ep22 カヌリアの町で①
ヤルグの放った一撃が大きなゼクロトカゲの首を当たる。
呻き声とともに魔物は絶命した。
教会の町を出て以来、まともな食事を食べていなかったヤルグは、ゼクロトカゲの尻尾の肉を手頃なサイズに切り出し、生のまま、口に放り込む。
数回咀嚼した後、吐き気を催して吐き出した。
(生肉を受け付けんとは、面倒な身体だな。)
仕方なく塊を切り出し袋に詰めると、地図を取り出した。
砦にあった地図には町や村が正確に記載されていたが、持ち運ぶのには少々大きすぎた為、教会で貰った地図に書き足しておいたのだ。
(もう少し行けば町があるな。)
焚き火で肉を焼けば、魔物が寄ってくる可能性があった。ただ魔物が来るだけであれば、返り討ちにすればいいだけのことだったが、魔王軍となれば話は別だ。何せここは敵地の真っ只中。みすみす敵に居場所を教えてやる理由はない。
せめて屋根のある場所ならば多少は見つかる可能性を減らせるだろう。
ヤルグはそう考えながら南へ足を進めた。
辿り着いたのはカヌリアという町だった。ヤルグの予想通り、廃墟と化している。
ヤルグは周囲の状況を確認した。
(やはりもぬけの殻か。位置からして魔王軍が拠点にする理由も無いしな。)
改めて町を見る。十数件の家と教会がひとつ。どれも無惨な姿だった。一件の家だけが燃やされ崩れ落ちていた。
(女、子供はここに詰め込んで焼き、男は奴隷として連れ去ったか。)
消し炭の中に何か光る物がある。ヤルグが手に取ると、それは十字架のネックレスだった。
ヤルグは教会を見つめた。象徴とも言える屋根の十字架は、人が居なくなったにも関わらず、誇らしげ立っている。
(カヌリア・・・豊穣の神の名を冠する町。さぞかし信仰心は高かったのだろう。神なぞに縋るばかりに、憐れなものだ。)
何かを信じることは悪いことではない。しかし盲信、狂信となれば話は変わる。時として事実さえもねじ曲げる。神の中には信仰により際限なく魔力を高める者もいる。だからこそ、奴らは信仰心を煽ることに長けている。厄介なものだ。
武器を持って迫ってくる敵を前に神の加護なぞが、何の役に立つかと思い掛けた時、自分がその加護のせいで死んだ事を思い出し、複雑な気持ちになった。
ヤルグはフンッと鼻を鳴らすと、元人間だった黒い塊に十字架を放り投げた。
数件の家を回ったが、食料はおろか薬さえもほとんど無かった。
比較的被害の少なそうな家に腰を落ち着ける。中は荒らされ竈も破壊されていた為、床で焚き火することにした。だが木製の床でするわけにはいかないので、床の一部を壊し、竈の残骸で火が回らないように囲いを作って火を着けた。
パチパチと小気味いい音を立てている焚き火に網を置き、肉を取り出して焼く。
程好く焼けた肉を口に運ぶ。悪くない。だが何か物足りなく感じる。
魔族にも当然調理をして食べる者はいる。種族次第だ。
ヤルグは正直あれこれ手を掛けて作るより、血の滴る新鮮な肉をそのまま食らう方が好きだ。だが人間の身体はそうではない。頭で思う好みと身体が感じる旨さが違うと言うのは何とも変な感覚であった。
調理など殆んどしたことは無いが、調味料くらいは分かる。何かしらあるだろうと立ち上がり、調理場の棚を探ろうとした時、部屋の隅にあるクローゼットの方からガタッと音がした。
ヤルグはクローゼットを見つめる。
(この町に来てから魔物の気配は感じなかったはずだが・・・)
しばらく見ているとクローゼットの裏から小動物が飛び出し、外へと逃げていく。
ヤルグはため息をついた。一瞬でもあんなものに警戒した自分がアホらしかった。
塩といくつかのよく分からない調味料を持ってきたヤルグは再び座り、適当に振り掛けて肉を焼く。
(まぁ、不味くなることは無いだろう。)
先程より香ばしい匂いが漂ってくる。そろそろいいかと思ったその時。
「ぐうぅぅ」
腹の虫が鳴った。ヤルグのものではなく、クローゼットから響いた。
素早く剣を抜いたヤルグはゆっくりとクローゼットに近づき、慎重に扉を開けた。
そこには音を出さないように身体を丸めて震えている少女がいた。
「おまえ、あの時の・・・」
少女は恐る恐るヤルグを見ると目を見開く。
「アレン様。」
それは教会の町にいたシスターエミリアだった。
エミリアは思わずヤルグに抱きついた。
ガイラックに元に秘書官がやって来る。
「ガイラック様、ご報告が。」
その言い方から吉報でないことが分かった。
ガイラックは何も言わず、目で先を促した。
「アズラ様とムシュラ様が倒されました。」
ガイラックは目を閉じてため息をついた。
「ヤルグか?」
「恐らく。」
「その為にムビアナに移動させたのでは無かったのか?」
「そのはずだったのですが・・・想定外でした。」
「ガフが遊撃していたのではないのか?」
「まだ接触していないか、取り逃がしたのかと。」
「奴に限って取り逃がすとは考えにくい。ヤルグの存在自体が奴の虚偽では?」
「ルドミナ様の見解でもあるのでそれは無いかと。」
「一度、ガフを呼び戻せ。」
「畏まりました。ムシュラ様の死亡確認とヤルグの所在についてはジェニア様が動いております。」
ガイラックは腕を組み、大きく息を吐いた。
「人間どもはポルガに向かうか。」
「順当に考えれば、そうなるかと。先行してコルシェにはいくらか配備はしております。」
「グランドムを急がせろ。人間どもを足止めしたい。」
「御意に。」




