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☆/格好良くなくて優しくない姉など存在しない

〈 ☆ 〉



『ひとときくんのおねーちゃんって、かっこいいよねー』


 陸上部の先輩が、碑戸々木の苗字を持つ俺に対し言っていたことを思い出す。それからアネキを見て、「これが?」と思う。


 ある休日。

 リビングルームで、俺の目に映る姉貴はひたすらぐうたらだった。


 ショートパンツの中でも特に丈の短いものを穿き、下着も着けずに通気性の良さそうなシャツを着てソファに寝転がる姉貴は『家だからこそ』の雰囲気だ。頭と両腕をソファの外に投げ出し、棒アイスをくわえている。

 ぱたぱたとバタ足のように動かされる細長い脚の付け根の辺りは、他と比べて日焼けをしておらず、真っ白いままだ。実の弟からすると気持ち悪くて目を背けたくなる。


 確かに家の外の姉貴は、自宅内と変わらず粗暴な面も目立つが場合によってはキリっとしているようにも見える。

 だから格好いいと言われているのもわかるし、俺自身も認めていることではある。

 だが今の姉貴を見ているとそんなことを忘れてしまうのも確かだった。


『ひとときくんのおねーちゃんって、かっこいいよねー。このまえ、身長がちいさめの男子が体育倉庫でせのびして高いとこにあるボールをとろうとしてたとき、ほらひとときくんのおねーちゃん背ぇたかいじゃん、だからそのボールをとってあげてたんだよねー。おとこのこよりかっこいいおんなのせんぱい。いいよねー』


 一方、現在の姉貴は床に置かれたテレビのリモコンに手を伸ばし、なかなか届かないことに業を煮やしたのかソファからどてっと落っこちてアザラシのような動きで目当ての物を取り、テレビの電源を付けていた。


 陸上部の先輩(二年生、低身長のほんわかキュート系)に、この姿を見せたらなんて言うだろう。あの先輩のことだし、格好いいと言っていたことを忘れて可愛い可愛いと言うかもしれない。

 俺にとっては本物のアザラシのほうがまだ可愛いけど。


『ひびきせんぱいの良さって、やさしいところだよね。このまえね、わたしがほけん委員のしごとしてるときね、保健室にいるぐあいのわるいおんなの子がいたんだけどね? その人はひびきせんぱいの後輩だったらしくて、せんぱいは「どうしてほしい? 体拭くか? 冷えピタ貼るか? なんか飲み物買ってこようか?」って気遣ってて。やさしいせんぱいのこと、わたし、すきだなあ』


 一方、現在の姉貴は俺の視線に気づいて、じろり、と睨み返してきた。


「なんだ? 宗一」

「いや、別に」

「そうだ、おまえに頼むことがあったんだった。コンビニでプリン買ってきてくんね?」

「労働に値する対価、成果に見合う報酬をくれるなら考える」

「このアイスやるよ」 「食べかけじゃんか」 「舐め回したいくせに」 「キモい」 「弟の癖に生意気だ」 「姉だからって調子に乗るな」


「わかったわかった、どうしてほしい?」

 姉貴が挑発するような顔をして拳をコキコキいわせる。

「崩れ袈裟固めか? コブラツイストか? 陸奥圓明流奥義・無空波か?」


「どれにしようかな」 「金的もあるぞ」 「行ってきます」


 なにがやさしいだ、と思わざるを得ない。弟に対しては特に理不尽だ。

 たぶんこの実姉は弟のことを全自動プリン運搬機くらいにしか思っていないんだ、と大げさに思いながら徒歩三分のコンビニでプリンと自分用のコーヒーを買ってすぐに帰宅。

 だらしなくソファに寄りかかってスマフォをいじる姉貴の前にプリンを突きつける。


「おっ、サンキュ」

「お代。給料」


「しょうがねーなー」

 姉貴はソファの横に置いてあったビニール袋をよこしてくる。

「ほら、これ」


 現金ではなく現物支給だというのか。

 警戒する。今までのパターンから袋の中を予測してみる。秘姉ひめねえの下着か? 思いっきりシェイクされたペットボトルのコーラか? ゲーセンのクレーンゲームで入手した本人もいらないという大腸菌を模したぬいぐるみだろうか?


 恐る恐る中を覗き込む。

 そこにあったのは――


「……姉貴」

「ん?」

「これ、俺が欲しいって言ってたスマブラじゃん」

「ああ」


「なにこれ……どういう……」

 ゲームソフトのパッケージの中身を見てもおかしいところはない。

「だって姉貴は……俺をからかって遊ぶ悪魔で……」


「いーだろ別に。おれもやりたかったからさ。……おれ個人からの高校入学祝いも忘れてたし」


 姉貴を見ると、そっぽを向いて二本目の棒アイスをくわえている。心なしか頬が赤らんでいた。


 姉貴はシャロ姉から小遣いをもらわずにバイトをしている。だが給料はおしゃれや音楽関係に消えていっていたはずだ。七千円のゲームソフトを買うのは経済的にも、そしてなにより労力的にも痛手だったに違いない。


「……姉貴」

「なんだよ」

「ありがとう」

「よし、早速やるか! 当然おまえは接待プレイしてくれるんだろうな?」

「は? するわけないだろ。ていうか姉貴、これの前作やり込んでるんだからおまえが手加減しろよ」

「なんか態度でけえな、おれがぶっ飛ばして反省させてやる。このゲッコウガでな!」 「姉貴それ使ったことないだろ! じゃあおれはロックマン」 「宗一、ちょっとまゆらと秘代呼んで来い。スマブラやろうぜって!」 「シャロ姉とニゴ姉は?」 「あいつらはありえねーほど上手すぎてむかつくんだよ!」 「確かに。ゆら姉と秘姉呼んでくる」


 内線電話をかけようと立ち上がった俺の背中に、姉貴の言葉が投げかけられる。

「今更だけど入学おめでとう、いつかおまえが大学生や社会人になって離れていっても、おれはずっとおまえの姉貴だかんな」


 無視する振りをした。姉貴自身も無視して欲しいのだろうと思ったからだ。ちぇ、かっこいいじゃん、と内心呟いてしまう。

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