今日の友は明日も友?
エレノアの語るカイルの経歴を覆すことができればいい。彼女の語ったカイルの経歴のどこかに綻びがあればいい。そうすれば、カイルがじつは死んだはずのわたしの夫ベンであることが証明できる。
しかし、そうだとすれば、エレノアが嘘を語ったことになる。それこそ、わたしをだましたことになる。
なんのために?
(カイル、いえ、ベンをわたしから奪う為に? 彼女は、ベンとわたしの関係を知っていて、カーティスたちと共謀している?)
もしもそうなら、わずかでもパズルのピースを合わせることができる。ひとつでもふたつでも、ピースをはめることができる。
(『愛すべき天然』であるエレノアは、じつはたいした役者で諜報員顔負けの能力を持っているわけ?)
考えだしたらキリがない。
ますます疑心暗鬼になる。
せっかくできた友人も、敵かもしれない。
わたしのいるこの世界は、欺き欺かれ、隠し隠され、疑い疑われである。
結局、自分自身も信じてはいけないのだ。ましてや、他人は。
わたしが唯一愛し、信じたベンもそう。
『かならずや生きて戻り、おまえをしあわせにする』
ベンは、わたしにそう約束した。それなのに、彼は潜入した敵国で妻子としあわせに暮らしているのだ。
(焦るな、わたし。カーティスの言う通りよ。時間は充分ある。ベンのことを調べるのもエレノアの友情の真偽を確認するのも、焦ってすることではない)
何度も自分にいい聞かせなければならなかった。
「シヅ、今日は初めてシフォンケーキを焼いてみたの」
わたしの焦りなどどこ吹く風のエレノアは、今日も果敢にスイーツ作りに精をだしたようだ。
「わあっ! シフォンケーキ、食べてみたいです」
二歳にしてすでに大人も顔負けの気遣いをみせるニックは、おおよろこびしてみせる。
一方、わたしはイヤな予感しかしない。
「でも、ちょっとふくらみが足りないかも」
彼女がテーブルの上に置いたのは、想像を絶するふくらみのない、というかしぼみきった物体だった。
(これがシフォンケーキ? これって食べられるの?)
わたしの疑心暗鬼は、「愛すべき天然」である彼女の天然っぷりに見事にふっ飛んだ。
シフォンケーキの味?
語るまでもないだろう。




