8.その男の理由
「…………いやいやいやいや!?え?俺なんか疑われとる?何で?気付くも何も他の皆と一緒で悠魅ちゃんからのメッセージ読んで『そうやったんか!』ってなったんやで。なんでそないな話が出てくるんや?」
「……蛸島さんは当初からほぼ一貫してこの事件の解決に尽くそうとしてるように思えました。議長的な役割を務めながら常識的な意見や疑問点の指摘もする。あの場でのリーダーとして場を引っ張っていました」
「お、おう」
実際4人の中では蛸島さんがその役割に向いている。南山田先輩も比較的能弁で社交的だが向き不向きが少し違う。
「でも後から思い返してみると少し不自然な点もありました。
そもそも2人目の容疑者として日那さんのことを話題に出したのはその時点では彼女と会ったことも無い南山田先輩でした。
蛸島さんはマンション前で藤野氏に訴え出てきたところを宥めたんですよね。
なら日那さんが長身であることも当然知っていたはずなのに蛸島さんから彼女の名は挙がらなかった」
「それは会話の流れっちゅうもんで……」
「その会話の流れもおかしかったでしょう?
日那さんが藤野氏に対して嫌悪や不信を抱いていたのは明らかです。
日那さんについて藤野氏の『2人の付き合いを認めてもらえたんだろう』的な発言がありましたが、現実には日那さんが現れなくなっただけです。
彼女が交際反対の撤回を宣言したわけでもなければそれまでの言動を謝罪したわけでもありません。
藤野氏の発言が現実を楽観視しすぎてることは明らかです。
蛸島さんはそのことに気付いていなかったんでしょうか?
いえ気付いていたのでは?
気付いていたにもかかわらずむしろその発言をこれ幸いと彼女の容疑者候補としての可能性をほとんど掘り下げることなく『他にはそれっぽい奴の心当たりは無いんか?』と彼女に関する話題を打ち切ったのでは?」
あの会話の直後に日那さんのしゃがんだ姿勢の不自然さに気付いてそっちに気を取られ過ぎてしまった僕も結果的に蛸島さんの思惑に乗ってしまったことになるが。
「レコーダーを仕掛けた日にちのズレが判明したときも多加坂氏の犯行の可能性だけを強く主張していましたよね?
『多加坂氏が自分の欲望を満たすために標的の部屋にレコーダーを仕掛ける』
『日那さんが大事な先輩を弄ぶ気に喰わない男の弱みを握るためにそいつの部屋にレコーダーを仕掛ける』
どちらの可能性にも気付いておかしくないはずなのに多加坂氏の方の話だけを強調してましたよね?」
そもそも僕がこの2つ目の宿題に気付いたのは、日那さんの自供を聞いた後
『あれ?多加坂氏が裏で唆していたのはともかく、日那さんの動機と行動は普通に推測できることだよね?なんで僕らの間でその可能性が一度も話されなかったんだろう?』
という感想を抱いたのがきっかけだった。
先程説明した部分以外でも蛸島さんが会話をコントロールしようとしていたフシがあったように思えた。
「……ユキ君は『気付いておかしくない』っちゅうが『気付かんでもおかしくない』話ばかりやないか?」
確かにそうだ。
「そうですね。僕の推測ばかりです。で、ついでに推測をもう一つ。
マンション前で蛸島さんと藤野氏が日那さんを宥めて帰した話題が出たときです。
このとき蛸島さんはわざと重要な証拠になる話題に触れなかったのではないですか?
彼女がどうやって帰ったかですよ。
あのマンションは建物正面に駐車場があります。だから僕も南山田先輩も初めて会ったとき彼女が車に乗っていくところが見えました。
マンション前で彼女を宥めて帰らせたのなら、見てますよね?
彼女が歩いて帰ったのか。それとも車を運転して帰ったのか。運転して帰ったのならそれはどんな車だったのか。
お人好しの藤島氏ならいざ知らず、蛸島さんなら直前の多加坂氏の車や免許の有無を巡る会話でこの点をはっきりさせることが重要なことは気付いていたはずですよね?
なのにその点について証言せず、その話題を出させず話を変えています。
やはり蛸島さんは皆の意識が日那さんに向かないようにしていたのではないですか?
ちなみにあの日の後、南山田先輩を通して日那さんには確認していますが、マンション前で抗議した日も変装してきた日と同じく自宅のセカンドカーである白の軽自動車を運転してきていたそうです」
いっぱいいっぱいだった日那さんはレンタカーを借りて車を変えることまで頭が回らなかったそうだ。
「……」
さすがに蛸島さんからの反論も無い。
「といったところまでは推測できたんですが、そんなことをした蛸島さんの目的や理由が分かりません。
南山田先輩を通して日那さんに確認したところでは、蛸島さんとはマンション前で1度会ったきりだとか。
念のため別途調査してみましたが確かにそれ以外に日那さんと蛸島さんには接点は無いようでした。
一体何故だったんです?」
南山田先輩の広範なお友達網に調査をお願いし、その結果を僕なりに分析したが納得のいく解答を思いつけなかった。
……ってあれ?南山田先輩、なんでそんな呆れたような顔で僕を見てるんですか?
「ハア…………や」
「え?何です?」
「せやからっ、ひ・と・め・ぼ・れ・やっ!」
「……え?あ!?日那さんに?」
「他に誰がおるんや!」
「瀬川君、あそこまで推測出来てたらそこも気付くじゃろ……」
だから南山田先輩は呆れた顔で僕を見ていたのか。
「あー、言うとくけど、自分でもその気持ちに気付いたんは3日前の解決後に自分の部屋に帰ってからやで。
初めて会ったとき、感情を抑えて真剣に訴える目に惚れたんかなあ……あ、自分では真面目にあの問題を片付けるつもりでおったんやで。
日那ちゃんをかばう発言は自分でも無意識にやってたんや。
車についてもあのときは夜で車が軽自動車らしいことは分かっても色や何かまではっきり分からんかったんや。
さすがに白の軽自動車ってはっきり見えとったら言うとったで。
……いや、これは言い訳やな。思い返せばあの頃から無意識では日那ちゃんを疑っとったのかもしれへん。
足を引っ張ってしまってすまんかった。堪忍やで」
「いえ、僕こそそういう理由と気付かず深入りしすぎてすみませんでした」
「まあお互い謝るようなことでもないじゃろう」
なるほど理由は一目惚れ。それも本人も気付いてなかったと。だから真面目に事件を解こうとする態度と一部矛盾してしまったわけか。
正直この2つ目の宿題が解けず昨日今日などは『実はまだ事件は解決していないのでは?』などと疑心暗鬼にかられたくらいだ
「まあ、僕の取り越し苦労で良かったです。これで2つ目の宿題も片付きましたので帰ります。おじゃましました」
「おう、じゃあな……ってここまで言わせといてただ帰すわけないやろ!今から俺と日那ちゃんが仲良くなるための作戦会議や!」
「え~、恋愛事は管轄外なんですけど……」
だから2つ目の宿題が自力で解けなかったわけだし。
「あ!?だいたいさっきの『南山田先輩を通して日那さんに確認した』ってどういうことやねん?なんでマサっちゃんが日那ちゃんの連絡先知っとるんや?あの日が初対面やろ?」
「ああ、帰り際に『もし今後、今回みたいに近しすぎる相手に相談できないようなことがあれば話くらいは聞くぞい』と連絡先を交換したんじゃが」
「だから出てくるのが遅かったんかい!油断もスキもあらへん!」
まあ、南山田先輩は下心も無く言葉通りの意味で言って交換したんだろうけど。
「そやったら日那ちゃんの連絡先教えてくれや!」
「人の連絡先を勝手に教えられるわけがなかろう。まあ、まずは藤田君や悠魅さんを交えて遊ぶくらいの話なら連絡取るくらいはするぞい」
「よし!ユキ君!なんか女の子連れてって喜んでもらえそうな場所挙げてってくれや!地元民やろ!」
「僕がそんなもの知るわけないでしょう」
こうして参加強制の作戦会議は深夜2時の現在まで続いている。
あの、僕もう眠いんですけど……