第19話 何事も程々が一番
放心していたシュトレオンとバルトフェルドであったが、何とか気を取り直すとヴェイグが俺らの姿を見て驚いていた。まぁ、そりゃいきなり姿を見せたんだから当然の反応である。
「え、ええっ!? 父上にレオン!? ど、どうして二人が!?」
「あー、何というか……ほどほどにな。また第一王女が突撃しない程度に頼む」
「え、何があったんですか?」
何かとんでもない予感はしたのだが、シュトレオンは恐る恐るバルトフェルドに尋ねた。すると、その表情は疲れきったような印象を強く受けた。
父が言うには、第一王女は14歳でヴェイグと王立学院の同級生。その人の容姿は俗に言う『ロリ体型』であり、二人の身長差はなんと約70センチメートルにもなる。以前ヴェイグが騎士団の手伝いで王城に泊まった際、その肉体美に惚れ込んで……以後、なし崩し的に恋人のような関係というか、第一王女が通い妻のように毎日馬車で出迎えに来るという。
「もう手遅れじゃないですか、それ……で、陛下は何と?」
「『娘に嫌われたくないから、婚約を認めるしかない』と言っていた。ただ、伯爵でないと降嫁させられないからな……お前も他人事ではないと思うぞ」
「でしょうね。とりあえず、父上。僕は残りますので、これを」
ともあれ、将来的にヴェイグと第一王女の結婚は既定路線だそうだ。功績に関しては騎士団に同行しての遠征での累積した功績、それにプラスして先日のヴィッセル砦防衛の功績を足せばいける範囲らしい。
公爵の昇格要件を考えるとシュトレオンも他人事ではない、というのは理解している。解りきっていることを突き付けないで、と思いつつ俺は辺境騎士団に届いた紙をバルトフェルドに手渡した。それを受け取った彼は俺にこう言った。
「すまない、レオン。この埋め合わせは考えておこう」
そう言ってバルトフェルドは部屋を後にした。それを見送る俺に、事態が呑み込めず首をかしげているブーメランパンツ姿のヴェイグであった。なお、ブーメランパンツはいったいどうしたのかと聞いたところ、先日神様らしき夢を見て、朝起きたら枕元にあったらしい。絶対ノード様の仕業だ。
ちなみに、そのパンツ以外何も身に着けずにポージングすることによって、スキル経験値が獲得できる代物だと鑑定で判明した。マッスルビルダーが見たら大歓喜ものだろう。あと、ジェームズ子爵も所有しているらしい……蛇足すぎるような情報だと思う。
ともあれ、シュトレオンはヴェイグに今回の経緯をかいつまんで説明した。
「そうか……でも、父上ならそんな命令出すよりも、自ら陣頭指揮に立ちそうな気がするからな」
「狩りの件からして、そっちのほうがありえそうですね」
仮にそんなことしようものなら、エリスとミレーヌに説教食らうまでがワンセットである。何かと解りやすい父上だから、国王陛下らも不審に思っている可能性があると述べた。
さて、流石にバルトフェルドを置いてセラミーエに帰るわけにはいかない。一応書置きで数日王都にいることになるので、またしばらくは離れると残してきた。父はそこまで気が回らなかったので、俺がフォローした形になった。それだけあのでっち上げ文書が衝撃的だったのだろう。
「なんだったら、兄上と母上に会っていくといい。お前ならしょっちゅう来れることになるだろうが」
「そうですね。とりあえず服を着てください、兄上」
すると、ヴェイグが俺に提案をした。折角だから長男ともう一人の母に会っていけと。なので、シュトレオンはその提案を受け入れつつ、いい加減服を着ろとくぎを刺したのだった。ようやく服を着たヴェイグの案内で俺は別の部屋に案内された。すると、机にはカリスマイケメンと言ってもいいぐらいの美少年がいた。
「おや、ヴェイグ。やっと服を……あれ? そこにいるのは……」
「ああ、初対面だものな。シュトレオン準男爵、彼がうちの長男のジークフリードです。兄上、彼は弟のシュトレオン準男爵です」
「初めまして、ジークフリード兄様。シュトレオン・フォン・アルジェントといいます。公式の場でないときは『レオン』で構いません」
「長男のジークフリード・フォン・アルジェントといいます。できたら『ジーク』で呼んでいただけるとありがたいです。よろしくお願いするよ、シュトレオン準男爵」
現状、爵位を持っている兄弟はシュトレオン一人なので、当然こういう挨拶になってしまう。これに対して苦笑を浮かべると、二人はそろって笑みをこぼした。
「兄様たちも人が悪い。公式の場ではないのですから、こういう時ぐらいは年功序列でお願いします」
「いやいや、あのグラハム伯爵から直々に教えてもらっているシュトレオンは凄いと思うよ。それに、ジェームズ子爵からは『わしを一週間で負かした英雄』って手紙で来ていたし」
「確かに領主関連の勉強はそうですけど、大方はライに対する方向性の確認ですし」
そう、少なくとも男爵になれば王都に屋敷を持つことになるし、子爵以上になれば領地を任される可能性も出てくる。なので、時折ミランダに転移しては領主の勉強に取り組んでいた。
尤も、最近は『教えることが殆どなくなったね』とか言われたので、ライディースの将来育成プランの立案に励んでいた。育成というより魔改造の領域になりそうなのは、黙っておくことにしようと思う。
「ライディースをグラハム伯爵の後釜にか……確か、あの人は養女がいたな。丁度ライディースやレオンと同い年のはずだ」
「みたいですね。僕は会ったことないですけど、その辺はグラハム伯爵がうまく取り成してるそうです」
「なるほど、ライディースのインパクトを際立たせるためか」
名付けて『お披露目会で二人を引き合わせ、余計なお邪魔虫は排除してしまえ作戦』である。これの立案はシュトレオンとグラハム伯爵、そしてバルトフェルドとエリスとミレーヌである。できれば同い年の協力者が欲しいと思うけど、そこまで贅沢は言わない。
ふと、そこで俺は気になったことを思い出しつつ、ジークフリードに言葉を掛けた。
「そういえば、来年の初夏には結婚するそうですね。おめでとうございます、ジーク兄様」
「ありがとう。そうか、レオンも貴族の当主だものね。流石に5歳で引き出物は要求できないけれど」
「むしろ払わせてください。色々な収入で金銭感覚おかしくなりそうなんで」
「どういうことなんだ、レオン?」
簡単に述べると、まず八天竜勲章の給与で月に200万ルーデル(白金貨2枚)。準男爵位で月に5万ルーデル(金貨5枚)。ガストニア皇国から毎月届く報奨金(皇族からの給与扱い)、月に100万ルーデル。最後の奴は固辞しようとしたが、既にバルトフェルドにまで根回しされていたので断るのを諦めた。
ジェームズ子爵から辺境騎士団・領邦騎士団の駐屯地整備・ヴィッセル砦改修の報酬で200万ルーデル。ミランダで漁業支援の一環で魔物退治……手に入る魔物の素材に加えて、累計額が2億3000万ルーデルにまで膨れ上がっているのだ。しかも、以前討伐したリヴァイアサン抜きでこの金額だ。
なお、リヴァイアサンの買い取り金額は推定17億ルーデル。訳が分かりません。それでいて、これからリスレットで行っている実験の流通も始める予定なので、収入のトータルが計算したくないレベルになるのだ。元々贅沢する気もないからお金貯まる一方だし、食料とかは最悪異空間の農地から引っ張ってこれる。結論として、現状使い道がないということになる。
「というわけなんです。それにアイテムボックスの中に死蔵している魔物がいくつか……一応、布系とか宝石はあります」
「あー、ならそっちでお願いするよ。実家は多分父上の狩り絡みのものが多くなりそうだし」
「この場合は俺も出すべきなのか? 爵位の関係で出すことになりそうだが」
「そこは、僕とヴェイグ兄様が出したということにしましょう。霧の森で手に入ったものもありますし」
「すまんな」
ヴェイグと霧の森に入ったときのものが使わずに残っているので、それも引き出物に加えようと思う。ふと、そこで衣装関連はもう準備しているのかと聞くと、ジークフリードは厳しい表情を見せていた。
「それなんだけれどね。実は仕立て屋の予約が取れなくなっているんだ。聞いたところだと、最低でも一年はって」
「え? 普通ありえなくないですか? 他の貴族や一般市民も困りますよね?」
「ああ。実際、既に悲鳴が上がっている状況だ。その原因は来年の第14次東方遠征だ」
ここでシュトレオンは首を傾げた。騎士団の装備新調程度なら、仕立て屋よりも武器屋や鍛冶屋にウェイトが置かれるはずだ。軍備的な面を考えても仕立て屋の予約が一年も埋まるのは考えづらい。その理由を遠征経験があるヴェイグが述べた。
「大方、見栄を張るためだろう。そのために貴族服やら騎士服を大量発注させたと思う」
「数年周期でやるんなら、長期的にやれって言いたいですよ」
「それだと色褪せが気になったりするからしたくないんだろうね。とりわけ東の四聖貴族のお方は『橙色』を基調としているから」
この国は王族だと『紅』の王族服、ノースリッジ公爵家は『青』、ウェスタージュ侯爵家は『濃緑』、アルジェント侯爵家は『黒』の貴族服を纏うことが許され、それ以外の貴族は基本目立たない系の色をベースにした服を纏うことが多い。そしてオームフェルト公爵家は『橙色』の貴族服が許されているのだ。ワインでもこぼしたら簡単にシミになるな。
とはいえ、そうなるとジークフリードが着る予定の新郎服の完成目処が立たない。最悪式の延期もありうるのだ。というか、それを意図的に狙ったような印象しか出てこない。俺はラルフから東方遠征の経験談を聞いているから余計にかもしれないが。
「ジーク兄様、結婚式で着る服ってどんな感じです? 絵でもあればいいんですが」
「それなら……これは父上から貰った服だよ」
この世界だと、貴族服に準じた色の紳士服になる。新婦のウェディングドレスは純白らしい。なんでも、清らかなイメージを大切にするためとしてティアット教に書かれているそうだ。なお、王立学院も四聖貴族は特注の制服になると説明を受けた。シャツはさすがに白だけれど、黒の新郎服ってどう見ても転生前の葬式で着るイメージしか出てこないのには内心苦笑した。
「じゃあ、ジーク兄様のサイズなら、このスーツでいけるかなと」
それを見たシュトレオンは、アイテムボックスから木のハンガーに掛けられた一着の黒いスーツを取り出した。これにはジークとヴェイグの二人も吃驚したようだ。そんなことも気にせずに俺はスーツを手渡した。ベースは先程見せてもらったものと同じだが、シルバーの装飾があちこちに散りばめられている。この世界の婚姻ではできるだけ金色を使わないのが礼儀と聞いたからだ。
「え、これは……」
「元々兄様に何かプレゼントしようと思ってたんです。正直こんなことになるとは思ってもみませんでしたが」
「いや、そういう考えになるのが普通だ。しかし、いいのか? 見るからに高そうだが…」
「実は動きやすい貴族服をどうにか作れないかなって。とはいえ、仕立て屋に丸投げは嫌なので、自分で試行錯誤してたんですよ。なので、そのうちの一着ってだけです。素材は全部魔物から調達したので」
貴族服って基本動きづらいものが多すぎる。なので、『世界書庫』から服飾の知識を引っ張ってきたのだ。ちなみにだが、複雑な構造物も考えて女性のドレスも存在していたりする。あくまでも勉強の一環なので、そういう趣向はないと言っておく。
「ちなみに素材は?」
「基本はカイゼルタランチュラの巣の糸と繭の糸です。装飾は純銀に防腐のエンチャントを掛けています」
カイゼルタランチュラは結構ユニークな生態で、卵をいっぺんに100個も生み、それらを一個ずつすべて繭で丁寧に包んでいる。繭自体が栄養価の高いもので、蜂のロイヤルゼリーみたいなものに近い。
子どもの蜘蛛はそれらを食べて成長すると、なんと最後の一匹になるまで争うバトルロワイヤル状態に突入する。そして最後の一匹になった蜘蛛は親蜘蛛を食べて、次の親蜘蛛になる。
前世の記憶からすれば数を増やして生存を図る生物の節理からかけ離れているが、S級以上の魔物となれば余程のことがない限り特定の縄張りを線引きして食物連鎖のバランスを維持するだけの知性を有している。
一部の地域ではこの魔物を養殖して利益を上げている地域もあるらしいが、極力人の手を入れずに自然な環境で作られた糸のほうが高品質であるためと、ティアット教においてカイゼルタランチュラは聖獣に準するような位置づけとされているため、親蜘蛛自体の殺生は禁じられている。
万が一親蜘蛛が死んだ場合、即座に卵を地中に産み付けるという生存本能もしっかり備わっているため、生態系が大きく狂うこともないとのこと。
この蜘蛛の巣を形作っている糸がかなり弾力性があり、伸び縮みしやすい。一方の繭の糸は編み込んで布にすると肌触りがよく、季節によって通気性・保温性を自動的に調整してくれるのだ。自然のエンチャント素材なので、値段がかなり高い。繭一個が約三メートルぐらいあって、換金すると100万ルーデル相当。巣一個でも最低50万ルーデルの値段がつく。
その分、繭を手に入れるには警戒心の強い親蜘蛛を潜り抜けないといけない。この魔物、ランクはS級だが、繁殖期はSSS級に上がる特殊な魔物の例だ。俺の場合はというと、遠距離から『魔術転移』で近づいて魔法剣で一撃。
ちなみにカイゼルタランチュラは毒を持っているが、水につけると毒性が完全に消えて、試しに塩茹でしたところ体の色が真っ赤になった。足のところを食べてみたらカニの味がした。ファンタジーということはわかっているのに、なんだか納得できなかった自分がいたのだった。カニもどき煮込みとして辺境騎士団のみんなに振舞ったら割と好評だったが。
「え?」
「えっ?」
で、素材のことを聞いたジークフリードとヴェイグの表情は、完全に凍り付いていたのであった。あの蜘蛛、確かに探知能力はすごいけど背中に張り付いたら楽勝よ? ふつうは無理って? ピンポイントでエクスプロージョン放てば行けると思うけれどね。
なお、以前実験がてら一般的な魔力消費のエクスプロージョンを体長約10メートルのクラーケンとかいうイカの魔物にぶっ放したら、水蒸気爆発が起きて消滅しました。解せぬ。
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