チャンドラー
「アストニアの感謝祭は、国王陛下が臣民の一年の働きをねぎらうものです。貴族も平民も大人も子どももまざって夜通し食べて飲んで踊るんです」
侍女のセリーナは、バスタブに浸かるルシナの髪をとかしながら説明した。
「スパイス入りの温かいエールが配られて……味はそこそこですが、感謝祭と言ったらアレは欠かせません」
「へぇ、ぜひいただきたいですね」
「キャンドル細工が街中を埋めつくすのも圧巻ですよ。あとはアストニアの伝統で、若い女性は想い人にキャンドルを贈るんです。そうしたカップルは永遠に結ばれるんですって」
「……」
ルシナは気持ちよく頭をセリーナにあずけ、湯気の立つ天井を見あげた。
――コーネリアスに贈ろうかな、キャンドル。
「き、既婚者がやると呪われるとか、ないですよね……?」
「そんなことございません! 年配の方はそこまでお見かけしませんが、若いカップルなら誰でもやりますよ」
よかった。耳飾りのお礼をしたいと思ってたから。
「旦那様にご用意なさいますでしょう、奥様? 蜜蝋の甘い香りでふたりの距離も近づくとか♡」
「……!」
赤くなるルシナ。にんまりするセリーナだが手だけはせっせと動かし、ルシナのクリーム色の髪を艶やかに伸ばしていく。
「アシュフォード夫妻おふたりでの公式行事参加は、結婚式を除けばはじめてですものね。私も張りきって準備いたしますわ」
「は、はい。お願いします……」
――〝妻として君も出席するようにと陛下が仰せだ〟
ルシナは先日、コーネリアスから感謝祭の式典へ同伴するように言われていた。アストニア王からの要請らしい。せっかく王都に英雄がいるのだから、労をねぎらう式典に顔を出してほしいのだろう。
彼、最近忙しそうだけど、イベントがあればいっしょに街を歩いたりできるのかな。そろそろ辺境にもどるのかもしれないし、王都でデートするなら今のうちよね。社交嫌いなら式典もお祭りも乗り気じゃないかもしれないけど、プレゼント喜んでほしいな。
「チャンドラーを呼びますね、奥様」
どぎまぎしているルシナの後ろで、セリーナはぶつぶつひとりごとをはじめた。
「アシュフォード家で考えると、若者の催事には長いこと疎遠でしたのでどうしましょう……。贔屓のチャンドラーがいるのかしら。侍女長か家令に聞いてみませんと」
✧ ✧ ✧
「うちの工房は精製を抑えた褐色蜜蝋を使います。自然そのものの甘い香りを残しながらも、ムラなく見た目も美しい最高品質でございます」
「私どもの店では練りこむ香料をお選びいただけます。薔薇、ラベンダー、スパイスなどご用意がございます。紋章やイニシャルの刻印もうけたまわっております」
「北方の深く香しい樹脂を蝋に加えました。落ち着いた甘さで紳士方からご好評いただいている配合です」
「王都のチャンドラーギルドで組合員が毎年選ぶ灯火章を2年連続いただいております」
セールストークが入り乱れる応接室。アシュフォード邸に押しかけたチャンドラーは老若男女まざる。彼らはそれぞれの工房を代表して商談に来ていた。ソファ席にぐるりと座り、アシュフォード家の家令に――そしてルシナにも聞こえるようにキャンドルをアピールする。
喧騒から離れたテーブルで、ルシナはセリーナとカタログをめくっていた。ソファ席とテーブルの間には侍女長とフットマンが立ち、物々しい雰囲気すらある。警戒態勢を隠さない形の商談だが、『アシュフォード夫人毒殺未遂事件』が世間に知れ渡っているため、チャンドラーたちも特別不審がっているわけではなさそうだ。むしろ、〝王都で人気のカップルに選ばれたキャンドル〟の称号欲しさに、皆ギラギラしている。
「イベントもののキャンドルですから、実用性は別と考えたほうがよろしいかと」
セリーナが横から助言する。
「奥様も旦那様もお若いですから、思い切って派手で大胆なものもいいでしょうし……迷いますね。旦那様のお好みにも合わせたいし……」
「……あら」
カタログをめくるルシナの手がとまる。
「手作りもできるのかしら?」
ページには手作りキャンドルのキットが載っている。
「そうですね……お手製キャンドルはどちらかというと平民のお嬢様方に人気ですが、貴婦人方にもいらっしゃいますよ。手作りで心がこもったプレゼントなら当然男性も喜びますし、逆に既製品だからダメというわけでもありません。お好みで決めてよろしいでしょう」
「……作ってみようかしら。感謝祭まで時間があるし、また手芸がしたいです」
「では工房を選びましょうか。オプションは――」
真剣に吟味しだすセリーナを頼もしく思いながら、ルシナの頭には何か不思議な違和感がよぎる。
さっきからなんなのかしら。カタログを見てると、変な感じが……懐かしいというか……。
「?」
ふと顔をあげるルシナ。射貫くような視線を感じたのだ。
「……」
ソファ席に視線を走らせるが、どのチャンドラーも家令へのアピールに必死に見えた。
――気のせいかな。
✧ ✧ ✧
応接室から出ていくチャンドラーたちは、背中を丸めて肩を落としていた――ひとりを除いて。彼は唯一商談がうまくいったと見える。
「若草色で可愛らしいですね」
セリーナがルシナに笑いかける。ルシナが選んだのは緑色の着色ができるほんのり甘い蜜蝋のキャンドルキットだった。帰っていくチャンドラーを見送りながら、何の気なしにカタログをパラパラめくるルシナ。セリーナは腰をあげ撤収の準備に入り、侍女長とフットマンは客人を応接室から押しだすようにして出て行った。ルシナはまだ先ほどの既視感が気がかりだった。
「え」
「どうかされましたか?」
振り返ったセリーナから隠すようにパタンと冊子を閉じるルシナ。
「いいえ、なんでもないわ」
作業に戻るセリーナを横目に、ルシナは冷や汗をかきながらそっとページをひらいた。
『王女はゴーストに不満?』
挟まれた小さな紙切れ。見覚えのある文字。
そういえば、このカタログの文字も――。
「奥様!?」
セリーナの声を置き去りにしてルシナは駆けだした。
✧ ✧ ✧
「ハァ……ハァ……」
屋敷の正面口を飛び出したルシナは往来に目をやる。街中にあるアシュフォード邸前の大通りはいつも人や馬車の行き来が盛んだ。通り沿いに停めてあった馬車に乗り込んだり、徒歩ですでに通りの向かいに渡ってしまったり、チャンドラーたちはそれぞれの店に戻っていくようすだ。
「……ハァ」
誰が――……。
焦って視線をあちこちに動かすルシナの顔に、キラッと眩しい光が当たった。
「ッ……」
目を細めるルシナだが、光はまだ不自然にチラチラと視界をさえぎる。光源らしき方向を見れば柵と茂みの向こうに人影があった。ルシナと一瞬視線がまじわる。
――鏡の光?
いぶかしげに見つめるルシナを無視するように、その人影は柵に沿ってアシュフォード邸の外周をめぐるように歩きだす。
「待って!」
ルシナは階段を駆け降りて、相手に導かれるように庭のほうへ。
「……ハァ、ハァ」
柵ごし進んで行く背中が見切れる。息を切らせて追いかけるルシナ。
「……待って……っ」
ぴたり、と人影は足をとめた。質素なスカート。若い女だ。ルシナはガシャッと柵を掴んで息を整えた。
「ハァ……ハァ、貴女が……ゴースト?」
木漏れ日が複雑な影を落とす中、彼女は薄い唇をひらいた。
「……あたしも半信半疑だった。この屋敷の他の奴がルシナ・アシュフォードのフリをしてるのかもって」
冷たい金属を挟んでルシナを見つめる碧い瞳。無造作にまとめあげた赤毛。
「でも、こうして追いかけてきたってことは。王女様、あんたがあたしとカササギ便をやりあった奴だろ」
✦ つづく ✦




