すれば、神誓文は光となって消える。


 ブレックスとリスティアが何より驚いたのは、エリクスティアが賠償などを一切口にせず、その代わりにガストニアで生み出される特産物などの輸出をしてほしいと願い出たことだ。これではまるで、『エリクスティアはガストニアを対等に見ている』ようにしか見えないのだ。そんな心情を察したかのように、国王が笑みを零しながら口を開いた。


「驚いたであろう? 確かにグランディアの皇帝ならば賠償とか口に出しておったかもしれん。これは、バルトフェルド外務相……バルトフェルド・フォン・アルジェント・セラミーエ侯爵よりの提案なのだ。じゃが、あやつは処理能力に長けていてもここまで頭が回るような奴ではない」


 国王はバルトフェルドの外交処理能力について極めて高い評価をしている。数々の実績を挙げており、できることなら王女一人を降嫁させたいと考えているが、過去の事例からそこまで無理強いはできない。


 しかし、ガストニアに賠償を一切要求せずに早急な回復を促し、通商路の回復についてはこちらからも一定の支援をする。

 更にはガストニアの特産物などを流通させるためにエリクスティアから資金提供・貸与を行うことで相手がどのような経済状況でも確実に開業支援できる体制を作る。必要ならば特産物を市場価格より若干釣り上げた値段で買い上げるだけの余力がこの国には十分ある。

 さらには国防面で対グランディアを想定した技術提供も含まれている。これには軍務相あたりから反発が来るであろうが、今回のようなことが再発しない可能性などない。へたすれば今回の一件はガストニアのみならずエリクスティア滅亡に繋がる可能性もあっただけにだ。


 このような多角的な外交をこの短時間で考え付ける人間ではないということも知っている。ならば誰かが入れ知恵したと考えるのが筋だ。ガストニアに対して好意的な感情を持っていて、なおかつバルトフェルドに直接入れ知恵できるとなれば、答えは一つに絞られる。

 

「では一体誰が……」


「ガストニア、というか皇帝陛下らに対してお世話になった者の仕業でしょうな」


「……彼、のようですね」


「まったく恐れ入る。英雄レオンハルトの子孫はとんでもない麒麟児のようだ。これではどちらが敬うべきか分からなくなるほどですよ、陛下」


 ガストニアにとってもレオンハルトは英雄なのだ。確かに多大な被害を彼の手によって受けたことは事実だ。しかし、彼は葬った者を敵味方の区別なく手厚く弔い、慰霊碑を建てた。装備品などの遺品はすべて浄化されていたが、一つ残らずガストニアに送られた。


『我らは民の命を守るために戦った。彼らは生きるために戦った。結局は上の身勝手な都合の我儘。それで犠牲になってしまったものを無碍にしては、彼らは死んでも死にきれないでしょう。死者に味方も敵もないのですから』


 遺品を運んできたレオンハルトは皇城の評定の間にて当時の皇帝にそう告げた。その真摯な行動に皇帝は上座から立ち上がり、レオンハルトの前にしゃがみ込むと、彼の手を取って涙ながらに謝罪したのだ。当時幼かったブレックスはその光景を見て、レオンハルトという存在を深く刻み付けた。


「祖父はレオンハルトに感謝し、私はその曾孫であるシュトレオンに感謝する……彼らは獅子の如き強き心の持ち主です。陛下、貴方の提案を受け入れさせてください。本国に帰還して情勢の安定化の後、今回のことを確実に実行いたします。必要ならば」


「いや、その必要はありませんな。既にこちらが神誓文を出したのですから。混乱の鎮静に必要ならば、うちの騎士たちも貸し出しましょう」


「それには及びません。うちの息子である第二皇子は中々に強かですので」


「そうか、それは頼もしい限りですな。そなたらの宿泊場所は安全面を考慮して王城ではなくアルジェント侯爵家の屋敷となります。最大限の配慮はするよう言い含めております。外出も遠慮なく申し付けください」


「ありがとうございます。改めて、我が国を高く買っていただいたことに最大限の感謝を」


 騎士らに案内された先にはアルジェント侯爵家の馬車が停まっていた。皇帝・皇后両陛下を待っていたのは、きらびやかな装飾はあるが、動きやすさを重視した服とローブに身を包んだ彼らの娘と王立学院の制服を身に纏った二人の少女であった。

 娘は両陛下の姿を見ると駆け出していき、母親である皇妃に掴まっていた。それをみた少女らはスカートの端を軽く摘み上げてお辞儀をする。


「王立学院の制服で失礼いたします。バルトフェルド・フォン・アルジェント・セラミーエ侯爵が長女、エリザベート・フォン・アルジェントと申します。僭越ながら近辺の護衛を仰せつかりました」


「同じく、ハリエット・フォン・ノースリッジ・コーレック公爵が長女、コレット・フォン・ノースリッジと申します」


 本来ならば挨拶の順は親の位に準ずるのだが、アルジェント侯爵家の特異性と今回の差配を考えるとこの場にいる誰にも文句は言えない。それに対してブレックス皇帝らも挨拶を交わし、五人は馬車に乗り込んだ。すると皇妃であるリスティアが二人に尋ねた。


「お二人とも見たところお若いですが、いくつでしょうか?」


「15になりました」


「私は今年で12です。しかし、皇妃陛下はお若いですね。学院に生徒として通っていても普通に通用しそうです」


「あらあら、私はもう40過ぎていますよ。尤も、千年は軽く生きてしまいますが」


「そ、それは凄いんですね」


 寿命に対する感覚にコレットは思わず目を丸くしてしまった。ここら辺が竜人族と呼ばれる彼らとの認識の違いかもしれない。すると、リスティアの隣に座っていた娘ことリシアンサス・ティーヌ・リクセンベール皇女がエリザベートを見つめていることに気づき、彼女はリシアンサスに尋ねた。


「どうかしましたか、殿下?」


「さっき、アルジェントって言ったけど、ひょっとしてレオン君のお姉さん?」


「レオン……シュトレオンのこと?」


 エリザベートの問いかけにリシアンサスは頷く。実は、レオンという名はエリクスティアにおいてアルジェント家以外に名付けてはならない。これは英雄レオンハルトの存在を薄れさせないためだ。かといって、下手に名付ければ名前のプレッシャーでつぶしてしまう諸刃の剣のようなもの。

 なので、レオンという名がつくのはレオンハルト・フォン・アルジェントとその曾孫であるシュトレオン・フォン・アルジェントの二人しかいない。そして皇女が彼のことを『レオン君』と呼んだのだ。


「ええ、そうですよ。尤も、私は王都にいたから面識がないんですけどね……その様子だと、好きなのですか?」


「……うん……」


「あの、両陛下は……」


「無論知っているよ。彼には世話になった身だから、嫁に出すこともやぶさかじゃない」


「私も彼に救われました。娘の幸せを願うなら、これ以上ないほどです」


(ちょっと、どうなってるの!? シュトレオンはまだ5歳よね!? いったい何をしたっていうの!? 私の頭でも理解が追い付かないんだけれど!?)


 エリザベートは魔神討伐の一件を知らない。なので、まだ5歳のはずのシュトレオンに対して両陛下からの信頼度がカンストしてるような状況に加えて、皇女は彼に好意を抱いていることに疑問しか浮かばなかった。この状況を呑み込めないのはエリザベートの隣に座るコレットも同じだった。そしてエリザベートが散々頭を捻った結果はこれしかなかった。


「ヴェイグ兄様とジェームズ子爵閣下に聞きましょう。コレット義姉様、お手伝いしてください」


「其処まで畏まらなくてもいいわよ。私と貴女の仲じゃない」


 年が離れているのに仲が良いのには親の関係もあるのだが、このコレットこそがエリザベートの兄であるジークフリードの婚約者なのだ。ジークフリードは外務相を務める侯爵家の嫡男にして、若くして王国五指の実力者。しかも容姿はいいのだが、彼はすさまじく朴念仁なのだ。それこそ、毎日告白の手紙で溢れかえっても『これは僕宛じゃない。もっといい人宛だろうね』とか言う始末だ。


 なので、回りくどい手を使うよりも剛速球ばりのストレートな方法で思いを伝えろ、とエリザベートはアドバイスを送った。それを聞いてコレットがとった手は、エリザベートの招きで屋敷に泊まりに来た際、大胆な勝負下着でジークフリードの寝室に突撃したのだ。

 『誰もそこまでやれとは言ってない』と言いたかったが、ジークフリードはそこまでされてコレットの気持ちに気づいたそうだ。というか、ジークフリードもコレットのことが密かに好きだった。


 ジークがコレットに告白できなかった理由は『ほら、オームフェルト家の長男がいるでしょ? あいつがコレットのことを好意的な目で見てたから、僕までそうしたら余計につっかかってくるだろうし』だった。なので、婚約発表の件は学院卒業後の謁見にて執り行う予定になっている。


 本当にロクなことをしない一族だ、とエリザベートは改めて思った。


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