第五話 冷たい美少女と温かい美少女
露骨にいやそうな顔を見せて俺から顔を背けている麻奈ちゃんとその様子を見てうれしそうにしているイザベラちゃん。そんな二人を見て俺はどういった反応をすればいいのかわからないまま固まっていた。何かしらのリアクションを見せることができればこの状況を打破できる可能性があるのかもしれ行けれど、今の俺にはこの重い空気の中何か行動を起こすということは無理な話であった。
イザベラちゃんが来る少し前に時間を巻き戻すことができればこの重苦しい空気を変えることもできるのだろうが、俺の力では結局何もできずに似たような状況を繰り返すだけでしかないと思う。自分ができることくらいは理解しているつもりなので、未来の自分にも過去の自分にも無駄な希望は抱かないに限るってもんだ。
「でもさ、前田君が麻奈ちゃんのことを好きで告白しようとしてたとしたらどう思う?」
「本当にその冗談は面白くないよ。イザベラちゃんがあの人のことをどう思ってるのか知らないけど、言って良い冗談と悪い冗談があるんだからね。イザベラちゃんが言っていることを全世界に公表したとしたら、世界中の人から批判されるだけじゃなくてイザベラちゃんの人格まで否定されることになると思うから。イザベラちゃんが毎週楽しみにしているアニメが何の説明もなく終了して乾燥した昆布が三十分間画面に映し出されるだけの状態になってるようなもんだからね」
「あのアニメが終わるのは悲しいけど、さすがに昆布が映るだけってのはありえないでしょ。そんなこと世間が許さないと思うよ」
「今イザベラちゃんが感じてるのと同じようなことをあたしは感じてたんだからね。それくらい厳しいことを言ったって自覚してくれていいんだよ」
できれば俺がいない場所で話してほしいところだが、俺にとってもつらい話ではあるけれど麻奈ちゃんが俺のことを意識してくれていると考えればギリギリ耐えられる。何度か告白しようと思ったことはあったんだけれど、あんなふうに思っていたとしたら今まで告白せずに耐えて来たことをほめてあげるべきかもしれない。それくらいしても罰は当たらないだろう。
席の関係上、俺が顔を上げると二人の姿が目に入ってくるので自然と二人のことを見てしまう形にはなるのだけれど、麻奈ちゃんは一度も俺の方を見ることはなかったがイザベラちゃんとは何度か目が合っていてそのたびにやさしく微笑んでくれていた。
もしかしたら、俺が告白すれべき相手は麻奈ちゃんではなくイザベラちゃんなのではないだろうか。あいつ以外にあそこまで俺のことを考えてくれる人なんて他にいないだろうし、俺が好きな相手よりも俺のことを好きだという相手と一緒になる方がお互いにとって幸せな時間を過ごすことができるというものなのかもしれない。
だが、そんな消極的な気持ちでイザベラちゃんのことを好きになってもいいのだろうか?
俺もちゃんと好きになってから告白した方がいいのではないだろうか?
少しでも成功確率を上げるためにも、俺の気持ちをもっとちゃんと伝えられる状況を作るべきなのではないだろうか?
そんなことを考えてはいたものの、俺がイザベラちゃんと会話をする機会を作ることなど不可能に近い話だ。
なぜなら、イザベラちゃんは寂しがり屋なのか人を引き付ける力を持っているのか理由は不明だが、常に近くに誰かがいるのだ。少なくとも、俺がこの学校に入学してイザベラちゃんを認識した時から一度も一人で何かをしているというところを見たことがないのだ。俺とは真逆で常にだれかと一緒に行動をしているところを目撃しているのだ。
見た目だけでなく行動も明るく活発な女の子は良い意味でよく目立つし、麻奈ちゃんと一緒にいる姿を初めて見た時は映画のワンシーンなのではないかと錯覚するほどだった。
今の状況も映画のワンシーンっぽいといえばそう思えるのだけれど、見ている人によっては俺みたいに心に傷を負いかねない恐ろしい作品と評価されるだろう。ただ、これ以上先の話を聞いても俺の気持ちが晴れるような状況にはならなそうだ。できることならこの場を去りたいとは思うのだが、もう少しだけ二人の会話を聞いていたいという気持ちもあったりする。
「さっきからあたしにばっかり振ってるけどさ、そういうイザベラちゃんがあの人に告白されたらどうするの?」
「そういうあり得ない仮定の話は答えられないかな。私が前田君から告白される理由もないし」
「それを言ったらあたしもないでしょ。自分だけそう思うのはおかしいんじゃないかな」
「私と違って麻奈ちゃんは前田君と一緒にいることよくあるじゃない。今日だって二人で教室にいたんだし」
「それはまー君が終わるのを待ってたらあの人も教室にいたってだけだし」
「放課後だって三人で一緒にいるところを何回も見たことあるんだけどな。私は前田君と一緒に帰ったことないのに、麻奈ちゃんは前田君と一緒に帰ってるし」
「だから、それはまー君と一緒に帰ろうとするとあの人も一緒になってるってだけの話でしょ」
「そういうことにしといてあげるよ」
俺はあいつと一緒に登下校しているのは紛れもない事実なのだ。
ただ、俺とあいつの二人で帰るということはほとんどなく、女子人気が異常に高いあいつは何人かの女子と途中まで一緒に帰ることが多い。大体の女子はトンネルの手前で別れることになるのだ。遠回りになるので本来なら通る必要のないトンネルを抜けると墓地に出る。その墓地を抜けた先にあるトンネルを抜けてから正しい通学路に戻るのだが、女子を巻くためだけにそんな道を通らされる俺の気持ちも考えてもらいたい。
ちなみに、俺があいつと一緒に登下校している理由としては近所に住んでいるというのもあるけれど、あいつから一緒に帰るという契約を強引に結ばされているのもある。小さいときにあいつが誘拐されかけたことがあって、あいつの両親からも一緒に登下校してほしいと頼まれているのだ。
さすがにあいつに彼女でも出来たら少しは距離をとるかもしれないけど、何かあった時のために近くでは見守ってあげようと考えてはいたりする。その時にはさすがに俺も何かしらの行動をとることはできるだろう。自分のためにはできないことでも、あいつのためだったらできそうな気がしているのだ。




