第七話 「幽霊にも怖いものってあったりするんだな」
小さい頃は幽霊とお化けの区別がつかなかった。
今でも明確な区別はつけられないしつけるつもりだってない。あいつが幽霊に憑りつかれそうになることは今でも何度かあるのだが、それに気付いた俺が何とか幽霊と話し合いをしてあいつのもとから去ってもらうように誘導していた。
そんな話を信じてくれる人なんていないだろうと思っていた俺は誰にも話していなかったのだ。今回だって別に話すつもりはなかったのだけれど、どういうわけなのか麻奈ちゃんとイザベラちゃんの二人にそのことを話してしまっていた。
最初に幽霊をちゃんと認識したのは小学校高学年になった頃だと思う。それ以前にも幽霊と遭遇しお話をしていたと思うのだが、その相手が人間ではなくこの世のものではないと認識するようになってから改めて気付いていしまったのだ。
今よりも純粋な心思った俺とあいつは見た目がちょっと変わっていて宙に浮いているような人もこの世界に入るのだろうと思っていた。今でもあいつはそんな変わった人を見ても何の疑いも持たずに普通に話をしたりもするのだが、当然俺はそんな人間がいないと思っているので幽霊だと思っている。だって、何の装置も使わずに宙に浮いている人間なんてこの世界にいるはずがないのだ。
つい最近も奇麗なお姉さんの幽霊を目撃していた。
俺とあいつの家の境界線でどちらに行くか一時間近く迷っているのを俺は自室から眺めていたのだ。彼女はこちらの存在に気付いていなかったみたいで腕時計のようなものを何度も確認しながら誰かと会話をしていた。聞いたことのない言語だったので内容まではわからなかったけれど、俺やあいつに悪意を向けているような印象は一切受けなかった。
もう一つ、今まで見てきた幽霊と決定的に違うところがあった。
あいつが庭に出てきて運動をし始めたのだが、それを見ても幽霊は何の反応も示さなかったし、いつもであれば幽霊に自分から話しかけに行くあいつも幽霊のことを見向きもしなかった。お互いの存在を認識していないようにしか見えなかった。
そんな様子をなんとなく気にかけながら二人のことを時々見ていた。すぐそばにいるのに何の動きも見せない二人が気になって俺は読書に集中することが出来なかった。俺が油断したタイミングであいつがいつもみたいに幽霊に話しかけるのではないかと考えると、どうしても読書なんてしている場合ではないと感じていた。でも、自分から二人のところに近付いて話をしようという気にもなれなかった。
そんな俺の心配をよそに、あいつはあっさりと自分の家へ戻っていった。気分転換に軽く運動をしていただけのようだが、運動をした後は俺の家に遊びに来るのがいつものパターンだった。
「おーい、遊びに来たぞ。二階にいるのか?」
「そうだよ。一階に降りてくからリビングで待ってて」
お互いの家に遊びに行くのにチャイムを鳴らしたのはいつだったのだろう。いつの間にかチャイムを押さずに自分の家のように入っていく関係になっていた。無言で入るようなことはせずに挨拶だったり声掛けはしていくのだが、こんな関係は少し普通ではないように自分でもわかっていた。
俺にとってもあいつにとってもいつもと変わらない行動だったのだが、いつもと違うところがあった。
あいつの隣には幽霊が座っていた。
先ほどまで俺とあいつの家の境界線でさまよっていたあの幽霊があいつの隣で正座していた。どう見ても日本人には見えない外見だったけれど、正座をしているその姿勢は凛としていて今まで感じたことのないような気品を感じさせた。
でも、座っている場所がソファの上だということは少し引っかかってしまった。
「今日はなんか面白い映画でもみようぜ。うちの親もしばらく帰ってこないみたいだし、お前んところもそうだろ?」
「うちもいつもと同じだと思うよ。何系が見たいの?」
「そうだな。この前見たミステリーはちょっとわかりにくかったから、今度はわかりやすいアクションが良いな。銃とかバンバン使うやつが良い」
「そういうのはあんまり好きじゃないの知ってるよな?」
「そうだけどさ。お前の好きなのって、ホラーとかそっち系だろ。あんまり得意じゃないんだよな」
「たまには我慢して見ろよ。いっつも俺がお前に合わせてるんだからな。それに、ホラーだってちゃんと見ればわかりやすいんだぞ」
どうやらあいつの言葉は幽霊には届いていないようだが、俺の言葉は幽霊に聞こえているようだ。
どうしてそう感じたのかというと、あいつがホラーといっても何の反応も示さなかったのに、俺が同じようにホラーといった瞬間に顔がこわばって先ほどよりも少しだけ背筋がピンと伸びたように見えたからだ。
「幽霊にも怖いものってあったりするんだな」
「そりゃあるだろ。幽霊だって元は人間なんだからな。お前より先に俺が死んでも俺のお墓にホラー小説とか供えたりするなよ」
「そんなことしないよ。ホラー小説を供えたってお前は読まないだろ。怪談集の音声でも流してやるよ」
「そういうのは良くないんじゃないかな。そんなことしたら、お前のところに化けて出てやるよ」
幽霊はよほどの怖がりなのかホラー小説や怪談といった言葉にまた反応していた。
そこまで気にするようなことでもないとは思うのだが、この幽霊は怖いものが苦手なんだろうな。
俺がホラー映画を再生しようとしたところ、モニターに映りこんでいる幽霊が画面に背中を向けるように座りなおしているのを目撃した。
俺の言葉以外にもテレビの音声は聞こえるようなのだ。
もしかしたら、この幽霊はあいつの声だけ聞こえないのかもしれない。




