第68話 名探偵・優希3
「どうだ悠一、天文サークルの方はうまくやってるか」
「おっちゃん、サークルじゃなくて同好会だよ」
「そうだった、同好会だったな。しかし芳郎はよく頑張ったな」
「うん、あいつのお陰で一旦なくなった天文サークルが復活できたんだもんな。あいつはすごい奴だよ」
「そうですわ、お父さん。ですからあの展望台も使えるようにしてあげて下さい」
え?
展望台という言葉に反応したが、食事に夢中で三人の話を聞いてなかった。
「律子の気持ちはわかるけど、それは無理だ」
な、なになに?何の話をしてたの?
もう、私の馬鹿。なに春野菜のてんぷらに夢中で話を聞き漏らしてるのよ。
「どうして?お父さんが口添えして下されば学校も許可をだしてくれるのではないですか?」
展望台の許可を得る話かな?
「そうだな、芳郎もがんばってるし使えるようにしてやりたいとは思ってるんだがな」
「そうでしょ、以前は中野さんの学年が卒業したらまた使えるようにするって言ってたじゃないですか」
「そ、それはそうだが、いろいろ事情があってだな」
「なんの事情なのですか?今日、真下さんがいらしたのもそのことについてなんです」
「そうなのか?」
お父さんが急にまじめな表情になってこちらを見るので、私は緊張した面持ちで「はい」と返事をする。
「ゆうきちゃんみたいに可愛い子に説得されたら協力しないわけにはいかないな」
まじめな表情を崩して協力すると言ってくれたので、嬉しくなって即座に聞き返す。
「ほ、本当ですか」
「あぁ、本当だとも。ゆうきちゃんの可愛さは天下一品だ」
「え?」
そっち?
「なんだ?嘘なんてついてないぞ」
今はそんな話してないんですけど…… 話をはぐらかしてるのかな?
それとも、もしかして天然?稲村先輩のお父さんだし天然の可能性大だなぁ。
「あらあなた。妻を目の前にしてよくそんなことが言えるものですわね」
「何言ってるんだ、一番はお前に決まってるじゃないか」
お母さん、満足そうに頷いてますけど、お願いですからこれ以上話を脱線させないでください。
「お父さん、学校に話をしてくれるんですわね」
どういうことだろう、稲村先輩が話を元に戻した。奇跡に近いかも……
やっぱり部長のためだからかな?
「それがダメなんだ」
「どうしてですか?」
「学校側からは内密にと言われてるんだが、ゆうきちゃんの可愛さに免じて少しだけ言うと、実はあの事件に関係のある人物が在学してるんだよ。だからまだ使えるように出来ないんだ」
「事件に関係ある人物ってどんな関係ですか?」
「これ以上はいくらゆうきちゃんの頼みでも言えないんだ。すまないね」
「そうなんですか。では他の事をお聞きしてもいいでしょうか?」
「なんだい?」
「事件に関わった人物であと一人名前がわからない人がいるんですけど教えていただいてもよろしいでしょうか」
「誰がわからないんだい?」
「中野静香さんと、亡くなった前川俊和という人はわかっていますが、もう一人の男性がわかりません」
お父さんは腕を組んで少し考えるような態度をとる。
「もう名前は忘れてしまいましたか?」
「名前を言っていいのか悩んでる」
「ぜひ教えてください」
「そこまで言うなら教えよう。ただ、あまり難しいことに首を突っ込むんじゃないよ。これはゆうきちゃんのためを思って言ってるんだからね」
その言葉に不安を覚える。もしかしてなにか危ないことが絡んでいるんだろうか?
「おっちゃん、なに真剣になってるんだよ。事件のことをちょっと聞いてるだけだよ?もしかしてやくざとか危ない組織とかが関わってるなんてことがあったりするの?」
「いや、そんなことはない。ただゆうきちゃんは心優しい女性だと思ったからね」
「おっちゃんさっきからゆうきちゃんのことべた褒めだなぁ」
どうして私って優しいとかって思われちゃうんだろ?全然優しくないのに。まぁお世辞なんだろうけど。
いや、そんなことよりも優しい人柄ということが何か関係あるんだろうか?
「西尾憲一」
「西尾?」
考え事そしている時に、いきなり知ってる名前が出たので驚いて復唱してしまう。
それに反応したのか坂上先輩も名前を復唱する。
「西尾だって?」
「どうしたんだ二人とも」
一瞬驚いた坂上先輩だったけど、思い直したように落ち着いて話す。
「たまたま知ってる名前だったからびっくりしただけです」
坂上先輩は私が驚いたので、思わず反応してしまったというような感じでそう言ったけど、私は事件の西尾憲一という人物と西尾先輩との関係にある確信めいたものを持った。
それはまぎれもない、宮川先輩と西尾先輩が言い争っていた現場を見たからだ。
「そうですね」
しかし私もその場は笑ってごまかした。
あまり関係があると思われると、今後何も話してもらえなくなるかもしれないと感じたからだ。
それよりもはり明日もう一度宮川先輩と話をする必要がありそうだ。
「どうぞ、本日のデザートはフルーツ盛り合わせです」
いちごにメロン、びわ、そしてマンゴーが綺麗に盛り付けられた皿が目の前に出された。
話しながらも順調に食事を進めていたので、いつの間にか最後の料理になっていた。
既にお腹いっぱいだったけど、美味しいものは別腹なのか食欲がわいてきた。
完熟マンゴーは大好物だけど、高価なので普段はまず口に入ることがない。
話も一旦落ち着いたので私はフルーツに集中する。
何から手をつけるか迷うところだけど、イチゴから食べることにした。マンゴーは大好きなので最後に食べると決まっている。
お腹がいっぱいなのに美味しいから一気に食べてしまった。
あっという間に平らげてしまったからだろう、お手伝いのおばさんがおかわりもありますよと言ってくれた。
でも、さすがにもう入らない。
今日は食べ過ぎた。明日はダイエットしなきゃ。
それから紅茶を飲みながらしばらく雑談をして稲村先輩の家を出た。
お父さんにはまだいろいろ聞きたいことがあったけど、そういう雰囲気じゃなくなったので聞けなかった。また改めて話を聞く機会が作れればいいんだけど……
帰り際、お抱えの運転手がいるのでその人に車で送らせると言ってもらったけど、電車もまだ間に合う時間だったし、何もかもお世話になるのも申し訳なかったので丁重にお断りさせてもらった。
帰りの電車は古居駅まで坂上先輩と二人だ。
「今日はいろいろとありがとうございました」
「お礼なんていいよ。暇だったから久しぶりにご馳走でもいただこうと、下心を持って律子の家に行っただけだから」
本当はそうじゃないことくらいわかってる。坂上先輩って優しいな。
稲村先輩や部長に対しても世話役って感じだし、きっとこんな人こそ心が広い人っていうんだろうな。
「でも、西尾の名前が出た時は驚いたね」
「そ、そうですね」
私は今また西尾先輩の名前が出たことに驚いた。
「あの西尾が本当に関係してるとは思えないけど、同じ天文絡みだからもしかしたらって一瞬思ったよ」
「そ、そうですね」
宮川先輩と西尾さんのことを話そうか迷う。
話したほうがいいのか、話さないほうがいいのか。それともどちらを選択しても何も変化はないのか。
「ゆうきちゃん」
「は、はい」
「なんかいろいろ考えてるみたいだけど、一つ聞きたい」
「はい」
「どうしてこの事件を調べようなんて思ったんだい?」
先輩に言われ、改めて自分でも疑問に思う。
もともとは宮川先輩のなにか隠してるような態度に疑問を感じて、それを解き明かしたいと思ったのだっだ。
でも坂上先輩に協力してもらって、こんなところまで来て解き明かさないといけないようなものでもない。と思う。
さらに稲村先輩にまで、展望台が再度使えるように『がんばります』なんて言ってしまって。
「言えない理由があるのかな?」
「いえ、そんな言えない理由なんてありません。ただ、どうしてこんなに必死に調べようとしてるのか自分でもよくわからないんです。だから質問に答えられないんです」
「なるほど、成り行きでこうなってしまったってことかな?」
「そうかもしれません」
「おっちゃんが言ってた言葉覚えてる?」
なんだろう?今日話したことはだいたい覚えてるけど、何のことを言ってるんだろう。
「おっちゃんが、『ゆうきちゃんは心の優しい人だからあまりこの事件に深く関わらないほうがいい』というようなことを言ってたよね」
私は頷く。確かにそういったニュアンスのことを言ってたのを覚えている。
「おっちゃんはちょっと変わった人だ。だけど意味もなくあんなことを言う人じゃない。あの言葉の裏にはきっと何かあるんだよ。だから今日も話せないことがあったんだろうし、展望台の再開も延期になってるんだよ」
「そうなんですか」
「うん、何かあるのは間違いない。きっと何か知ってるんだよ。誰にも言えない真実を」
何があるんだろう?もう首を突っ込むのはよしたほうがいいのかな?
「私、もうこの事件のことは忘れたほうがいいんでしょうか?」
「それはゆうきちゃんが決めることだよ。このまま忘れられるならそうすればいいし、もしもっと調べたいならとことん調べるといい」
どうすればいいんだろう。ここまできたからにはもう少し調べたい。それに何か真相があるというならなおさら知りたい。
でも危険なことなんだろうか?私が優しいというのは怪しいけど、調べていくうちに何か大変なことになってしまうようなことがあるんだろうか?
「迷ってるようだね」
「どうすればいいのかわからなくなってきました」
「ゆうきちゃんは隠された真実があるとしたらそれを知りたいと思わない?」
「知りたいです。でも稲村先輩のお父さんも、坂上先輩も止めたほうがいいみたいに言うので、やっぱりこのままにしておいた方がいいのかな?と思ったりして悩んでしまいます」
「ゆうきちゃんが知りたいなら、調べればいいよ。俺が協力するよ」
「え?先輩が?」
「どんな真相が隠されてるかはわからないけど、もしゆうきちゃんがもっと知りたいと思うなら俺がしっかりサポートしてあげる」
「そ、そんな。私の勝手でやってることなのに悪いです」
「何も悪いことなんてないよ。俺も真相が知りたくなったから、一緒に調べようって言ってるだけだよ」
「本当ですか?」
「本当だよ、俺も知りたい」
「ありがとうございます」
「お礼なんていいって言ってるだろ」
「はい」
先輩って本当に優しい。これなら西尾先輩のことを話してもいいかもしれない。いや、話さないといけない。
そう決断した時、電車が止まった。
「じゃ俺ここだから、また明日」
え?先輩が突然席を立ったので慌てて看板を見ると古居駅だった。
そして私がお礼を言うまもなく、先輩は逃げるように走り去っていった。
もう、いきなり帰っていくなんて…… 西尾先輩のことは明日でもいいけど、ちゃんとお礼を言う暇もなかったじゃない。
先輩の後姿を見送ろうにも慌てて走っていった先輩は、既に改札を出て見えなくなっていた。
動き始めた電車の中を見ると、この車両に乗ってるのは私だけだった。私は体を少し横に向け、窓の外を見る。
どうして逃げるように帰っちゃったんだろう……
真っ暗な町並みの中にところどころ光るネオンを見つめながら、先輩の『俺がしっかりサポートしてあげる』という言葉を何度も思い返していた。