ep53 ルドミナの選択
ヤルグは耳を疑った。
ガイラックの秘書は一切の動揺を見せずに続ける。
「ヤルグ様は確かにお強いですが、今のままでは例えガイラックを倒しても、無事ではいられないかと思います。私の手引きがあれば、より容易に倒せると思いませんか?」
ヤルグは無言で見つめた。
しかし、フクロウのその顔からは真意はおろか、感情すら読み取ることは出来なかった。
「今日初めて会った、それも敵側の奴のそんな言葉を信じると思うのか?」
暫くの沈黙の後。
「賢明なご判断かと。」
女は後ろを向き、顔だけヤルグの方へ向ける。
「今の話は頭の片隅に置いておいて下さい。勿論、ご内密に。気が変われば、こちらはいつでも対応致します。それでは。」
女は全身フクロウになり、空へ飛んで行った。
ヤルグは女が消えるまで見つめていた。
(・・・女狐め。)
グレイスに着いたヤルグを門番はすぐに気付いた。
「ヤルグ様ですね。ルドミナ様がお待ちです。どうぞこちらへ。」
案内された二階建ての家のデッキに四天王ルドミナがいた。
人間の上半身に頭足類のような触手の下半身。たしかスキュラと言う種族だ。余り覚えていないが、マーメイドの突然変異種のようなものだった気がする。
「ようこそ。魔王ヤルグ。」
おっとりとした穏やかな口調だった。
「どういうつもりだ。」
「どうもこうも無いわ。貴方を敵に回したくないだけよ。」
「貴様が魔王軍である以上、避けられぬ話だな。」
「それに関してはガイラック様からの離反を考えてるわ。」
「離反だと?」
「そうよ。」ルドミナは悪びれもなく言った。
戦時下、それも四天王として地位があるものが君主を裏切るなどと、ヤルグには理解出来なかった。
(ガイラックの王の資質が低いのか、それともこの女がイカれているのか・・・)
「中々のクズだな。」同じ魔王だった者としてはガイラックに少しだけ同情した。
「何と言われても構わないわ。私は民を優先するの。」
「ガイラックが離反に気付いた時点で、貴様も標的になるはずだ。逆に民を危険に晒す事になるぞ。」
「その為に南部の町を壊さずにいるの。住人達は逃がすわ。私一人で相まみえるつもりよ。」
「・・・覚悟は出来てると言う事か。」
「ガフが来たら、流石に厳しいけどね。でも彼は貴方にご執心だわ。」
「奴は俺が始末する。」
「あら、貴方もご執心ね。相思相愛で羨ましいわ。」
「ふざけるな。」
ルドミナはフフッと笑った。
「まぁいい。貴様らの内輪揉めに興味は無い。それに四天王が減るならこちらには好都合だ。」
「なら、ゆっくりしていって頂戴。」
「いや、その前に魔王軍の情報を寄越せ。それがなければ信用に足るとは言えん。」
「それは無理ね。」
「何だと?」
「正確に言えば、今は無理よ、少し時間を頂戴。」
「どういう意味だ?」
「離反するつもりではいるけど、ガイラックと人間両方を相手にするのは難しいの。今、人間軍に書簡を送ったわ。」
「同盟か。」
「ええ、でも人間からすれば私はアリアンを滅ぼした魔王の手先。彼らを呼んで、話し合いの結果次第になるかしらね。」ルドミナは少し寂しそうに言った。
「同盟を組めれば、晴れて人間の仲間。貴方にも情報は渡すわ。でも決別したら、少なくとも終戦を迎えるまでは魔王軍ね。私と戦うかどうかはそれまで待ってくれないかしら?」
「人間どもいつ来る?」
「もう書簡は送ってるわ。主要人はファーランに辺りにいるはずだから、早ければ五日と言ったところね。無論、人間側が書簡を破り捨てれば、それまでだけど・・・」
ヤルグは海を見て、少し思案した。
戦争を嘲笑うかのように穏やかな波が揺れていた。
「分かった。数日ここを離れる。戻ってきた時までには話をつけておけ。」
「離れる?どこへ行くの?」
「ルトワだ。」
「龍に会いに行くのね。」
「ああ、ここまで来たならついでだ。それにどうせこの会話も聞かれてるだろう。」
「恐ろしい方ね。」
「精々、人間との会合が上手くいくことを願ってろ。邪魔したな。」
立ち去るヤルグに、ルドミナが後ろから問いかけた。
「貴方は人間の味方なの?」
ヤルグは立ち止まり、様々な考えを巡らせた。
「さぁな・・・」
それはルドミナではなく、自分自身に言った言葉だったかもしれない。
一行がファーランに戻った時、ポルガ崩壊の知らせとルドミナの書簡が同時に届いた。
フィーナの胸を借り、泣き喚きながら崩れ落ちたライムに、誰一人として掛ける言葉は見つからず、ただただ見守ることしか出来なかった。フィーナはただ優しく髪を撫でた。
ルドミナの申し出には賛否があったものの、四天王が味方に付くと言うのは、人間側にとって申し分ない話ではあった。
敵の支配下である以上、大隊は動かせない為、代表者としてベイル、オリビア、レックス、フィーナと少数の兵でグレイスに向かう事でなった。




