ここには無い何か⑶
「さあさあ! 紅茶をお持ちしましたよ。特別なククス産のものが手に入りましたので……」
戻ってきた従者はわたしと魔王の空気に気づいていないのか、それともあえてそうしているのか、テーブルにティーセットを並べ、陽気にお菓子の説明を始めた。
魔王と魔物は無関係。
衝撃的過ぎて剣を落っことさないようにするだけで必死だ。
陛下の話も人々の凄惨な現実も本当で、でも
今魔王が言ったことも本当のことに思える。
いったい何が真実かわからない。でも信じてきた物に綻びがあるのは確かだ。
わたしはそんな不確かな情報を元に剣を握った。
何も確かめることもなく、言われたままにここへ来たのだ。「魔王」が諸悪の根源だと思い込み決めつけた。
少なくとも目の前にいるこの魔王は、考えていたような悪じゃない。わたしが怪我一つせず、ここに立っていることこそが何よりの証拠だ。
まるで大人と子どものケンカみたいだった……。
攻撃して気づいたのは圧倒的な力の差。全然、相手にもされないほどに魔王は強い。
いや、それどころか、楽しそうにテーブルセッティングを行なっている魔王の従者にすら、わたしは勝てないだろう。
だって彼は大魔導師のエルザさんと英雄と謳われていたカール様を、いとも簡単に転移魔法で飛ばしてしまったんだ。
彼らが本気でわたし達のことを殺そうと思えば、最初に対面した時に勝負はついていた。
「あの……こんな事を言うのも変なんですけど、わたし帰ってもいいですか?」
静かに剣を鞘に収めた。どんな顔をしてこんな事を言っているのか自分が恥ずかしい。だけどせめて真っ直ぐに魔王の顔を見る。
「戦わずとも良いのか?」
「ひとまずレイヴン王国へ戻り、陛下に報告したいと思います」
「そうか」
ゆらりと魔王は立ち上がる。
「────だがそうはいかんぞ?」
突然魔王から猛烈で鳥肌がたつような強いオーラがあふれる。
それに圧倒され後ろへとよろけた。
腰に下げているシュプリンガーが、スマホのバイブレーションみたいに震えている。
わたしに握れと言ってるんだ。
でも勇ましい気持ちはどこへやら、身がすくんで手に力が入らない。
魔王はゆっくりと片手を上げ、そして勢いよく振り下ろす。
バシッと音を立ててコミックス【ファイヤーストーム8】の上に手を置いた。
「俺にこれを読んでもらおうか?」