ep32 龍と竜
ドワーフの坑道で一晩泊まったヤルグとエミリアは、昨日と同じ部屋でゴロワと話をしていた。
多くの話はエミリアが生まれる遥か昔の話で、とても興味深いものだった。
「しかし、ヤルグ様がよもや人間の女性と結ばれるとは、昔の仲間たちが聞いたらさぞ驚くでしょうね。」
それを聞いたエミリアは顔を真っ赤にして俯く。
そんな彼女を尻目に答えた。
「いや、そうじゃない。そう言えば話してなかったな。」
ヤルグはゴロワに事の経緯を説明した。
「いやはや、そうでしたか。これは失礼を。しかしながらその話、強ち間違えではないかもしれませんな。」
「俺が神に選ばれたとでも言うのか?」
「いえ、そうではありませんが、このタイミングで復活したと言うことは、神に近しい誰かの力が動いたかも。」
ヤルグは少し考えて「龍か。」と答えた。
「可能性はあるかと。」
「すみません。」エミリアが口を挟む。
「龍と竜とは何が違うのでしょう?」
ヤルグとゴロワが目を見合わせる。
「伝承やお伽話では龍と呼ばれています。ですが実際の魔物は、形は同じでも竜と呼ばれています。二つの違いは何なのでしょうか?」
「そういうことか。」
「人間は龍など見たこと無いでしょうから、認識の違いは出るでしょうね。」
「エミリアは世界の始まりを知っているか?」
「世界の始まり?創世記の事ですか?」
「そうだ。」
「創造神アプラ様がこの世界を造り上げたと聞いております。」
「それは正確には正しくない。」
「そうなのですか?」
「ああ。世界は二人の神によって造られた。生と創造の神アプラ。そして死と破壊の神カーレだ。だが世界を造った時、一つの矛盾が生まれた。」
「矛盾・・・ですか?」
「ああ。死を司るカーレ自身が、死を経験していないと言う事だ。」
「カーレは死んで、死後の世界を統治することにした。だが、あちらの世界からでは、こちらの世界に干渉する力が弱まる。だから二人の神は力を合わせて3体の龍を造り出した。それは神々よりも強固な存在だ。」
「神々よりも・・・」エミリアが驚く。
「その甲殻は全ての魔法を無効化し、この世の何よりも硬いと云われる。奴らは天界、魔界、そして狭間にある、この狭界に一体ずつ置いた。」
「龍は世界の調律者だ。世界に多大な影響を及ぼす変異が起きれば、異常を排除し均衡を保つ。そうしながらゆっくりと力を溜めている。」言いながらヤルグは手を前に出し、ゆっくりと握る。
「そして、奴らが力を溜めきった時。」
握った手をパッと開いた。
「世界を破壊する。」
「えっ!」
「それは世界の終焉だ。人間は勿論。神も魔族も奴ら自身をも消し去る。文字通り、この世界そのものが消えてなくなる。」
「そ、そんな・・・」
「心配するな。百年二百年の話ではない。その頃には我々などとっくに死んでる。神々は始まりと共に終わりを制定したと言うわけだ。」
エミリアはショックだったのか黙りこくってしまう。
「エミリアが訊いてきたように人間達にとって龍は、その存在すら曖昧な空想の産物だ。天界の連中は原始の神の意思に従順だから何もしない。だが魔界の奴らは違った。自分たちの終わりを勝手に決めさせるわけにはいかなかった。」
「俺が生まれるより遥か昔の話だが、その頃魔界を治めていた7人の強大な魔王達が手を組み、魔界全土の魔物を率いて龍に戦いを仕掛けた。後に魔龍戦争と云われるものだ。」
「十年掛けて行われた戦争の末、何とか龍を討ち滅ぼす事に成功したが、7人の魔王は1人しか残らず、魔界に生ける者の9割が死滅した。」
「そうして倒した龍の剥ぎ取った鱗から造り出した魔法生物が竜だ。」
「そうだったのですか・・・」
「ああ。だが、竜は龍のように強いわけではない。ただ、高い生命力と適応力で様々な環境に合わせて進化をし、その環境に適した強力な属性の力を得る。だから生物としてはかなり脅威な部類に入るな。」
「魔界の龍が死んだと言うことは、世界の終わりが来ても、魔界だけは残ると言うことでしょうか?」
「いや、残念だがそれは無い。そもそも3体のうち、1体でもいれば、世界を壊せるらしい、3体いるのは言わば保険だな。奴らはそれほど強大だ。だが調律者を失った魔界は混乱を極めた。まぁ、魔界らしいと言えば、魔界らしいがな。」
「でも、今まで一度も見付からないなんて事があるんでしょうか?」
「そもそも人間の行けるような場所ではない。奴はいつも、ルトワ火山のマグマの中で寝ている。」
ガイラックのいる魔王城とアリアンの間に位置する大きな火山。
「マグマの中に?」
「奴にとっては水と変わらん。」
「お会いした事があるのですか?」
エミリアの質問にヤルグの表情が少し曇った。
「あの時のヤルグ様は大変お怒りになられておりましたな。」ゴロワが代わりに答える。
「どうしてですか?」
ゴロワはにやけながら聞いた。
「なんと言われたのでしたかな?」
「うるさい。分かっているだろ。」ヤルグは食い気味に返した。
「いえ、この歳になると物忘れが多くて・・・何でしたかな?」
「何と言われたのですか?」
二人に訊かれ、ヤルグは珍しく恥ずかしそうに答えた。
「坊や程度の脅威でアタシが動くわけ無いだろう。だ。」
ゴロワは吹き出した。
「帰ってきてから、それはもう大荒れでしたな。」
「うるさい。その話はもう終わりだ。」
「しかし、ガイラックがヤルグ様と比べて脅威になるとも思えませんね。もしかすると本当にヤルグ様は選ばれたのかもしれませんな。」
「どういう意味だ?」
「ご自身の呪いとは言え、数百年の間、聖剣の中で眠っていた訳ですから、ヤルグ様の中で何かが変わっているのかもしれません。」
「俺の中で・・・」
ヤルグは自分の手をまじまじと見る。しばらくすると、鼻で笑い、こう言った。
「俺が何者であろうと、ガイラックを殺すことには変わらんさ。」




