ここには無い何か⑸
浴室から出ると汚れた衣服が無くて、代わりに淡い黄色のドレスが置かれていた。
「これどうやって着んの??」
前や後ろやら眺めてみたけれどファスナーは無い。あるのは背中部分にある長い紐と無数の穴だけだ。
「お嬢様失礼いたします」
浴室の外から声がして、慌ててバスタオルを体に巻き付ける。
「どうぞ」
入ってきたのは黒髪を後ろでお団子にした、綺麗なお姉さんだった。
いかにもメイドさんといった黒いワンピースに白いフリルのついたエプロンを着ている。
「お召し替えのお手伝いをするようにとジオン様から仰せつかっております」
「準備してもらってなんですけど、これ以外に服ってないですよね?」
「お気に召しませんでしたか?」
「あ、いえいえ、その、これはステキなんですけど、ドレスとかわたしにはちょっと……」
「女性のお召し物がこの城にはありませんでしたので、急いで手配いたしました。すぐに他のドレスをご準備いたしますので」
「あ、いや、ドレスが気に入る気に入らないじゃなくて。せめてお姉さんが着ているワンピースとか、そんな感じのありませんか?」
「お嬢様のお召しになるものはございません。これは下々の者が着る下賎な装いでございますから」
下賎て……。
実生活であまり耳にしない言葉にギョッとした。お姉さんのへりくだり感はやり過ぎだけど、わたしだって普通の一般庶民なので決してお嬢様などではない。
「ではすぐに仕立屋に問い合わせて代わりの物を持ってくるようにと……」
「いやもう大丈夫です。このドレスお借りしますから」
お世話をしてくれる美人なお姉さんの名前はユリアさんといった。メイド歴300年というベテランさん……かと思ったら300年ではまだまだひよっこなのだそうだ。見た目は20代後半くらいに見えるけれど、魔族の年齢って感覚的によくわからない。
「わたしの着ていた服ってどこにあるんでしょう?」
「今は洗濯しておりますので、すぐに乾かしてお持ちいたします」
「ありがとうございます」
衣服や下着は無くなっていたけれど、装備していた聖剣と聖白銀の胸当ては置いていた場所にそのまま残してある。
わたしの視線に気づいたように、ユリアさんが話を続ける。
「あちらは加護を受けた防具と伝説の聖剣のようですので、私ではふれることすらできません」
よく見ると泥は跳ねたまま、確かに全く触られていないみたいだ。
「いいえ。全部自分でしますから。あの、聖剣とかって魔族の人は触れないのですか?」
もの凄く不躾な質問だったかもしれない。それでもユリアさんは嫌な顔ひとつせずに丁寧に答えてくれた。
「私ども魔族は聖なる力に弱いのです。命を落とすことはなくとも咳やくしゃみ鼻水、熱が出る者もおります」
風邪みたいな症状……。
いや、それはそれで辛いだろうけれど、思ったような効果ではないんだなあ。
「お嬢様は勇者であるとジオン様より伺っております。勇者の力は聖なる力よりもさらに強大です。お嬢様がその気になれば私など簡単に消し飛んでしまうことでしょう」
「そ、そんな事しませんよ」
焦りながら答えるわたしに「ふふ」っとユリアさんは笑ってくれた。
そんな彼女の笑顔を見ていて胸がチクりとする。思わず彼女から顔をそむけてしまった。
この人が働いているお城に、わたしは剣を持って乗り込んだんだ。(そんな事はしません)なんてよく言えたもんだ。
「さあできましたよ。とてもお美しいですわ」
大きな姿見の中に映るわたしはまるで別人みたいだった。
直毛の黒髪は緩やかにカールされ、軽く結い上げられている。
ふんわりとした菜の花みたいな小花の咲いたドレスは、自分で言うのもなんだけど結構似合っている。
ユリアさんがどういう魔法をかけてくれたのか、髪もお肌もツヤツヤだ。