ここには無い何か⑷
わたしはなぜだか魔王城・ヘルシャフトにてお風呂に入っていた。
お風呂という表現では物足りない。
銭湯? 温泉? 豪華なリゾートホテルのスパとでも表現した方がピッタリだろう。
白い大理石に囲まれた浴室には、黄金で作られた植物が花開き、巨大なドラゴンの彫像の口から乳白色のお湯が流れ落ちている。
魔王のご所望でとりあえず本を手に取ろうとした時、わたしは手首を掴まれた。
「その汚いかっこうでは本が汚れるだろう? まず風呂に入って身を清めよ」
たかだかマンガ本を触るのに、そんな風に言われてちょっと引いた。
けれど、よくよく見ると魔王も従者さんも綺麗なローブを羽織っていたり、上等そうなジャケット姿だったりきちんとしている。2人とも男の人なのに髪もさらっさらで美しく整っている。
だから、改めて自分の汚れっぷりに気づいた時には卒倒しそうになった。
逢魔が森でヘトヘトになるまで魔物を倒し、彷徨ったのは5日間。
そりゃあ泥だらけの傷だらけで、最悪、臭っていてもおかしくない。
こういう『清潔』さや『身なりを整える』という当たり前の感覚が久々すぎて、なんだかカーッと顔が熱くなった。
これでもオシャレするのが好きな現代っ子だし、花も恥じらう女子高生なのに。
「長旅をされてきたんだから普通ですよ~。でもお疲れでしょうし、くつろげるお部屋をご用意しますね」
気を利かせてくれたのか、従者さんがにっこりと微笑んでそう言ってくれる。
彼が準備してくれた部屋というのが、これまた女子力が上がりそうなインテリアで統一されていた。
真っ白で可愛らしい家具とレースとフリルに囲まれていて、その部屋についていた設備がシャワー室じゃなくてこの豪華なスパだった。
魔王側には、わたしを傷つけるつもりは本当になさそうだ。
『魔王』なんてラスボスのイメージしかないから、諸悪の根源だと思い込んでた。
「なにが魔王は悪で、勇者は正義だ。バカバカバカバカ」
当たり前なんだと思ってたことに歪みがあったり、真実だと思ってたことが違っていたり、自分はちゃんと判断できると思ってたのに、当事者になると全然ダメだ。
わたしはそのままずるずるとお湯の中に潜った。
とにかく切り替えていかないと。
やることは山ほどある。
さっさとマンガを読んで、ここを出たら仲間と合流しなくちゃ。レイヴン王国へ戻ったら陛下や大臣に説明して、魔物の攻撃を防ぐ方法を考えるんだ。
勇者としての魔王討伐の冒険は、ここでおしまい。
魔王の討伐……。
聞き覚えのある、ありきたりなフレーズ。
だけど何かが引っかかる。
あれ? そういえば【ファイヤーストーム】って……?
わたしは重大な事を思い出して勢いよく立ち上がった。
「あのマンガって、勇者が魔王を討伐するストーリーだ!」
小学生の時に読んだだけだから、物語はおぼろげで、でも確かにラストは成長した勇者が魔王を倒してハッピーエンドだった。途中までアニメ化もされてたから、わたしもお父さんが持ってたマンガを読んでみたんだ。
魔王ってこのストーリー知ってるのかな?
見せられたのは8巻だったからよくわからないけれど、1巻や最終巻辺りなら絵だけでも見ればわかりそうなものだ。
「わたし……あれを魔王に読んでも無事でいられる?」




