爆発
「気がつきましたか?」
少しだけ開けたカーテンの隙間から、ほのかな光が射しこんでいる。
まだ月光の残る深更から明け方にかわりつつあるひととき。
ぐっすり眠っていたフェリクスの瞼がわずかに動いた。
そして、小さなうめき声とともにその瞼が開いた。
翡翠色の瞳はあてどもなく宙をさまよっていたけれど、ほどなくして焦点が合ってこちらに向いた。
「おれは……」
「癒しのあと、ぐっすりお休みになられたのです。気分はいかがですか?」
上半身を起こそうとする彼を止めようと思ったけれど、すっかり癒えているかどうか確認したい。だから、彼の背中に手をあて、上半身を起こすのを手伝った。
「痛みが、痛みがまったくない。眠りすぎてボーッとしているが、気分じたいは悪くない」
「よかったですわ。もう大丈夫ですよ。痛みも死の影も消え去りました」
「すまなかった」
彼は、わたしとしっかり視線を合わせてから頭を下げた。
「きみのことをほんとうに想っているのなら、事情を告げて結婚をすべきではなかった。きみをここに縛りつけるべきではなかった。きみの人生をいたずらに踏みにじっただけだった。おれは、心のどこかで生きたいと思っていた。もしもきみがこんなおっさんでもいいと言ってくれるのなら、きみといっしょに人生を歩みたかった。そのようなひとりよがりな想いが、ムダな望みが、きみと婚約破棄することを躊躇わせた」
「フェリクス様、そうですね。わたしは、あなたを許しません。あなたは、正直に告げるべきでした。ご自身の体のことを。癒しや加護の力を信じる信じないは別にしてもです。帰っていらっしゃってから、パトリスの傷を癒すのをご覧になりましたよね? そのあとでも、打ち明けるべきだったのです。わたしを巻き込みたくない。わたしに危害が加わってはいけない。あなたのその気持ちはうれしいです。ですが、すでに巻き込まれていました。というか、お間抜けなわたしが自分から足を突っ込んでしまっていましたので。それはともかく、わたしたちは夫婦なのです。どのようなことでも共有すべきだったのです。それがたとえ危難であったとしても」
自分でも驚いてしまった。
こんなこと、彼に言うつもりはなかったのに。
様々な感情や思いが体中で混じり合ったり反発しあっている。
それが、ここにきてついに爆発してしまった。
「フェリクス様、ひどいことを言って申し訳ありません。いまの一連のひどいことは、建前です。本音を言います。寂しかった。ずっとずっと寂しかったのです。あなたに会えないことが、あなたの声をきけないことが、寂しくて仕方がなかった。だから、慈善病院の運営に奔走し、領地経営に奮闘しました。寂しさを紛らわせる為です。大人になってから、会ったこともないあなたのことが恋しくてならなかった。パトリスとピエールの話をきいて、思い出したのです。子どものとき、まだ少年だったあなたに会った瞬間、あなたに恋をしたことを。わたしって、きっとませていたのですね。それから、いろいろあってそのときのことは記憶から消えていましたが、心のどこかに残っていたのだと思います。だからこそ、会ったこともないあなたのことが気になっていましたし、あなたにどれだけそっけなくされても、それでもまだあなたのことが気になり続けたのです。そして、寂しいままだったのです」
言いながら、あらためてそうだったのだと実感した。
本能的に、わたしもまた彼のことを想っていたのだと。




