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由衣の冒険5  作者: 和瀬井藤
バニラ・スカイ 後編
38/43

 光男は、由衣の目を見た。

「どうして出る事になった?」

「どうしてって……別に関係ないよ」

 由衣はつい、父から目を晒した。しかし光男の目は、ずっと由衣を捉えている。

「お前が追い出したのか?」

「え?」

 まさかの言葉に、由衣は言葉が出ない。

「――追い出すなんて、人聞きの悪い。早紀が出ていくって言ってるだけだってば」

「一緒だ。どうしてそうなった? お前達は友達なんだろう?」

「友達だけど、ちょっと……」

 どう説明したものか、そう思って言葉に詰まった。

「……お前は何も変わってないな。いつもそうだ。偉そうに口ばかりだ」

「ちょっと、お父さん……」

 光男のきつい言葉に、宣子が割って入る。そして、すぐに由衣が反論した。

「わたしだって、早紀に出ていって欲しいなんて思ってない!」

「だったら、お前がわがままばかり言って、困らせているから愛想をつかされたんだろう」

 光男は淡々と、攻撃的な言葉を並べる。しかし、まさに図星だと言っていいだけに、そのひと言ひと言が由衣の胸に刺さる。

「そんなわけないだろ!」

 思わず叫ぶ由衣。

「どうしてそう言い切れる。だから、どうしてそうなった?」

「それは……」

 それに言い返そうとすると、どうも言い淀む。

 由衣と早紀は、宣子と一緒に住むかの話で、意見の相違から口論になった……と思う。でもどうして口論になった? そもそも、口論っていう状態だったのか? 自分の方が一方的に喚いていた様な……冷静に考えてみると、由衣には都合の悪いものが、多々ある様に思えてきた。

「早紀は、なんていうか余計な事をし過ぎなんだよ。おせっかいっていう。それで……」

 由衣は、追及される焦りからか、自分でも何を言っているのかよくわかっていない様な状態だ。

 光男の言う事も、早紀が出ていくという事よりも、次第に由衣のだめな部分を追求している様な雰囲気になってきた。

「それでどうした? どうして余計なんだ? お前が勝手にそう思っているだけじゃないのか?」

「それは……」

「結局は、お前がわがままなだけだろう。何がおせっかいだ。よく考えてみろ。お前が気にも留めていない事だってあるだろう。どうしてそう簡単に決めつけてしまうんだ? お前の悪い癖だ」

 光男はじっと由衣の目を見ている。感情の読めない表情には、どこか心を読まれている様な気がして、とても居心地が悪かった。

「――まさか、お前があの子を養ってやっている、助けてやっている、なんて考えていないだろうな?」

「そ、そんな事……ない!」

 由衣はそうは言ったものの、実際には、早紀を住まわせてやっているという気はあった。自身の豊富な財産で養ってやっている、と無意識のうちに頭の中にあった。

 早紀の人となりや、過去の思い出なども含め、とても強い魅力を感じ、特別な想いがある。

 しかし、早紀はかわいそうな人なんだ、だから助けてやらないと、そういう上から見た考えないといえば嘘になる。

「そんな……そんな事……」

 由衣は言葉を失い、顔が赤くなっていくのを感じた。自分でも気がつかなかった、だめな部分を完全に、父に見透かされていた。それを恥ずかしく思ったのだ。

 父はもう老人だ。自分よりも頭が悪い。そんな父に対する驕りが、羞恥心を浮かび上がらせた。それを頭の中で認めざるを得なくなった時、由衣はもうこの場を逃げたくなった。

 一刻も早く、ひとりで誰もいない場所で閉じこもっていたかった。

「お前は、早紀という子の何がわかっているんだ? 全然わかりもしないんだろう。いや、わかろうともしていないんだろう」

 光男は由衣を睨んだ。

「だからお前はだめなんだ。何もわかっていないお前が、そんな事で、ここで別れてしまって本当にいいのか?」

「それは……」

 由衣は何も答えられなかった。俯く由衣の隣に宣子が寄り添った。宣子はしょうがないな、という表情で語りかけた。

「由衣ちゃん、お母さんね……やっぱりまだ一緒には住めないわ」

「……え?」

「由衣ちゃんはね、やっぱり早紀さんと一緒に暮らした方がいいわ。それでね、早紀さんとこれからもずっと、どうやって生きていったらいいかよく考えたらいいと思うわ」

「お母さん……」

 宣子は自分が原因で、由衣と早紀の仲がこじれたと感じ、少し責任を感じていた。光男の言う事を側で聞いていて、やっぱりやめておいた方がよいという考えに変わった様である。由衣と一緒に住みたいが、それによって由衣が辛い思いをするのは嫌だった。

「まあ、母さんが大げさに騒がしたのも良くないな。こんな程度で何を言っとるんだ。儂はまだ死なんぞ。介護も受けん。必要ない」

「もう、お父さんったら……」

 宣子は苦笑いした。光男は再び由衣を見た。

「お前達は、自分の事しか考えていない。そんなだから、あの早紀という子がとばっちりを受けるんだ」

「……」

「その子が、遠慮する事なんてないんだ。儂等は由衣なんかに頼らんでも、ずっと暮らしていける。おまえ達は、おまえ達で暮らしていけばいい」

 光男は淡々と話している。

「この先、儂が死んでも、母さんには善彦もいる。あのバカは多分この先もずっと家にしがみつくつもりだろう。だが、そのうちわかるだろう。いや、わからせる」

 光男は、実家のある方をちらりと見た。そして再び由衣をみる。

「ちゃんと謝るんだ。そしてじっくり考えていけ」

「由衣ちゃん、ごめんね。私が弱いばっかりに……由衣ちゃんには、由衣ちゃんの幸せがあるのよねえ」

 由衣の目に移る、少し白髪の目立つ様になっていた母の顔がぼやけてきた。

「お母さん」

「でもこれからは、もうちょっと会いにきてくれると嬉しいわ」

「――うん。そうする」


 病院を出て実家に向かうと、宣子を下ろしてマンションに戻る。が、お腹が空いてきたので、どこかで食べて帰ろうかと考えた。

 必然的によく行く「Y&H」に向かう。が、店の近くまでやってきて思い出した。確か、今日から数日間、店を閉めているんだった。夫婦で旅行でいくと言っていた。

 案の定、店の前まできて、ドアに「CLOSED」の札がついていた。由衣は、まあいいかと思い、マンションまで戻った。

 戻ると、再びどこかにいくのが億劫になり、部屋にあるものを何か食べようと思った。


 由衣は自宅に戻ってきた。早紀には謝らないといけない。しかし、玄関が閉まっていた通り、早紀は不在の様だ。

 バイトではないはずなので、何か用があって出ているのだろう。静かな廊下を歩いていく。

 リビングにやってきて、ソファに座ろうとした時、テーブルにメモ書きが一枚置いてあるのを見つけた。

「これは……早紀?」



 由衣、今まで本当にありがとう。短い間だけど、とても楽しくて、とても幸せな時間でした。

 さようなら


           白鳥早紀



「さ、早紀……」

 由衣はメモを持ったまま、立ち尽くしていた。

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