☆♡/碑戸々木家の七夕 ~あれがベガアルタイルあと何だっけ~
〈 ♡ 〉
自分の部屋の窓を開け、夜空を見上げた。
都会というほど都会でもないけれど、空には目を凝らさないと星が見えてこない。
でも、雲のない晴れの夜空だ。
すぐ近く、隣の家の窓も開いて、女の子が顔を出してくる。茶色がかったセミロングの綺麗な髪の持ち主は、俺の幼馴染。縛阿木愛香――愛姉だ。
「こんばんは、弟くん」
「こんばんは」
「星、見える?」
「一番星と、あとはちらちら光ってるっぽいのある」
愛姉は屋根が邪魔だからか、窓から乗り出して暗い空を見る。前屈みだ。
その体勢は少しまずいな、と思いつつ、俺は愛姉の胸元から目を逸らした。
「晴れてよかったね、弟くん」
「うん。ところで愛姉」
「なあに?」
俺、碑戸々木宗一は、にっと微笑んだ。
「庭に笹を飾ってあるんだけど、来ない?」
夏。
球技祭が終わってすぐ七月に入り、その七日。
今日は七夕だ。
〈 ☆♡ 〉
我が家のさして広くもない庭に愛姉と二人で来ると、寝癖っぽい赤髪ショートの姉さんがいつもの軽装すぎる軽装で笹に短冊を吊り下げていた。
「姉貴」
「おっ、宗一。あとジョブズも」
「もー、ジョブズじゃないって言ってるでしょ?」
響はわたしを何だと思ってるの、と愛姉が言えば、響は笑って返す。「ジョブズはジョブズだよ。自分を否定せず、ありのままでいてくれ」
庭の笹は大きかった。二メートルはある。
どこかの山から取ってきたとかそういうわけではなく、秘姉の木遁の術で生やしたものらしい。
そこに姉貴は色紙の短冊を吊るし、満足げに眺めている。
「姉貴って七夕で願い事書くような人だったっけ?」
「なんだよ、悪いかよ。別に見てもいいぜ? おれの崇高なる願いをな」
俺は姉貴が吊るした短冊を手に取った。
“♡♡♡♡宗一と愛香が結ばれますように♡♡♡♡”と書かれていた。
破り捨てた。
「えっ!? どうしたの弟くん!? 何が書かれてたの!?」
「いや、ちょっと紙を破るのが趣味だった前世の記憶が……」
ぎゃははと大笑いをしている姉貴だったが、一方俺は割と冷静だった。
愛姉が沖縄から戻ってきてから一週間くらいは、愛姉と会うたびになんかすごく見苦しいほど動揺していた気もするけど、だいぶ落ち着いてきた。今では他の姉さんたちと同じくらいに余裕を持って接することができている。姉貴の茶化しもそこまで効かなくなっていた。と思う。
「ジョブズはなんか願い事書くのか?」
「うん。こういう伝統行事って、しっかり受け継いでかないといけないと思うの」
「愛姉は真面目だ」
「頭が固いだけだろ」
「失礼だなー。でも、何を書こうかな。響は何かないの? 願い」
姉貴は、興味なさそうに手をひらひら振った。
「別に。こんなの書かなくても願いくらい自分で叶えるし。七夕はそういうんじゃなく、如何に短冊の冗談で人を笑顔にするかだろ?」
「響、なんかかっこいい……!」
「いや愛姉、こいつ伝統行事をコケにしてるよ」
「ま、おれはなんかネタが思いついたら書くわ。じゃあ二人はしっぽり仲良くな」
「しっぽり?」
あっついあっつい、と言いながら、姉貴は大窓を開けてリビングに戻っていった。夜の庭には俺と愛姉だけになる。
愛姉が夜空を見上げるので、俺もつられて星を探した。
「織姫と彦星かあ……」
遠い空に思いを馳せる愛姉。
「七夕にだけ会える恋人同士。ロマンチックだよね。あっ、そういえば」
「そういえば?」
「弟くんは好きな人いるの?」
「え」
「好きな女の子。高校一年生なんだから、そろそろできたでしょ?」
「ああ………………、………………まあ、うん」
俺は冷静だった。反対に、愛姉は興奮気味に「えっ!?」と食いついてくる。
「誰? 同じクラスの子? それとも先輩……あっ、蘭子ちゃんとか!」
「さてどうだろう」
「違うのかあ……。ふうん……。……ふふっ」
「愛姉?」
幼馴染の姉さんが楽しげに笑いをこぼすので、首を傾げる俺。愛姉は「ご、ごめんね」と言ってから、優しく目を細めた。
「弟くん、恋とかそういうのについては恥ずかしがって言わない子なのかと思ってたけど……今は違うね。やっぱり成長してる」
「そうかな」
「そうだよ。どんどんかっこよくなっていってる。わたしもお姉さんとして、置いてかれないようにしないと。輝かないと……!」
愛姉が星を指さし「あのアルタイルのように……!」と締めくくるので、あれはベガだよ、と教えてあげる。姉さんは顔を赤くして「そ、そっか……あはは……」と頬をぽりぽりとかいた。本当は俺も知らないのだとは言わないことにした。
二人してクーラーの効いた屋内に戻る。
そのリビングには、俺の五人の姉さんたちが集結していた。
各々がテーブルに座ったり、ソファに座ったり、その様子を立って後ろから覗き込んでいる姉さんたちが、ぱっとこちらを向く。
「あら、宗ちゃん。愛ちゃんもいらっしゃい♪」と、金髪ロングでグラマラスなシャロ姉。
「宗一さん、愛香さん。エアコンの設定温度は適当ですか?」と、銀髪おかっぱでちびっ子メイドロボのニゴ姉。
「おう」姉貴。
「宗くん、聞いてはくれないか。私、宗くんとやりたいことが多すぎて短冊が足りないのだけれど……」と、紫髪ロングの髪を撫でて淑やかに変なことを言うゆら姉。
「そ、そうちゃん……ぼくの木遁、へんじゃなかった……かな……?」と、黒髪ポニーテールで忍装束を着た秘姉。
俺は五人の姉さんと一人の幼馴染姉さんに見つめられ、頭をかく。
七夕にしても、他のイベントにしても、こうして姉さんたちと一緒にいられるのが――とても嬉しい。
一気に話しかけないでよ、と言いつつ、テーブルの短冊を手に取る。
まっさらな小さい紙に何を書こうか。それを姉さんたちと一緒に考えるのも、ちょっと楽しい。
~いつものヒトトキ 第三部 ここらへんから~




