ep19 双魂
ムシュラは「ここに弟はいない」と言った。
当然の事だ。双魂を持つ者を最大限活用するなら二人を近づけることはない。片割れは確実にムビアナにはいないだろう。
ヤルグの知る限り、二人同時に殺すこと以外で双魂の倒し方は知らない。ただ魔界の上位にいる者たちの中で双魂持ちを聞いたことがない以上、何かしらの方法はあるのだろうが、見当も付かなかった。
(さて、どうしたものか。)
ヤルグはムシュラの猛攻を往なしながら、思考を巡らせた。
一番手っ取り早いのは逃げてしまう事だ。ヤルグにとっては容易な事だったが、正直気に入らなかった。
ヤルグはふと、ムシュラの言葉を思い出す。
(奴は動くなと言われていると言っていたな。無人の砦で一人残されていると言うことはつまり、本当に戦場に駆り出されているのは片割れの方か。)
ヤルグは剣を受けると思いっきり蹴り飛ばし距離を離した。
「喜べ、貴様への対策が見つかった。」
「フハハ、面白い。そんなものがあるならやってみろ!」
ヤルグは黒い球体を作り出し、地面に放つ。
爆発とともに2m程の穴が開く。
「そんな物が対策なのか?」
「まぁ、ある種の実験みたいなものだ。深く考えるな。」
「ふざけやがって!」
飛び掛かるムシュラよりも速く、ヤルグの剣が首を跳ねる。
ヤルグは液状化する前に胴体を穴の中へ放り込んだ。
肉体が戻り、目覚めたムシュラの目に、穴の上からこちらを見下ろすヤルグが映る。
「翼の生えた俺様がこんな穴から出られないと思うのか?」
「不思議なもので不純物が混ざっても、ちゃんと元に戻るのだな。」ヤルグはムシュラの言葉を無視して話す。
「は?」
ヤルグは小さな瓶を取り出した。中には黄色い液体が入っている。
「これが何か知っているか?」
「な、何だそれは。」
「アーテル油だ。」
「アーテル油?」
「知らんのか?アーテルと言う植物から出来る油だ。どこでも育ち、加工も楽で、良く燃え、安価で手に入る。この砦の灯りにも使われているぞ。」
「それがどうした?」
「まだ分からんのか?貴様が液状化してる間にこの油を混ぜた。」
「何っ!」ムシュラが自分の身体を見る。
「つまり、今の貴様は生ける燃料だ。」
ヤルグが白炎を放つ。
ムシュラの身体が一瞬で白炎に包まれた。
「ぎゃあぁぁ!」叫び声を上げ、ムシュラがのたうち回る。
魔纏魔法は通常の魔法の上位互換であるが、各魔法が特定の種族に対し、絶大な効力を誇る。マドン族に対し白炎は特効であったが、ヤルグはそれと知らずに使っていた。
「しかし、よく燃えるな。」
やがて断末魔は消え、ムシュラは動かなくなり液状化していく。しかし火は着いたままだった。
肉体が戻っても、すぐにムシュラの叫び声が響く。
何度か繰り返し、ヤルグは大方想定通りになったと満足したが「流石に煩いな。」と言い、蓋代わりにする為に近くの壁を破壊し、瓦礫を持ってくる。
穴に蓋をする直前、恐らく聞く余裕などないであろうムシュラに言った。
「貴様は今日から死なない身体ではなく、死ねない身体になったんだ。精々、弟が早く死ぬことを願うんだな。」
蓋を閉めても尚、小さな断末魔が聞こえ続けた。
形勢は逆転していた。
回復し終え、参戦したベイル、レックス、ヴィクトールの3人の攻撃をアズラはひたすら回避している。
何故、そうなったかは誰にも分からなかったが、アズラは一切の攻撃を止めていた。
双魂の相手が液状化した時に感じる妙な脈動が、先程から約1分間隔で起こっていた。
アズラは冷や汗を搔きながら必死に避けていたが、3対1では時間の問題だった。
レックスの放った一刀が足に当たり、体制を崩したところにベイルの一撃が入り、アズラは沈黙した。
倒れても液状化しないアズラに3人は困惑しつつも、ヴィクトールが慎重に近づいて確認する。
「どうやら死んだようです。」
勝利の喜びよりも何故、急にこうなったのかが分からない不気味さに妙な空気が流れた。
「と、兎に角、終わったようだ。負傷者は治療を優先し、動けるものは城周辺の索敵を行え。」
ベイルの指示に各々が動き出す。
「一体何だったんでしょう?」
レックスの問い掛けにベイルが「分からん。」と表情を曇らせた。
「取り敢えず、また復活されても困りますので、死体を埋めておきましょう。」
ヴィクトールの提案にフィーナを含む4人が動こうとした、その時。
「あ、さっきの。」フィーナが空を見ながら言った。
皆が見上げると玉座に停まっていた黄色い鳥が悠々と降りてきて、ムシュラの死体に停まった。
そのまま、嘴でムシュラの肉体を啄みだした。
「嫌っ!」とフィーナが顔で手で覆った。
「あれは?」ヴィクトールが尋ねる。
「さっき王の間にいた鳥です。魔物なんでしょうか?」
数回、ムシュラの肉を喰らった鳥の身体が、急に一回り大きくなる。
「まずい!ソウルイーターか!」ベイルが声を上げた。
「ソウルイーター?」
「死んだばかり死体を喰らうと、その死体の魔力を一部自分の物にする特殊な力です。」
言い終わると同時にベイルとヴィクトールは剣を抜き走り出す。
二人が辿り着く頃にはもう人間のサイズを超える怪鳥となっていた。
羽根を大きく広げた黄色い怪鳥は耳を劈くような咆哮を上げた。




