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○▽/くもを掴むような話

〈 ○▽ 〉



 俺が自室のベッドで寝転がり小説を読んでいると何の前触れもなく一瞬でパッと隣の壁が消えた。

 あまりに突然でなにが起こったのかわからず固まる。


 音もなかったから目の錯覚かと思って仰向けのまま目をこすっていると、その壁にできた直径二メートル程度の丸い穴から飛び出てきた何者かに押しつぶされて危うく指が目に突っ込みそうになる。


「そ、宗ちゃん助けて!」


 金色の長髪をなびかせて飛び込んできた何者かの正体はシャロ姉だ。姉さんの部屋は俺の隣だった。

 シャロ姉は俺の上にまたがったまま慌てている。


「どうしたのさ」

「そ、その……出ちゃったの」

「なにが?」


 シャロ姉は顔面蒼白で震える。

「八本足の……気持ち悪いあの……」


「クモ?」

「うん、思わずパレイオ・テネリヨ・クキテットで撃っちゃったけど避けられて……どうしよう宗ちゃん」

「この壁、そのよくわかんない古代兵器で消されたのか……」


 クモよりも、シャロ姉が今も握っているその握力計のような謎の形状の銃に恐怖を覚えるがそれはそれ。

 恐怖といえば、なにもかも可愛く見えるのかと思っていたシャロ姉の視界にも気持ち悪くて怖いものが映るのだなあ、と思うがそれもそれ。


 未だに馬乗りになっているシャロ姉に目を向ける。


「シャロ姉、どいて」

「あっ、ごめんね宗ちゃん。そ、それであのクモをどうにかできる……?」

「大きい。これはさすがに俺も嫌だな……」


「お願い、宗ちゃんが頼りなの!」

 そう懇願するシャロ姉は意外なほどかよわい表情をしていた。


 いつもなにが起きてもにこにこしている姉さんが、今は俺の服にしがみついて隠れている。俺は少し優越感を感じた。からかわれ虐げられてきた弟としての俺の心が「クモ捕まえていいとこ見せるぜー!」と叫び出す。


 とはいえあの大きさのクモを殺すのは気が引けるし、外に逃がすために手で掴むのも気持ち悪い。毒を持っている可能性もある。トングとかがあれば良かったけど近くにはない。


「シャロ姉、やっぱその銃で消しちゃうのがベストだと思うんだけど。効果範囲は狭められる?」

「できるけど、やっぱり殺しちゃうのはかわいそう……。わがまま言ってごめんね」

「……わかった」


 机から引っ張り出した手袋を装着。

 掴もうとするがだめだった。

 物凄く素早いクモの動きに翻弄されて転びかけたりでイライラとしてきたが、クモがカサカサと動くたびにシャロ姉が「ひゃっ」「ひええ」と悲鳴を発するのが面白い。部屋から出ればいいのに、俺が心配なのかな。


 苦戦していると、上から声が降ってきた。


「そうちゃんと、シャロおねえちゃん……? さっきからどうしたの?」


 天井に扉が開き、屋根裏からひめ姉が顔を出していた。


「ひめちゃん!?」

「秘姉なんでそんなとこにいんの!? それにいつの間に天井に扉を!?」

「あっ、えと……ここにいると落ち着くから……。あと、この扉はぼくの忍術で作ったやつで……消せるから安心してね?」


「消せる?」

「そ、そうだひめちゃん、ひめちゃんならなんとかできるんじゃない?」

 シャロ姉が腰が引けたまま言う。

「今、クモが部屋にいるの。くノ一の素早さでクモを外に逃がせる? でもやっぱりひめちゃんも女の子だし……」


 一瞬だった。

 音も立てずに降り立った秘姉は、素手でクモを掴んでいた。


「え」 「え」

「クモさんは、大丈夫だよ。日本のクモは毒ないし、ぼく、修行中に生き残るために、食べたことある……し」

「え」 「え」

「それに、その、忍者は口寄せの術で化け蜘蛛を呼び寄せることもできるし……屋根裏に潜むことも、多い……から……クモさんはけっこう好きだよ……?」


 秘姉は窓を開けると、ごめんね、とクモに囁いてから優しく逃がした。

 それを見て少しの間呆然としてから、俺は頭を掻き、シャロ姉は秘姉をハグする。


「はわわっ!? しゃ、シャロおねえちゃん?」

「あーん、ひめちゃんいい子いい子! さすがはひめちゃんね。自慢の妹よ!」

「はぅ……べ、別にこれくらいは……」


 シャロ姉に頭を撫でられて気持ち良さそうにする秘姉を見て、なぜか寂しい気持ちになる。そんな俺に気づいたのか、振り返ったシャロ姉は俺に微笑みかけてくれた。


「宗ちゃんもありがとっ。宗ちゃんはお姉ちゃんのナイトね。よしよし」


 頭を撫でられて、悔しいことに寂しさの理由に気づく。俺はガキなのか!? そっぽを向くと壁の大穴が目に入る。あれはどうするんだろう。

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