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第二の人生、気の向くままに  作者: けるびん
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第18話 お粗末な罠とブーメラン

 シュトレオンはそのまま転移でセラミーエの屋敷に戻った。そして手紙をバルトフェルドとエリスに渡した。受け取った手紙を読んだバルトフェルドは俺を見つめると、悲しそうな表情を見せていた。そして口に出したのは謝罪の言葉であった。


「すまないな、レオン。お前にまで酷なことを……だが、いいのか?」


「グラハム伯爵に入れ知恵した時点で覚悟は決まってます。それに、ヴェイグ兄様から同い年にオームフェルト家の人間がいることは聞いていますので、寧ろ願ったりかなったりです」


 向こうは侯爵と公爵の違いで偉そうな態度を取るかもしれない。だが、現状準男爵ならシュトレオンはれっきとした貴族の当主扱い。とはいっても、全然現実味ないのは確かなことだが。その一方、エリスは涙ぐみながら俺を抱きしめた。あの、胸部装甲で息苦しいです、エリス母様……そんな様子にミレーヌは笑みを零している。母上、ヘルプ、ヘルプ!!


「ありがとう、シュトレオン。ライディースにもチャンスをあげてくれて」


「ある意味兄を売ったようなものなんですが……いいのですか?」


「グラハム伯爵は私もよく知っている。あの人ならライディースをしっかり育ててくれるでしょうから」


 育てるというか、あの人ならスパルタも温い鍛練法持ってそうな気がする。だって、服の上からでもガッチリとした筋肉があるの見えたからね。多分王国最強を誇るフィーナさんの師匠はあの人だ。ライ、もしもの時は骨ぐらい拾ってやる。


 そうして暫くはセラミーエとリスレット郊外を行き来している日々が続いたのだが、そんなある日。シュトレオンがリスレット郊外の騎士団敷地に足を踏み入れると、辺境騎士団の面々が落ち込んで葬式のお通夜のような雰囲気を醸し出していた。え? なに? 誰か死んだの? とか思っていると、リリエルが俺の姿に気づいて走ってきた。しかもガチ泣きで。


「レオンじゃまああああああああ!!!」


「え、どういうこと!?」


 とりあえず、斜め45度のチョップで強制鎮静化させて、話を聞くことになった。全員正座しようとしたので、命令で立たせた。改めて言うけど、俺に騎士団の命令権ないからね? 

 この中でまともに話を聞けそうなのは赤髪の男性騎士。年齢は二十代半ばぐらい。名はラルフ・フォン・ナスタニアといい、ナスタニア準男爵家の次男。軽そうな雰囲気だが根はしっかりしており、機動力だけ見ればリリエル曰くフィーナ以上だと言う。

 とはいえ、本人は『目立っても面倒なんで、ここでのんびりしてるほうが性にあってるっす』とか言っちゃうぐらい昇進に欲がない。それは貴族のいろんな部分を見てしまったからだろう。


「実はっすね。俺らに強制転団命令が出たらしいっすよ」


「ちょっと、ラルフ! レオン様に何て口の利き方を!」


「いいよ、気にしないから。それで、強制転団って?」


「貴族なら普通は聞かないっすよね。戦時中やそれに準ずる状態になった際、指揮系統を統一するために行われることっす。東方遠征ではそれでひどい目にあったっすから」


 ラルフは元々東部方面の辺境騎士団に所属していたのだが、7年前の第13次イスペイン攻略作戦の際、それによってレーディン領邦騎士団に組み込まれて、雑用などの後方支援に回されたという。このついでなので、ラルフにその東方遠征について聞いてみることにしよう。その前に、流石に外で会話というのも変なので、場所を移動しようと思う。


「7年前なら生まれる前か……ラルフ、ちょっとそのことも聞きたいから、続きは会議室でもいいかな?」


「了解っす。しっかし、向こうの貴族なら言い方一つでも怒られたんすよ」


「まぁ、公の場できちんとしてくれたらいいとは思うけどね、僕は」


「そういう貴族ならホント楽っすよ。できるならレオン様の部下として働きたいぐらいっす」


「あ、ずるいですよラルフ! 私も立候補します! もしくはm」


 いつの間にか復活したリリエルの言葉はスルーして、消沈している騎士団の面々を何とか会議室に押し込めたうえで、シュトレオンとラルフとリリエルは椅子に座った。ほかの面々は余りのショックで壁にもたれかかったままだ。そしてラルフから東方遠征での経験を聞いたのだが、それを聞いた俺は正直にこう言った。


「ゴメン、暴言吐くことになる。……それ、作戦? 馬鹿の一つ覚えの突撃でイスペイン攻略? そんなの13回繰り返したの? 愚の骨頂だよ、それ。オームフェルト公爵家は兵士の遺族に全力で土下座のレベルだと思う」


「やっぱ、レオン様もそう思っちゃうっすよね。暴言の一つぐらいは仕方ないって思ってたっす。俺っちも偶然作戦内容を聞いたんですけど……正直呆れたっす」


「リリエルは何か知ってたりはする?」


「私は何も。確か兄は参加していたはずですが……そんな内容だなんて、初めて知りました」


 確か、ヴェイグの話だと来年第14次東方遠征が決行されるらしい。でも、そろそろ潮時というか、引き際を間違えすぎてズルズルやってる感が否めない。一回の戦争でも莫大な金が掛かるのに、それを13回もよく許してきたと思う。

 それはともかく、騎士団の面々がここまで意気消沈するとなると、ただの強制転団ではない様子だということは見て取れる。その理由に関してラルフが答えてくれた。


「その命令書には『南方方面辺境騎士団はセラミーエ領邦騎士団に転団とする。ただし、以後辺境騎士団への再編成はないものとする』とあって、その文書の署名にはバルトフェルド侯爵の名前があったってことです」


「あ、ちゃんと喋れたんだ」


「気を抜くと語尾が残るっす」


「あの、今そこが問題ではないかと」


 辺境騎士団は王都騎士団に属する。しっかり手柄や実力を示せば、王都騎士団への道も開ける。だが、領邦騎士団は各々の貴族家が持つ戦力なので王都騎士団と別の組織扱い。その命令書では出世の道を強制的に閉ざすことになるのだ。そんな命令を父が出した。


 リリエル曰く、ここにいる辺境騎士団の面々は昇進に対する欲がない者しかいないそうだ。となると、意気消沈という言葉よりも、信じられないという言葉が一番適切だろう。それも含めて、シュトレオンは騎士団の面々に尋ねた。


「つまるところ父上が、そんな命令を出したことが信じられなかった……その認識に間違いはない?」


 その言葉に、落ち込んでいる騎士たちが頷いた。

 先日までの情勢なら強制転団もあり得たはずなのに、父はそれに踏み切らなかった。ガストニアとの講和も成立し、これから本格的な国交活性化という時期の強制転団という出来事に『何故なのか?』と疑問を抱いている者もいた。

 対グランディア帝国も見据えて、という理由も考えられなくはないが、相手方の25万人という人的損害は決して軽くない。そんな小手先の事するぐらいなら、純粋に人員を増やして南方国境方面の防衛力を上げるほうがよい。


 なので、仮に強制転団をやるとしても完全に時機を逸している。


 というか、シュトレオン自身もこんなやり口を取るような父親ではないと思っている。何せ、母曰く『臆病なぐらいが丁度よい人間』なのだ。

 もし父が辺境騎士団の面々を領邦騎士団に組み入れるとしたら、必ず国王と騎士団の人事権・命令権などに関わる人物からお伺いをした上で、ジェームズ子爵やグラハム伯爵などに相談した上で決定を行う。

 シュトレオンはそう思いつつ、リリエルからその紙を受け取った。


「それに、父なら直接出向いた上で全員納得するように便宜を図る。いくら忙しくても、このような軍事的事項なら最優先してリスレットに赴くと思う」


 それこそ誠実を人の形にしたかのような人間だと言われるぐらいだ。そんな彼が紙切れ一枚で済ませる理由が皆無すぎる。

 その紙切れの文面を見てみると、強制転団のことに加えて来年の第14次東方遠征への強制参加も含まれている事に気付く。


『セラミーエ領邦騎士団は東方の脅威を取り除くべく、追随するものとする』


 この一文だ。どこにも遠征の文言は入っていないが、東にある国でエリクスティアと戦闘状態が続いているのはイスペイン王国しかない。

 ラルフから聞かされたあんな滅茶苦茶ともいえる作戦に、正直参加する意味合いがない。しかも実家の騎士団まで遠征に参加するような内容に、シュトレオンはその紙を破りたい衝動に駆られたが、何とかこらえた。そして、ここまで来て騎士たちの消沈の意味をもう一つ知った上で俺はラルフに問いかけた。


「ラルフ、ひょっとして東方遠征の可能性と内容を全員に?」


「そうっすね……正直嫌っすよ。でも、命令ならそうするしかないじゃないっすか」


 ふざけるな、と言いたくなった。それはリリエルでも、ラルフにでも、落ち込んでいる騎士に向けてではない。こんな命令をでっち上げた張本人にだ。無論、父であるバルトフェルドは十中八九無罪だろう。

 なので、リリエルやラルフを含めた騎士たちにこう言った。


「……みんなは、とりあえず気持ちを整理して。俺は早急に確認してくる」


 シュトレオンは敷地から少し離れて転移した。

 まずはリスレットの領主邸にだ。執務室ではジェームズ子爵が書類に目を通していたところに俺が姿を見せたので、少し驚いていたようだ。この人にも転移魔法を使えることは教えている。生粋の武人もその危険性を理解しているからか、秘匿にすることも約束してくれた。


「おお、これはシュトレオン様。どうかなさいましたか?」


「子爵閣下。実は辺境騎士団宛にこのようなものが…」


 シュトレオンがその紙を見せてジェームズ子爵が目を通すと、紙を持つ手は完全に震えていた。そして、手の震えが収まると俺に紙を返し、ゆっくりと口を開いた。


「王城から辺境騎士団宛の手紙と預かっていたが……しかし、これはバルトフェルドではないだろう」


「と、いいますと?」


「うむ。国家に関わるものは何であれ、当主の署名と家紋の押印がセットとなっておる。領内であろうとも無論だ。署名だけで済むのはせいぜい挨拶の手紙ぐらいだ」


 個人的な手紙だけというのは、まあ当り前だろう。自分の転生前の世界でも公的の文書は署名と印鑑と身分証明が必要なわけだし。というか、辺境騎士団という国家に関わることを署名だけで許可できるはずもない。となると、誰かが父の署名を真似て送り付けたとしか考えられない。


「父上への嫌がらせってことですか」


「その黒幕の予想もつくがの……シュトレオン様、直にバルトフェルドへ取り次いだほうがよいかと」


「ええ、ありがとうございます子爵閣下。失礼しました」


 シュトレオンはジェームズ子爵にお辞儀をした上で、そのままセラミーエへ転移した。転移先はバルトフェルドの執務室であり、いきなり姿を見せた俺に吃驚した表情を見せていた。


「うおっ、レ、レオンではないか。それが転移魔法なのか?」


「ええ、そうです。それよりも父上、かなりまずい事態です。辺境騎士団にこのようなものが……」


 ジェームズ子爵の時と同じようにバルトフェルドにも見せた。無論、紙に関しては一度返してもらった。それを見た彼は……本気で頭を抱えていた。


「私はこんな命令書を書いた覚えがない。それに、来年の東方遠征参加など一切しない。今はガストニアとの国交回復などが最優先だというのは、お前も聞いているだろう?」


「ええ。ですが、これは放置できません」


「それは解っている。だが、転移魔法はお前が行った場所でないと転移できないのだろう?」


 その辺りのことは確かに間違っていない。確かに通常の転移魔法ならここから王都までは無理だろう。シュトレオン自身、王都にはまだ行ったことがないから。だが、一つだけ方法はある。その意味も込めて、俺はバルトフェルドに尋ねた。


「父上、ヴェイグ兄様は王都にいますよね?」


「え? あ、ああ。今日は確か学院が休みだから王都の屋敷にいると思うが」


 それを聞いたシュトレオンは『世界地勢』でヴェイグの魔力を検索する。実は検索機能に一度接したことのある人なら魔力検索できる記憶機能もついている。そしてヴェイグの現在位置を確認。一回目はちゃんと確認しなかったので危ない目にあったからな。見た感じ屋敷の中のようだ。

 何をしているのか解らず首を傾げるバルトフェルドに俺は声をかけた。


「ヴェイグ兄様は王都にいるみたいですね。父上、転移しますので僕に触れてください」


「ほ、本当か? 一気に王都に行けるのか?」


「ええ、ミランダへ行く際にこの方法で成功していますので、大丈夫です」


 バルトフェルドの手が自分の肩に触れたのを確認して、シュトレオンは『魔術転移』を発動。二人は光となって執務室から消えた。

 そして、俺らは王都にあるアルジェント侯爵家の屋敷の一室、ヴェイグの私室に転移した。部屋の中はトレーニング機材で溢れていた。そして、ヴェイグは姿見の前に立っていた。


 何故存在しているのか解らないブーメランパンツ一丁で。


「……父上」


「……育て方、間違えたのかもな」


 事は急を要するのにそれを一気に吹き飛ばされた感じがして、シュトレオンとバルトフェルドは姿見の前でポージングを繰り広げる次兄の熱心さに若干引いていたのであった。


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