暗黒の双子石⑴
「ハル。お父さんの買い物に駅ビル行くけど一緒に行く?」
「行く行く。わたしもちょうど買いたい物あるの」
────日曜日。
珍しく部活が休みだったナツキも昼食目当てについてくるという。家族みんなで出かけるなんていつぶりだろう。
お父さんが運転する車の助手席にはわたし、後部座席にはお母さんとナツキが座る。
「お父さん何買うの?」
「結婚式のスーツだよ」
「お父さん太ったみたいで、結婚式のスーツ入らなかったのよ」
「誰か結婚するんだ?」
「同じ部署の若い奴がな」
「ふーん」
ナツキはスマホをいじってるみたいで、お母さんが身を乗り出すみたいにして3人で話をしていた。
「そういえばハルは何を買うの?」
「マンガ。予約してたんだ」
「あなた、受験生なのにマンガ買うの?」
「ちょっと頼まれてたんだもん」
「お友達に?」
「そんなとこ」
これってちょうどいいタイミングなのかもしれない。
きちんとジオン様のこと話しとかないと、次来た時は『絶対にご両親に挨拶せねば』とか言って聞かなそうだもん。
ナツキも本が見たいと言ったので両親とは別れて二人で本屋へと向かった。
ヘルシャフトにはファイヤーストームの8巻だけあるから、他の18冊を予約していたのだ。
その本を袋に詰めながら、店員さんが「持てますか?」と心配してくれたんだけど、わたしにとって重量は全く問題ない。だけど二つに分けて入れてくれた紙袋は、ずっと持ち歩くにはかさばるし邪魔だ。
帰る時に買えばよかった。
「ナツキお待たせ」
サッカーの雑誌を立ち読みしていたナツキの所へ行くと、紙袋を両手に提げたわたしを見てぎょっとする。
「何でそんな大量買いしてんの!?」
「何でって頼まれたって言ったじゃん」
「そんな量、普通頼むかよ。っつーか何のマンガだよ?」
紙袋の一つを奪われ中をのぞいたナツキがしかめっ面をする。
「ファイヤーストーム? 今さらこんな古いマンガ買ってんの? どういう趣味の友達だよ?」
どういう趣味かと問われると、ちょっと答えには困る。
「……さあ」
「まさか……男?」
「え、いや、なんていうか……」
思いもよらない突然のナツキの問いかけに、不覚にも動揺してしまった。
「うわあ、マジ!? うちの親父と同じ趣味の男って……」
そっか。お父さんもこのマンガ大好きだから、つまりはそういう事になってしまう。
「なんで自分で買わねーの? ねーちゃんにわざわざ頼むっておかしくない?」
「しょ、諸事情があんのよ」
「どんな事情だよ? ほら、そっちも持ってやっから」
わたしが持っていた方の紙袋もナツキが「重っ」なんて言いながらスルリと取ってしまう。
この半年でナツキって成長したの?
か弱い乙女の荷物を持ってくれるなんて、まるで立派な紳士にでもなったみたいじゃない。
違うや、時間は経過していないから、わたしの見方や接し方が変わったのかな?
こんな事してくれる弟じゃないと思ってたけど、思い返せば小さい頃から優しいとこはたくさんあった。
最近はお互い別行動ばかりしていたから、すっかり忘れてたんだ。
ナツキの良いところは日々の忙しさの中ですっかり埋没してた。
「ナツキ優しいね。このまま優しい大人になってね」
「ねーちゃん、どの視点でしゃべってんの? 育ての親か?」
突然訪れた親しい人との半年の空白が、命のやりとりをするくらいに危険な冒険が、日常生活に戻ったわたしに、いろんな発見をさせてくれる。
本屋さんを出て創作和食のお店で待ち合わせていた両親と合流すると、重そうな荷物を抱えたナツキを見てお母さんがしかめ面をした。
「ナツキ、何買ったの?」
「これがねーちゃんが予約してたマンガだって」
「いったい何冊買ったのよ?」
「18冊だよ。でも全然重くないの」
「持ってないヤツが言うなよ、充分重いわ!」
文句を言いながら、ナツキが半個室の部屋の隅に紙袋を置いた。
「いくら何でも友達に頼まれたからってそんなに買って大丈夫なの? お金はどうしたの?」
「それなら預かってるから平気」
今日の支払いは貯めてたお小遣いでしたんだけど、セイゴさんが金塊を換金してくれるからたぶん少しは足しになるだろう。
「友達ってさ、男に頼まれたそうだよ」
「はあっ!?」
それまでメニュー表に見入っていたお父さんが、突然大きな声を出して顔を上げた。
「お父さん、わたしいつもの豆腐ハンバーグ御膳がいい」
「あ、ああ。男って?」
「私は松花堂弁当で、ナツキは焼き肉定食でいいんでしょ? お父さんは?」
「俺はお刺身御前するけど。それでハルはその、あれか、男友達に頼まれたのか?」
「違うよ。つき合ってる男がいるんだって」
「なんだって!?」
「お父さん、とりあえず先に注文済ませましょうよ」
会話がごった返す中で、結局お母さんが注文を済ませた。
いつもはお父さんが注文するんだけど今は様子がおかしい。
ひたすらコップに口をつけて、飲んでるのか飲んでないのかわからないスピードでちびちびと水を飲んでいる。
「うける事にマンガってファイヤーストームなんだよ? 娘って親父と似た人を好きになるとか言うけどホントなんだなあ。趣味一緒って」
「ナツキ。そういう事言うのはもう少しお父さんが事態を受け入れてからにしなさい。余計にショック受けちゃうでしょうが。お姉ちゃんに彼氏がいることなんて、まだ信じられないんだから」
「お母さん驚かないの?」
「最近様子が変だと思ってたのよね。ジーオちゃん連れて来た日から何か変なのよ。わかった、あの子が彼の飼い猫でしょ?」
うっ! 母鋭い。
まあ、飼い猫じゃなくて本人なんだけどね。
「この際言っちゃうけど、その人が今度ご両親に挨拶させて欲しいって言ってた。イイでしょ? お父さん」
「ハル。いっぺんに済まそうと思って全部ぶっこむのやめなさい。お父さんが、ご飯のど通らなくなっちゃうから」
昔からお父さんはわたしに甘い人だから、こういう反応が来るんじゃないかと思ってたんだ。
やっぱり突然ジオン様を連れて行かなくて正解だった。




