TASK 1-02 直前の出来事を思い出す
次にマリトの目が覚めたとき、やはり暗闇には包まれていたが、少しやさしくなっているように感じた
まぶたを通して、うっすらと光の存在が感じられる気がする。
昨日の静けさとは異なり、かすかだが木の葉のこすれる音や鳥の鳴き声など、生を感じさせる音が今はあった。
しかし、やはり、頭も身体もどこも動かせないままだ。
状況はまったく変わらないが、焦りや恐れはない。
彼女の声を聞けたことも大きい。
異世界召喚だと言っていた。
ボルディアという世界らしい。
異世界だという割に、日本語で、歌も日本の曲、ふるさとだ。
まるで、設定の甘い異世界転生物語のようなご都合主義だなと思った。
まあいい。
仮に異世界召喚だったとして、ここに来る前、自分はいったい何をしていたんだろうか?
マリトは、のんびり考えはじめたのだったが、突然、その記憶が鮮明によみがえった。
そして、そのときの混乱と、恐怖と、後悔の感情が一斉にあふれ出した。
なんてことだ。
なぜ、こんなに衝撃的で重大なことを忘れていたのだろうか。
頭の中を、最後に見たイメ―ジがよぎる。
ガラスの割れる音。
冷たい風と共に、窓から流れ込む雪。
目の前で次々に倒れる護衛の兵士たち。
カウントダウンしていく赤いタイマ―の時刻。
カウントダウンが終わるとき、ス―ツケ―スが爆発することをマリトは知っていた。
「時間はあまりないが、二つの選択肢をやろう」
「そこにこいつの残した拳銃がある」
倒れている士官のそばに転がっている拳銃を顎で示す。
「おまえはそこの拳銃を拾って使っても良いし、拾わなくてもいい」
「女を救おうとした英雄として死ぬか、見捨てようとした臆病者として死ぬか、どちらかを選べ」
マリトは「冗談じゃない。アニメの世界じゃあるまいし、素人が土壇場で武器を拾って反撃に成功するとか、ありえない」
そう思った。
「コリーンはきっと大丈夫だ」そう自分に言い聞かせた。
兵士が床の拳銃を取るためにゆっくりと腰を落とす間、マリトはドアに向かって猛然とダッシュした。
ドアに着いて、開けようとしたときに、拳銃の発射音と共に、目の前のスチールのドアに銃弾が穴をうがつのを見た。
「臆病者のほうを選んだわけだ。まあそれも選択だな。」
男は独り言のように、つまらなそうに、そうつぶやいた。
そして続けた。
「もし、生まれ変わるようなことがあったら、そのときには別の選択肢があるといいな。GOOD BYE!」
引き金にかかった指に力が入る。
生きたいという最後の本能のあがきで、射線から逃れようと動く。
目をつぶった。目の前は真っ暗になる。
記憶はそこまでだった。
銃声を聞いただろうか?
聞いていない気がする。
自分は撃たれたのか?
即死だったから、気付く暇もなく死んだというのか?
ショックで忘れてしまったのかもしれない。
それとも撃たれる直前にこの世界に転生したのか?
夢だったんじゃないのか?夢であってほしい。
日常の中に現れた非日常。
しかし、それが本当に起きたこと、取り消せないことだという確信はあった。
解けない金縛りが続いているこの状況は、直接のつながりはないが、非日常が起きていることの根拠になっている。
そして、改めて思い出す。
彼女がこちらを見つめる目。
そして、「たすけてください」と動く唇。
自分は目を逸らしてしまった。
命の恩人と言ってもいいくらい助けてもらった彼女なのに、助けるという願いを拒否してしまった。
だが、他にどうできたというのか?
彼女は既に撃たれていた。
しかし、襲撃してきた兵士が連れて行こうとしていた。
それは助かるということだったのではないか?
武装した戦闘員がこちらを見ている中で、自分に何ができたというのだ。
自分は助けようとしなかった。命を守りたかったからだ。
そのどこが悪い?
だが、彼女は自分の命を、人生を救ってくれた。
それなのに、自分は何もしなかった。
助けようとしなかった。
逃げた。
事実は変わらない。
何もできなかった。
何もしなかった。
取り返しがつかない。
あのとき助けてもらったのに。
なぜ自分には力がないんだ?
どうしてここぞというときに心が決まらないんだ?
また逃げてしまったのか?
今の私のこの状況は、助かったということなのか?
彼女は無事だったのか?
助けてという願いに応えることなく、去ろうとした自分を軽蔑しているだろうか?
しかし、あの状況では、仕方がなかった。
相手は武装した戦闘員だ。
助けることなんてできるはずがない。
でも、本当だろうか。
なぜ目の前の銃に手を伸ばさなかったのか?
助けてもらっておきながら、自分は助けようとはしなかった。
思考が堂々巡りをはじめた。
後悔の念と動かせない身体で、パニックが起き始めていることに気付いた。
「お目覚めですか?」
前回と同じ、澄んだ優しい女性の声がした。
「大丈夫ですよ。私が一緒に付いていますから、安心して下さい。」
その声が聞けた途端、不思議なくらい、不安な気持ちはかき消えて、再び会えたことのうれしさが広がるのを感じた。
ここに来る前の事件を整理するのは、後回しにしようと思った。
一緒に付いていてくれる――その言葉に支えられ、暗闇の中で落ち着きを取り戻したマリトだったが、
もし眼を開けることができていれば、落ち着ける状況ではないことに気付いたはずだ。
傍らにそれらしい女性の姿はなく、
彼はただひとり、静かにベッドに横たわっているだけだったからだ。
――TASK COMPLETED. SPRINT STILL OPEN.
※設定調整。TASK19の記述内容に合わせて台詞などを一致させた (2025/7/2)