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◇/魔法少女まゆらマギカ

〈 ◇ 〉



 俺は自分の部屋に入る。漫画が氾濫気味の本棚、パソコン、教科書が積まれた勉強机、白いベッド、魔法少女のコスプレをしたゆらねえ。いつもの光景だ。椅子に座り、スリープ状態にしていたパソコンを稼動させる。


 パソコンは高価な暇つぶしツールと化している。高価といっても、母さんである葉創はづくが遺した貯金を少し使えば簡単に買える程度のものだ。

 研究費があまりに莫大だったからか、母さんの遺産は思ったよりも多くないけれど、それでも、なかなか良い土地の一軒屋に住むことはできている。もちろんそれは、シャロ姉が残業の多い会社で頑張って働いているからでもあるけど。


「……宗くん?」


 母さんは自分のことを語りたがらなかったから、母さんのことは、工学から理学、医学まで、さまざまな分野で活躍し、世界でも認められた発明家だということくらいしか知らない。父さんである一樹いつきに母さんについて訊くと妻のべた褒めが始まるから、小学生高学年になる頃にはそれがうっとうしくなり、結局母さんのことについて知っていることは少なくなった。


「おーい、宗くん」


 父さんと母さんの仲の良さはかなりのものだったと聞いている。母さんは誰とも冷徹な態度で接し、父さんに対してもそれは例外ではなかったけれど、父さんと二人きりになると途端に好意的になったらしい。だがこれも、父と母が必要以上にラブラブというのは息子にとっては気持ちのいいものではないから、詳しくは聞いていない。

 それから――


「宗くん……ほら……お姉さんのえっちなところが丸見えだよ」

「やめろ気持ち悪いからやめろうあああ」


 ゆら姉は妖艶な表情をやめて、胸元を隠し、優しく微笑む。

「やっと反応してくれたね。全裸になっても振り返ってくれなかったらどうしようかと思ったよ」


 ゆら姉は俺の部屋の匂いをかぐと落ち着くとか、近くに俺の姿があるとそれだけで安らぐとか、訳のわからないことを言って常駐している。俺がシスコンだという噂の真偽はともかく、ゆら姉が超絶ブラコンであることは確かだ。


 露出してくるゆら姉より、ドキドキしている俺のほうが気持ち悪いよな、と思いつつ椅子を回転させる。


「やめてよ……で、今日のそれはなんなの」

「魔法少女まどか☆マギカに登場する、暁美ほむらのコスプレだよ。少し派手な女子生徒の制服という感じだろう? 盾とソウルジェムも揃えたら二万円かかってしまった」


 俺はゆら姉の姿を眺める。スカートが本当に短くて、少し脚を上げるだけで見えてしまいそうだ。

「へえ。本当にアニメの世界から出てきたみたいだ」


 するとまゆらは一瞬言葉を詰まらせ、しかしすぐに表情を微笑に変えた。

「……そうかい? まあ、もし二次元の嫁が生きて目の前に現れたらそれは夢のようだね」


「コミケとか行けばいいのに」

「この格好をしに、かい? そ、外でこんな姿をするなんて、恥ずかしくて行けるわけがないじゃないか……私は変態ではないからね、あ、コスプレイヤーが変態という意味ではなく」

「じゃあ変態さん、なんで俺の前ではそんな姿になるの」


「ふむ……宗くんにだったら引かれてもいい、そう思えるからかな」

 ゆら姉は長い紫髪をかきあげる。いつ見ても綺麗な髪だ。

「宗くんのような弟なら、私のどんな恥ずかしい姿を見られてもかまわないと思える。いや、マゾヒストというわけではないし変態でもないよ? そこは信じて欲しい」


 ゆら姉がマゾヒストであり変態だということがよくわかったというかもう知っていたことだったし、話の軌道を修正する。

「今の髪をかきあげる動作、そのキャラの真似?」


「よくわかったね、その通りだよ。暁美ほむらは黒髪ロングだけれどね」

「じゃあ声真似とかもやってみてよ」

「宗くんはサディストだね?」


「そうかな」

 ゆら姉は俺に構って欲しいのだな、と思うと、少しだけ姉さんをいじりたくなる。

「姉貴がうつったんじゃない?」


「響姉さんにもなにかのコスプレをしてもらいたいのだけれど、私が持っている赤髪ショートのキャラクターのコスプレグッズの中で、姉さんに合うものがないんだ」

「ワンピースのシャンクスとかどうかな。姉貴、ほぼ男だし」

「宗くん、背後に怒りに燃える響姉さんが」

「やめろ変態」

「あぁんっ……」


 ゆら姉はなぜか恍惚とした表情をしている。俺の前ではMになる(たまにSにもなる)という欠点さえなければ、清楚で美しい姉さんだったのに。けど、嫌いじゃない。

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